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目覚めは静かだった。
知らない「ピヨピヨ」という音と人の呼吸音が耳に入る。
少年は目を開け天井を見る。
赤い大きな目。その目だけがキョロキョロと動いている。
そして目は二つ発見した。
一つが椅子に座って、ベッドにうつ伏せで寝ている人。金色のふわふわした髪と黒いローブを着ている人物。
二つが少年の目を焼くような強い光。
その光を見て、体を起こした。
体は鉛のように重く、痛みもあった。
だが、そんなことを気にすることなくベッドから降りる。ベッド横に立ち上がって光を見た。
部屋の枠から差し込む光。
少年は枠に近づき光の中心に手を伸ばす。
コツン。
しかし手は透明な壁に止められる。
ガラスだ。
少しでも光の中心を近くで見る。そのためにガラスに顔を近づけた。
光の中心は少し斜めの位置。少しだけ見上げた。
「これがタイヨウ?」
声量も小さく弱々しい声。
しかし目をかっぴらき、目に焼きつけようと見続けた。
少しして目から涙が溢れる。
太陽の光を直視し、瞬きもせず見続けたのだ。当然だろう。
しかし流れ続ける涙は、痛みだけでは無かった。
「初めて見た?」
いつの間にか隣に魔女が立っていた。
少年は目を離さず頷く。
「目が痛いでしょう?」
首を横に振る。
「目に焼き付けて、教えてあげないと」
少年は見るのを止めない。
魔女は、少年が「何かに縛られ」「感動」していることを理解した。
「大丈夫。今日から何時でも見れるようになるわ」
そう言って紫色の髪を優しく撫でた。
「誰?」
すると少年から疑問を投げられる。
今更な質問に口を隠して笑う。
「私は魔女レイア。貴方のお名前は?」
すると少年がレイアの顔を見る。
レイアは少年の紫色の前髪の隙間から見えた大きな赤い目を見た。そして首の九という数字も。
「ナイン。そう呼ばれてた」
「そっか、よろしくね。ナイン」
目の前には机一杯に置かれた大量の料理。
巨大な海老を茹でソースのぶっかけ。
拳、大の唐揚げ。
皿に山のように積まれたポテト。
チーズを重ねて重ねたグラタン。
大量のサラダと分厚いローストビーフ。
串に刺した魚を、そのまま焼いたもの。
国際色豊かで大量。
ナインからして見れば、どんな料理か検討もつかない。料理も名前どころか素材すら知らない。
しかし全ての料理の匂いが、ナインの鼻を刺激する。目では料理の鮮やかさと形。耳ではジュウジュウと音が鳴っている。
目を見開き、口からは涎が垂れている。
「こっちの背が高くて筋肉ダルマなのがツルギ。料理も全部、ツルギが作ったのよ」
ツルギは拳でレイアを軽く叩く。
左頭部に焼け傷。そのために茶髪を左側を刈り上げ、右側に流している。眼力があり男らしいゴツゴツとした顔つき。
身長は一八五センチ。筋肉を強調する腕。それを見せるためのノースリーブのシャツ。唯一、胸で女性であると判断できる。
「そしてこっちの二人がアオノとアカノ。二人は双子なの。
服が赤いほうがアカノで青いほうがアオノね。髪型はコロコロ変わるけど、服は青と赤だから見分けは簡単よ」
二人は黒髪に今日はポニーテール。顔もパーツも体も小さい。身長は一四○前半。
服はポンチョを着ており、青と赤の二種類を着ている。
アオノが青のポンチョ。アカノが赤のポンチョだ。
そんな可愛らしい二人はナインに対してジト目を向けている。
ナインはレイアの説明を聞いている様子がない。目の前の料理に夢中なのだ。
「それで私がレイア・ワーズナー。魔女、女ばかりで肩身が狭いかもしれないけど、ナインなら、きっと仲良くなれるよ」
(まさかナインが男の子だったなんて思わなかったけど)
ナインの性別は汚れた体を拭いている時、下半身を見て判明した。同じ女かと思っていたためにレイアは珍しく目を見開いて驚いた。
そして説明を終え、レイアはナインの顔を見た。
緊張したり、震えていたりしていないかと心配したからだ。
しかし予想は外れ、ナインは目の前の料理に目を奪われている。
(あ〜、聞いてなかった……かな?)
「じゃあ食べましょうか?」
レイアは笑顔でみんなを見て合掌した。
三人と周りに合わせてナインも同じく合掌。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
「い、いただき……ます?」
ナインは行為の理由が分からず、疑問符を浮かべている。
レイアはナインを見て「食べていいよ」と声をかけた。
するとナインは目の前にある料理から手を出した。手元にあるフォークやナイフを使わず、手で持って口に運ぶ。それを繰り返した。
口や服が汚れるにも関わらず食べ進める。
必死に動物のように汚らしく。褒められたことでない。
しかし周りの四人はそれを止めなかった。
ナインは目から大量の涙を流して食べている。
「食べること」に対して喜びを、全面に出している。
そんなナインを見て、止める者などいない。
その後、ナインはすぐに寝た。
料理の片付けは四人で行われる。アオノとアカノは皿を運ぶ。ツルギは皿を洗う。レイアは皿を拭いた。
「大丈夫か?」
珍しくツルギから話された。
「うん。食べ疲れて寝てしまったみたい。来てから三日、何も食べれてなかったしね。顔色もだいぶ良くなったし大丈夫だと思うわ」
「……レイアは?」
「ん? あ、私のことね。私は……大丈夫よ?」
レイアは自分のことだが頭を傾げる。
ツルギはそんなレイアを見て、目を細める。
「フフッ、ゴメンなさい。少し疲れてるかも。ナインを確認したら、すぐに寝るわ」
「それがいい」
そう言ってツルギはレイアの頭を撫でた。レイアがナインに行ったようにする。
身長差で言えば親と娘だ。
「そんな年じゃないんだけど?」
ツルギを睨んで抗議した。
「そうだな。三十路だからな」
「んなっ!?」
レイアは口をパクパクとする。
それが事実で反論できず、返す言葉も無かったからだ。
するて拗ねたように目を逸らして皿を拭く。しかし足はツルギのスネを蹴った。
「んぐっ」
「プププッ」
魔法の弱々しい火だけの暗い部屋。
そんな部屋に独特な笑い声が響く。
「それで、プププッ、ペットちゃんたちは?」
まだ笑いが抑えられないようだが問う。
声は異常に高く、子供にしては可愛げがない。
「一人を残して全員、闇に飲まれたようです。その闇により都市ごと壊滅」
無機質に淡々とした報告。
「その一匹は?」
「九番目の子です」
「ん〜、ん? ああ! 紫髪の可愛い子ちゃ〜んね!。覚えている!
ワタシちゃんのもとで可愛がろうと思ってた子ね。いやー、折角なら可愛がれば良かったなー、どうかな?」
返答はない。ただ「始末が大変だから勘弁してくれ」とは思っていた。
「九番目の子は『左目』に確保されたようです」
「え? プププッ。へえ、そんな偶然もあるのねー」
「良いのですか? 左目に渡せば利用されるかもしれません」
「あんなの失敗作よー。制御できない暴れ馬は馬刺しにして、おいちく戴くのがいいよー。下手に反撃されるよりは、楽と思わない?」
「なるほど、では泳がしておきましょう。『目』は潰されてしまい、追跡できません。何かあれば、ご報告させていただきます」
「プププッ、よろしくねー。あー」
「何か?」
「何かに役立てれないかと思ってね。あ! いい事、思いついたわ! プププ、レイアちゃんも喜んでくれそうなことよ!」
「絶対、ろくでもない」とは思ったが、口には出さなかった。
一方、この場では主従の縛りが強い。
空気は非常に冷たく感じさせる。
ここは魔女協会。魔女たちは隠語として『とまり木』と呼ばれている。
「それで理由は」
素っ気ない言葉。それには非常に冷たく、首元に刃を向けられたようなヒヤリと感じさせる。
声の主の姿は見えない。それはフードを被り、顔を見せないようにしているからだ。
会長。
全員から『会長』と呼ばれる。目の前の魔女も本当の名前を知らない。
言葉だけで相手を萎縮させる。
会長の前に立つ、一人の魔女も体を震わせている。
「も、申し訳ありません!」
すると魔女は地面に「ゴツン」頭を打ち付ける。
「天災、戦争、獣、魔法。
全ての可能性を探りはしましたが、原因は分かっておらず!
私たちも困惑しております! どうか、もう暫くお待ち頂けましたら、何か原因を探ります。お時間を! お時間をください!」
深く深く、硬い地面を割る勢いで、頭を下げる。
すると魔女は自身の体が固定された。
首は固定され手足が縛られている。体を回して頭上を見た。
そこには光に反射したギロチンの刃。
「ヒィィ!」
その刃は今か、今かと落ちようとしている。
「お、お止めください! 申し訳ありません! 申し訳ありませんでした!」
しかし魔女の言葉にも耳を貸す様子は無く。
ギロチンは落下した。
ザシュッ!
「ハァハァハァ」
魔女が怯え、目を瞑った瞬間。
目の前には何も無かった。
全てが魔法。見えたギロチンも、縛られた感覚も、全てが全てだ。
魔女は全てが魔法、嘘だったと分からず混乱している。
「命は簡単に無くなる。今のようにな。
覚えておきなさい。行け」
会長は冷たく事務処理のように言う。
「は、はひ」
魔女は途中、コケながら逃げるように部屋を出ていった。
魔女が出ていったことで部屋は静まる。
「魔女様」
すると会長の後ろから、老婆の声がする。
「何度も言っている。全員が魔女だ。紛らわしい名称をするな。それで?」
「キヒヒ、お話が早い。
都市の崩壊の理由らしきことが分かりました。それのご報告に」
「フンッ。魔女よりも情報が早いとは。笑えぬ状況だ。理由とは?」
「都市より一人の魔女が飛び立ったという情報が、偶然見かけた村人より。
黒のローブに金色の宝珠がはめられた黒い杖。金色の髪色」
「チッ、ワーズナーか。何故、見られた?」
「飛ぶ瞬間を見たようですな。他には情報はありません」
会長は手を組み、目を瞑って思考する。
「召喚だ。ご苦労だった。下がって良い」
「御衣」
老婆が下がろうとした時、会長は思い出したように「そういえば」と声を漏らす。
「その前に、その村人はどうした?」
「狼の腹の中でしょう」
「フッ、それは良いことだ」
「それでは失礼いたします」
「…………レイア・ワーズナー。忌々しい左目め。奴が選ばれなければ、今頃、私が」
ゴンッ!
拳で机を思いっきり叩いた。




