表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3

ーーー3

 ブンブンブン。


「ほ〜ら、逃げないの。そんな猫みたいに暴れない」


 ナインは宙に浮いて、藻掻いている。しかしいくら藻掻いても動けていない。

 それは見えない手で持ち上げられているためだ。

 レイアを先頭にナインは風呂場へと強制連行された。



 少し前。


「ナイン? ちょっと良いかしら?」


 朝食前、レイアはナインの部屋へと訪ねてきていた。

 相変わらず、永遠と太陽の光を見ている。

 レイアの声に顔だけ向ける。


「ナインって、この家に来てから数日経っているじゃない? だから風呂に入ろうと思って」

「……? ふろ?」


 ナインは初めて聞いた言葉に疑問符を浮かべる。


「あー、そうねー。水の満たされた箱に入る行為かな。体を洗ったりするの」


 それを聞き、肩を揺らした。そして首を横に振る。


「熱いのが嫌とか?」


 同じく横に振る。


「じゃあ水が嫌いなの?」


 三度、横に振る。


「ええ……。じゃあ臭いままだよ。

 体を拭いても、髪の匂いは取れないよ。臭いままでいいの?」


 グサッと言葉の刃が刺さる。

 ナインはお腹を手で抑える。そして四度、横を振る。


「じゃあ行きましょう」


 そう言ってレイアは部屋の外に出る。しかし一向に出てこず、中を見た。

 ナインはベッドを盾にして、ベッドから顔を出し、様子を伺っている。


(猫のようね)


「ほら、早く行かないと。朝食、食べれなくていいの?」


 横に振る。


「じゃあ行きましょう」


 そう言ってレイアはナインの手を引っ張った。

 だが予想以上の馬鹿力で抵抗される。


「重っ」


 ナインはベッドにしがみついて「絶対に動かない!」という意思を伝えてくる。


「あらあら」


(先生もこんな思いだったのかしらね。でも先生であれば、こうした)


 するとレイアはナインに手を向け、指で掴みあげる。指は何も掴んでいない。

 しかしナインの服は不可視の手に掴まれたように感じられた。


「!?」


 ナインは猫のように暴れる。


「ほ〜ら、逃げないの。そんな猫みたいに暴れない」


 ナインはこうして風呂場へと強制連行されたのだ。



 ナインは眉間にシワを寄せている。体からは風呂に入った跡のため湯気が出ている。


「ゴメンなさい。ナイン、機嫌直して頂戴」


 レイアはナインの横の椅子に座り、顔を見て謝る。

 しかしナインは体をずらして見ないようにする。

「私は機嫌が悪いです」と言っているようだ。


 どうにかして機嫌を直して欲しいレイア。

 頭を撫でたり、声をかけたりと、色々と試しているよ。しかし効き目は一切ない模様。

 そんな二人の様子を伺う三人。

 ツルギとアカノ、アオノだ。


「アイツ」「面倒くさ」「アオノもあそこまで酷くなかった」「アカノもあそこまで酷くなかったで」「レイアが」「可愛そう」「締め上げよう」「賛成」

「こら」


 そんな暴走しようとする二人の頭に拳が落ちる。


「痛い」「最低」「そういう親は」「嫌われるよ?」


 ツルギの拳に抗議した。


「違うだろ。さっさと運べ」

「怖い」「怖い」


 そう言って二人は朝食を机に運んでいく。


「まったく」


 ツルギは、もう一つ問題を解決するため、料理を始めた。



「ねぇ、でも良かったでしょう? お風呂も気持ちよかったと思うけど」


 その頃には朝食の準備はできている。


 ゴンッ。


 するとナインの目の前に皿が置かれた。

 ツルギは、あえて音を鳴らして置く。

 その料理は大量に盛られたスクランブルエッグとトマトソース。一人だけプラスされている。

 当然、ナインは前に置かれた料理に目を奪われた。次に置いた張本人、ツルギを見る。


「一杯、食べな」


 ツルギは手を伸ばし、ナインの頭をガシガシと撫でる。そして自身の椅子へと座り、手を合わせ「いただきます」と言って食べ始めた。

 アオノとアカノも手を合わせて食べ始める。


 そしてナインも、それに倣い手を合わせ食べ始める。声や動作は普通だが、口角を上げ嬉しそうにしている。

 先程の機嫌の悪さが嘘のようだ。


「え、えー……」


 レイアは言葉を失った。



「それでここからが個人の部屋だね。私とツルギ、アカノとアオノは一緒で三部屋。ナインの隣が部屋だから、何かあったら何時でも来てね」


 長い廊下にニ○ほどの部屋数。

 部屋数は余っている。


「他は?」

「今は後二人いるんだけど協会の仕事でね。帰ってきたら紹介するわ。二人も癖が強いのよ。

 それで他の部屋は空き部屋。いくつかは物置部屋になってるわね」


 長い廊下を歩き、次へと向かう。

 廊下の端、階段で止まる。


「三階以降は入らないでね」


 コクコクと頷く。

 そして一階へと降りる。


「ここからは食料保管庫とか洗濯場、風呂場とかね。一階は部屋数は少ないから、すぐに覚えれると思う。

 私はいないかもしれないけど、アオノかアカノはいるとは思うから、教えてくれるわ」


 ナインは知らない部屋を覗いていく。

 行動範囲としては自室とトイレとダイニングのみだ。

 そしてレイアは館の奥、大きな扉がある場所で止まる。ナインの顔を覗き込み、口角を上げる。

 ナインは疑問符を浮かべた。


「そしてここが」


 扉を開けた。

 風が入り、一瞬、目を瞑った。


「館最大の魅力、庭よ」


 目を開け、景色を見た瞬間。ナインは固まった。


「あ、え、これは?」


 レイアは外に出る。

 振り返るとナインが体を固め、驚いている。

 想像以上の反応に声を漏らして笑った。そしてナインの手を引っ張り、外へと引き出す。

 目の前には巨大な庭が広がっている。


 足元に敷かれた敷石。赤や橙、狐色など暖色を中心に揃えられている。正方形のブロックが並べられ、歩くことを楽しませる。

 緑一色の植木や樹木。無造作ではなく、形を整えられ芸術品のように職人の腕の良さが分かる。


 赤や黄、青、桃など様々な色を持つ花々。一つ一つが立派に咲き誇り、見る者を楽しませる。


 最後に人の肌を焼かんとする太陽の光。

 ナインの目に入ってきた全ての情報。全て初めて見る光景であり、脳に『この絵』を焼き付けた。


「さあ行こう?」


 レイアは手を引き、庭を案内した。

 ナインの食いつきが良い。普段、寡黙な彼も興奮しているように質問攻めをされた。



 すると頭上に小さな鳥の影が写った。

 レイアは、その影に気づき、鳥の姿を目で追う。

 ナインも真剣な顔つきに気づき、口を閉じる。

 その鳥は丁度、レイアの部屋の窓に止まった。


「ナイン、ゴメンなさい。少しだけ待ってて、すぐ帰ってくるから」

「うん」


 レイアは小走りで館へと戻って行った。



「今が」「チャンスか」「新入りに館のヒエラルキーを」「教え込むには丁度いい」


 一人になったナインを見ていたのは、アカノとアオノの二人。植木に隠れ、ナインの一挙手一投足を見ている。手には竹箒と洗濯籠を持ってだ。

 言っていることは過激だが、武装は穏健だ。

 ナインは座り込み植木の花を見る。


「花を触った」「折ったら、ただじゃおかない」「「どうなる?」」


 しかし花に鼻を近づけ、匂いを嗅いでいるだけだ。

 予想と外れた行動。

 二人は顔を見合わせて、首を傾げる。


「絶対に何かする」「そこを抑えて問い詰める」「「良い作戦だぜ」」


 するとナインは膝をつき、顔と胸を抑えた。


「うぅ、ゔゔゔ」

「「ん?」」


 ナインの顔を抑えた、手の隙間から水滴が落ちる。

 その水滴は徐々に増えていく。

 それと共に空が曇ってきた。


「「んん?」」


 さらにナインの周りが暗くなる。

 二人の位置からだとナインが霞んで見える。


「「んんん?」」「不味い?」「不味そう?」


 二人は顔を見合わせ屋敷へと走った。



 レイアが走って行った後。

 暫くは辺りを見渡し歩いた。

 そして良い香りを元に、花に鼻を近づける。

 目を閉じ、鼻だけに意識を集中させた。


 花特有の優しい匂いを感じる。

 ナインはその匂いに口角を上げ喜ぶ。


『ねえ、ナインは外に出たら何がしたい?』


 突然の締め付けるような頭痛が襲う。


『アタシわねー、タイヨウが見てみたい! 火の光よりも強くて、目が痛くなるんだって』


 痛みのあまり膝をつく。

 そして言葉の少女の顔を思い出す。

 まるで花のような笑顔をした少女。


「うぐっ、ハァハァハァ」


 息が荒くなり、目が燃えるように熱くなる。

 右手で顔を、左手で胸を抑える。



「大丈夫。大丈夫よ」


 すると背中が擦られた。


「ここは魔女の館。貴方が見たものは嘘。ここから見えるのは、美しい花や植木、庭よ」


 レイアは喋りながら、自身の後ろに回した手で魔法陣を作る。

 それは精神を操る禁術。

 するとナインの呼吸は落ち着いていく。


「は、ふー、は、ふー、は、ふー」


 空の曇りは晴れ、霞は消えた。


「あり、がとう」

「ええ、大丈夫よ」


 二人は館へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ