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「運命」は突然に②


 先程からあの時計はサボりを決め込んだらしい。秒針を動かせども長針が動く気配が無い。


 授業開始から約3分。橘或人と横山英一は無心で無表情なその時計を眺めていた。

 三角関数の基本辺りで躓いたのだ。黒板に書かれた応用問題なんぞ解く気にもならんし取り組んだところで解けないのは分かっている。


 (これこそ俗に言う『無知の知』って言うやつだね……)


 三角関数を理解する事を諦めた脳は自分を正当化するように働いた。「無知の知」なんて少し難しい言葉を使って言い訳すればこの焦燥感や敗北感が紛れ、自分がちょっと凄い奴のように思えるのだ。自覚はしていないが。


 或人はザ・凡人な高校生だ。数学こそ苦手だがそれ以外の教科は大体平均は取れるし、運動だってそれなりに出来るし、友達も普通にいる。モテないが。

 そんな変わり映えの無いごくごく平凡な日々は或人にとって安らぎであると同時に退屈でもあった。きっと英一にもそれは同じ事だっただろう。


 だが「運命」とは突然に知らされるものだ。動く気配を見せない長針に見切りを着け、机に突っ伏した或人が次に顔を上げると、そこは既に教室では無かった。


 「え……?」


 思わず声が出た。

 状況が読めない、ここはどこだ? 夢? 何も見えない。怖い、助けて…………


 「或人っ‼︎ 大丈夫か⁉︎」


 突如、或人の正気は肩に響いた衝撃によって取り戻され、眼前に寄せられたその姿は、心臓が落ち着くに従って、或人の瞳にはっきりと像を結んだ。


 「英一……?」

 「ああそうだ。落ち着いたみたいで良かったよ」

 「ああ、助かった。……にしてもここは一体……」


 落ち着きを携えて周囲を見れば、そこが単なる暗闇の中でない事はすぐに分かった。

 2人は瞬く星々の中に座り込んでいた。星々は2人が知るいずれの星座の形も取らず、ただそこで瞬いている。そして2人の手元には浅く、触れてもその手を濡らす事なく、ただ水のようなものが張っていた。


 「分からん状況だな……或人、何か分かるか?」

 「夢じゃないのか?ホラ、お前も授業眠そうにしてただろ?」

 「確かにそうだな、2人で同じ夢を見る現象って、都市伝説か何かできいたことあるぜ。……アレ、でも、あそこ、何というか……光が集まっていると言うか……」


 英一が指差した先には確かに光とも何かのガスとも取れぬ何かが集まり始めている。


 「よく分からんが危ないかも知れない。離れよう、英一」

 

 立ち上がって走り出す2人。

 夢の中だというのに自在に体が動かせることに或人は驚いた。明晰夢というヤツだろうか。


 「まぁ待て、逃げるでない」


 不意に後ろ、誰も居ない所から飛んできた声。その声は無限に広がっているようにも思えるこの空間で反響し、或人の耳にすっと入ってきた。


 「誰だっ‼︎」


 思わず振り返り、声の主を探す或人。その目に映ったのは人の形をとった先程の光ともガスとも取れぬ()()()であった。


 「よく来てくれた。……と言っても私が勝手に読んだのだがな。まぁ、とりあえず比較的落ち着いているようで良かったよ」

 

 その()()()は明らかに見た目人間の女性だったが、その身に纏う鎧と淡々とした態度で状況を説明するその姿にはどこか格好良さと言うか神々しさが感ぜられた。


 (やっぱり夢だな……普通じゃありえないほどよくできてるが……)


 2人はとりあえず、その、()()()の話を聞いてみることにした。


 _______「なるほど……つまり、『世界を救え』って事ねぇ……俺達に⁈ ハハハハハ‼」


 ()()()から一通り説明を受けた英一が隣で笑った。もはやこの夢を楽しんでいるらしい。

 ()()()の言う事を簡潔に言うとこう、「君達なら出来るから、とある異世界を救って欲しい」、だ。


 (まるで意味が分からんけど……面白い‼)


 全くもって面白い夢だ、毎日こんな夢が見られたらどんなに楽しいだろうか。


 「……勘違いしているようだが、これは夢などでは無い」


 まさに夢見ムードの2人に、()()()は冷ややかにそう告げた。或人は黙った、勿論、英一も。


 「……さて、君達が『運命』を信じようが信じまいが、『運命』は存在する。例えば君、或人君がどう足掻こうと、国を創り、王様になる事が不可能であるように、一生に起こる全ての事象は干渉出来ぬ『運命』によって定められているのだ。だが同時に、一時の、極めて限られた状態に置かれた時、その『運命』は変化し得る僅かな柔軟性を持っている。君達にお願いしたいのは、とある異世界がこれから歩む悲惨な『運命』と、変わり得る幸せな『運命』の『分岐点』になる事だ」


 「……待ってください」


 声を上げたのは英一だった。


 「貴方の事情は分かりました、……大雑把にですが。……でも何で僕達なんですか⁈ こんな取り柄の無い僕を呼んで……なんでなんですか⁈」


 急に不安げな様子を見せ、本当に夢では無いのかと疑い出すだす英一の問いに、神、リヴェラは落ち着き払った様子で応えた。


 「先程言ったが、私は『運命』を司る神。そして君達の、はたまた1つの惑星、宇宙に至るまで、あらゆる存在の未来を予見することができる。そして、君達が関わった例の異世界が、悲惨な『運命』を回避する『運命』にある事も知っている。つまり、君達はその異世界にとって正に奇跡の存在なんだよ、救世主さ。星をも超えた複雑極まりない『運命』の絡み合いを完全に読み解く事は私にも難しい……が、これは断言出来る。君達なら出来る、とな。君達の成功は、私が約束しよう」

 「俺が……奇跡の存在……?」


 英一の声は震え、不安げに聞こえた。


 「それを踏まえて、だ。私は君達の意思も尊重したい。幸いにも地球にはあと4名ほど君達と同じ()()()()()が居るようだ。君達が私の頼みを断るならばそれを拒むまい。この場の記憶を消し、元の時間軸に戻すだけだ……が、引き受けた上で例の異世界を救ってくれたならば、記憶を消して元の時間軸に戻すだけでなく、君達の望むもの何でも1つを得る『運命』を、『運命』の神として、君達の歩む未来に書き加えよう。……どうだ、悪い話ではないだろう?」


 或人は一応悩みながらも、まだこれが夢であることにどこか確信を持っていた。


 (突拍子もないが、夢でも凄い話だし、それに、必ず成功すると言う神様のお墨付きまであるらしい。……まあ、夢ではあるが。つくづくよくできた夢だよ全く……)

 

 ふと思い返しても、別に現実世界に不満があった訳じゃない、ただ退屈だっただけだ。でも、何も考えず、何も動かずともエスカレーターのように、ただただ前に前に時が過ぎる現実が、今考えてみれば馬鹿らしく思えた。


 (確かに……俺は、現状から変わりたい……これは夢だけど、それでもなにか切っ掛けに出会えた気がするな……)


 「やらせてください‼」「任せてください‼」


 或人と英一が声を挙げたのは同時だった。夢の終わり、現実へと戻る合図を或人は叫んだのだ。

 ニコリと笑ったリヴェラが何かを呟くと、耳鳴りが始まり、視界がぼやけ出した。


 (いい夢だった……取りあえず起きたら、今やってる授業を真面目に……)


 2人は今度こそ暗闇の中に落ちて行った。

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