序章 1 森の中にて深淵を覗く
長閑な農村のはずれにある、日差し暖かな森、入口から歩くこと2時間余りの場所には、長閑な、などと言う言葉とはあまりにもかけ離れた陰惨な光景が広がっていた。
「あははは! お兄ちゃん、もっと本気で逃げないと、鬼さんに捕まっちゃうよ? 速く! もっともっともっと、全力で! 死に物狂いで、憐れに、必死に! 逃げて逃げて! あははは!」
楽しい遊びに嗤うその声は未だ幼く、金鈴を転がすかのような澄んだ声をしている、しかし、その内容は些かその幼い声には似つかわしくない狂気を孕んでいる。
涙と吐瀉物に塗れた、粗末な襤褸着と年季の入った皮の胸当てが今となっては煩わしいが、そんな事を気にする余裕は男にはない。
泣きながらただ我武者羅に、何処を目指すでもない逃走を続けるその男のすぐ後ろ、ほんの2メートルほどの距離を1人の少女が追い掛ける。
大の男が身体中の全ての力を振り絞り走っていると言うのに、その少女は汗の一粒すら浮かべず、微笑みながら優雅とも言える足取りでゆったりと追い掛ける。
ヴィクトリア風のメイド服に身を包むその少女の手には、あまりにも似つかわしくない、血や脳漿に塗れたスコップが握られている。
「許してくれ! もう嫌だ! 俺はアイツらに無理矢理連れてこられただけなんだ! アンタらを犯そうなんて一欠片も考えちゃいなかったんだ! 許してくれるなら犯罪奴隷にでも、斬首刑にでもしてくれて良い! だからもう許し!」
涙で前もろくに見えない男の前に、あどけない童女がふわりと舞い降りる、どうやら足場にしていた木々の枝を飛び降りたらしい。
「ねぇ? お兄ちゃん、そんなつまらない終わりでわたしが楽しめると思うの? お兄ちゃんに許してあげるのは、私を楽しませる事だけなんだよ? つまらない事を言うなら、鬼ごっこはおしまい、だから、もう、良いよ?」
良いよ? と男の後ろに迫っていたメイドに童女が視線を投げると、息一つ乱しても居ないメイドが童女に向かって深く一礼する。
「それでは野盗様、せめて最期は良い声で鳴きながら死んでくださいませ、お嬢様が楽しめますよう、時間をかけて殺させて頂きますので。」
男の顔にこびり着いた恐怖は絶望に取って代わる、このあと待っているのは、先に逝った9人と同じ、この世で味わえる最高の苦痛であり、そして逃れることの叶わぬ死であろう。
男は確かに、犯罪者であり、不道徳の限りを尽くした悪人ではあったが、あれほどまでの地獄を味わう必要があるのか? と、問われれば千人が千人、1億人が1億人、否定するであろう。
見ればメイドのスコップを握っているのとは反対の手には9個の元人間の頭部のようなナニカがぶら下げられている。
「野盗様? 手と足、先にすり潰しますのに、どちらをご希望なさいますか? ご希望が無いようでございましたら、私の一存で決めさせて頂きますが?」
いつの間に、何処から取り出したのか? メイドの足元には石臼を歪に改造したような器具やヤットコ、煌々と赤く熱せられた鉄の杭、その他の目を逸らしたくなるようなさまざまなモノが用意されている。
「嫌だ! せめて殺してから俺を使って遊べば良い! 頼むから! 最初に首を切り落としてくれ!」
慈悲を乞うように両手を合わせ懇願する男の言葉に、童女の瞳が潤み、息が荒くなっていく。
太い血管を傷つけぬように手足の腱を切ると、慣れた手際で男の左手を石臼のようなモノに噛ませて行く、読者諸兄は中国ゴマというものをご存知であろうか? お椀を二つ、逆しまに合わせた様な形状なのだが、石臼とそれを合わせた様な器具の、その中心に向かってセットされた手先が吸い込まれていく、と表現しておこう。
「ぐいああぁぁぁあぁ! うぅぅゔぅ! ぎぃっ!」
眼を零さんばかりに見開き、歯が砕けるほど奥歯を噛み締めながら、時に喘ぐ様に酸素を求めながら、絶えることなく悲鳴が迸る、その男にメイドは聞かせるのだ、まだ手足は三本ありますので、と。
暫くののち、元々の生物が何者であったのかすらわからないソレは、果てしなく続くかの様な痛みに発狂しては次なる痛みに正気を取り戻し、また気が狂う事を繰り返して、それでもなお生きていた、もはや原型を止める部分を探す方が困難な有様ではあったが。
「ツァーレ、もうわたしは満足したから、殺してあげて良いわ、お兄ちゃん、ありがとう、さようなら。」
そう童女が告げると、メイドが一礼し、元々手にしていたスコップで頭蓋を叩き割った。
「ツァーレ、下着が汚れてしまったわ、綺麗になさい、いつもの通り、犬の様に舌で、丁寧になさい。」
その言葉にメイドの表情が恍惚に蕩けてゆく、メイドの手が国宝に触れるかの様に繊細に、丁重に童女のスカートを捲り、そして下着を脱がせる、手にした下着は木々の間から注ぐ陽の光に鈍い輝きを返す、その甘やかな粘液をメイドは天上の甘露を貪るかの様に丹念に舐めとり、嚥下してゆく。
メイドの秘所もしとどに濡れそぼっているが、主人たる童女の許しなく慰めることはしない。
「そうよ、可愛いわたしのツァーレ、偉いわね、屋敷に戻ったら、わたしが貴女を慰めてあげましょう、ご褒美にね?」
世の童女の目が宿す事の無い、妖艶な女の色であった。