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「食事後、戦闘訓練。それまで休憩だ」
ぶっきらぼうに言う白衣の大人。
その大人たちは全員がマスクをして顔が見えない。手には手袋をする。
部屋に集められた子どもたちは、大人の言葉を聞くと、自由に動き出す。
「ナイン。ナイン? ナイン!」
するとナインの肩が叩かれ、呼ばれている。
本人であるナインは、そんな大人たちを見ていて、気づかなかった。
「あ、ごめん。なに? シックス」
シックスと呼ばれた少女は、花のような笑顔は無く、頬を膨らませている。「怒ってます」と顔で表しているようだ。
「もう! ボーとしてばっかり。早く遊ぼ」
するとシックスはナインの手を引っ張って行く。
合計で一○人の子どもたちには数多の玩具や本が与えられる。
玩具で言えば、滑り台やブランコ、ボードゲーム、おままごと用の食器など。大きな外用のものから知的遊戯とたくさんある。
そして本は文字が書かれたものは無い。全て絵しか書かれておらず、動きや景色、構図が書かれているのみだ。
子どもたちは、それらを使い楽しんでいる。
シックスとナインの二人は本を楽しんでいる。
休憩時間となれば、二人で本の虫となっている。文字が無く(そもそも、ここの子どもたちは読むことができないが)絵だけでも、「これは何か?」「何をしているのか?」と意見を交換している。
「そうそう! ナイン、この前の赤い丸いやつ。何か分かったよ」
するもシックスは大量の本の中から、一冊を取り出し開く。
その見開きには、真っ赤に染まった太陽。それを指差し、立派な馬に乗っている旅人の絵だ。
シックスは旅人と同じく、太陽を指差す。
「これね、太陽って言うんだって!」
興奮気味で報告する。
そんなシックスに対して、ナインは「へー」と反応か薄い。
「んむむ」
シックスは反応の薄さに唸る。
「教えてあげようじゃない。
この太陽はねー、毎日見ることができるんだって。起きてから三回目の食事まで、ずっとお空に浮かんでるって。しかもその光は暖かくて、人を幸せにするって言ってた」
熱弁にナインも頷き聞く。
「言ってたんだね」
シックスはポンッとナインの肩を叩く。顔は不機嫌そうに、目を細め睨む。
「悪い?」
「ごめんって。詳しいから、何でかな? って」
「ああ、そういうこと。そう言ってよー」
顔が元に戻り、肩を叩く。
シックスの表情はコロコロと代わる。
「ねえ、ナインは外に出たら何がしたい?」
突然の質問。
ナインは「え、えーと」と悩みだす。
しかし、その質問は答えを期待してでのものではなかった。
「アタシわねー、タイヨウが見てみたい! 火の光よりも強くて、目が痛くなるんだって。
そんなの見るしかないでしょ!」
バンバンと肩を叩く。
ナインは「痛い、痛いよ」と抗議する。
しかしシックスは興奮気味で聞く耳がない。
「あの人が言ってたもん。成長できたら外に出してあげるって」
バキッ!
「ぐあああ!」
細腕の骨が折れる音が分かった。
その音とともに苦しみの声を漏らす。
「おら! 立て、そのままでいる気か! ぶち殺すぞ!」
雄々しい声でナインを攻め立てる。
腕の骨が折られ、ナインは痛みから、立ち上がれないでいる。
しかし容赦なく、骨折部を蹴られ、立つように強制される。
ナインの目の前には、自身の身長の二倍もありそうな大男。
腕の太さだけでナインの腰ほどもありそうだ。またその大男の顔は、マスクをして見ることができない。
そして大男の手には太い鉄製の棍棒がある。
一方、ナインの手には、素材が不明の黒い剣がある。
その剣はナインが持てば、丁度よいサイズの短さと細さ。しかし目の前の棍棒を前にしては、あまりに頼り無さしかなかった。
ナインは痛む腕を抑え、周りを見る。
周りの子どもたち同じように、大男たちと一対一で戦っている。
しかしナインのように怪我などは無い。それぞれが、いろんな方法で戦っている。
一人は全身に黒い鎧を着て、手には剣を持ち戦う。
一人は黒い弓と矢を持ち、遠距離から攻撃をして戦う。
一人は足元から、生み出した黒い手を襲わせ戦う。
子どもたちの様々な戦い方。
それに比べ、ナインは手に持つ黒い剣のみ。
ボコボコにされるのは当然のことだった。
まあ大男たちが、子どもたちにやられっぱなしの状態。そのストレス発散のために、ボコボコにしているというのは裏の話だ。
ちなみに担当は抽選で選ばれている。
閑話休題。
「うぐっ!」
棍棒で顎を目掛けた、振り上げ。
体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
「ごぺっ」
片手でみぞおちを狙って殴られる。しかし体の小ささから、拳は胸に当たる。
肺の空気が全て抜け出した音。
「んが!」
顔面めがけて、ボールを打つように振り切る。
体は頭を中心にボールのように転がる。
ナインにとって、戦闘訓練は一日で、最悪の時間だ。
大男たちに一方的に殴られ、蹴られ、殺される。
だがナインの体はーー
子どもたちの体は再生する。
折れた骨も、潰された心臓も、割れた顔面も。全て「何も無かった」かのように再生される。
最初の頃はナインのように、やられるだけだった。
大男を前に手足も出ず、再生を繰り返すのみ。
だが次第に戦い方を学んでいった。
それぞれに鎧を、弓矢を、黒い手を、武器に戦う。
一人だけ戦う術も持たないナイン。
(冷たい)
冷たさを感じていた。
(大丈夫かしら。いやー、でも「すぐ帰ってくるから」って言ったから大丈夫のはず。
早く帰ってあげたいけど……。
いやー、寂しくて泣いていたらどうしよう。泣いた姿なんで可愛そうで見ていられないわ。
でもツルギなら大丈夫。頼りになるからね)
レイアは一人の魔女を先頭に廊下を進んでいる。正確には魔法協会『とまり木』の建物内だ。
先程から、いや出発してからナインのことを考えていた。嫌な妄想ばかりが浮かぶ。
頭を抱えたり、壁に手をついたり、考えを巡らせて止まったり、と行動にも現れている。
先頭を歩く魔女は、そんなレイアに戸惑っている。
(あー、帰ってツルギがお気に入りなってたらどうしましょう)
ナインがツルギに懐いて、アヒルの子のように後ろをついて回る想像をする。
「あーーー」
「魔女レイア。着きました。中で会長がお待ちです」
いつの間にか大きな扉の前に到着していた。
魔女はレイアに振り向き、扉を開けようとする。
「ありがとう。ご苦労さまです」
そして扉が開かれ、中へと入った。
「何を見た?」
会って早々の質問がこれだった。
相変わらずフードを深く被り、姿を見せない会長。裁判官のように高い位置に座り、レイアを見下ろす。
冷たく、高圧的な態度と声。
しかしレイアとしては慣れっこだった。
ちなみに二人だけではなく、会長を守るよう四人が三人が立っている。
二人は会長と同じく、フードを被り、魔女らしく杖を構えている。
何かあれば一瞬で魔法が使えるようにだ。
もう一人は姿を見せている。
天秤のマークが描かれた、白いローブに長い白髪をまとめる。顔は髪と同じく色白で片眼鏡をしている。顔は老年程度のシワがある。
「いえ、何も見ておりません」
レイアはおどけたように半笑いで言う。
「見ていないだと?」
会長は女性とは思えない、体の底から出したような低い声で言う。
「ええ、姿を隠し都市を目指していたのですが。突如、凄まじい魔法の力を感じましてね。
そこで一度地上に降り、歩いて都市の近くまで」
「それで」
「まあー、都市が壊滅していたようでしたので、危険だと判断。逃げましたわ」
正確ではない、ぼかしたような説明。敢えて適当に喋って、協会側の知っている情報を探るような言い方。
そしておどけた挑発。
「原因が何か分かるか?」
会長もそれを理解している。手札を晒すのは避けた。
「さーて、私の知る魔法ではありません。それだけですわ」
「その右目を以てしてもか」
「ええ」
レイアはオッドアイである右目付近を触れる。
「そうか」
会長は前傾姿勢から、椅子の背もたれに体重をかける。
「他には何か見たか?」
「見てはいませんが、原因と思われるものは」「それは?」
「この右目で分からない魔法。つまりは『未来の魔法』かと」
レイアの予想。
会長はそれを聞き、肘を机に置く。そして手の甲に顎を置く。
「都市を一瞬で滅ぼす魔法か。
了解した。左目は我ら協会が探るとしよう。ワーズナーは何かあれば知らせろ」
レイアは笑みを浮かべる。
まるでイタズラが成功した子どものようだ。
「御意に」
そうして頭を下げた。
「尋問官。どうだった?」
会長は天秤の描かれた白ローブが振り返る。
「一点、嘘が」
萎れた年相応の声。
「何処だ」
「最初の「いえ、何も見ておりません」です」
会長は目を細め疑う。
「それだけか?」
「ハッ、私の『嘘発見』魔法では、それしか分かっておりません」
まるで「本当は何かありました」と言っているかのような嘘。
会長も尋問官も、それを理解したのだろう。二人が頷く。
「ですが魔女レイアは『歩く魔導書』とも呼ばれる。私どもの知り得ない、古代の魔法を使っている可能性も。
もしくは『記憶改竄』魔法を使用し、『嘘発見』魔法をーー」
「仕方がないか」
「ハッ」
尋問官の言い訳じみたを説明を切る。
「分かった下がって良い」
「ハッ」
尋問官と姿を隠した魔女二人、三人が部屋を出る。
「魔女様」
三人が部屋を出た瞬間に合わせたようなタイミング。
老婆の声が、会長の後ろから聞こえた。
「何用だ」
「都市の内部情報につきまして情報を」
「それは?」
「お喜びではない?」
「フンッ。貴様らは「ありがとう」と感謝の言葉が欲しいのか?」
「キヒヒ、それも、そうですな。
都市には地下研究所があったようです。その研究所は地上建造物、役所の陥没により、発見が遅れたような。しかも持ち主は左目の魔女ですな」
「左目の目的は?」
「はて、分かりませんな。もともと研究所は人間どもの建物、役所の下に。
つまり人間は誰も知らなかったようで、情報は一切無く」
「それもそうだな。左目の動向を探れ。
協会も動くが、役に立つ思えん」
「キヒヒ、御意」




