八話
オレたちの街、第一区から外れた廃村にやってきた。
ボロ小屋が立ち並ぶだけで、植物も枯れ果てている。
近くの第一区が発展したこと、立地の悪さから皆引っ越してしまった。
ここに住んでるのはオレたちのような旅獣かホームレスぐらいだろう。
廃村を進むと、荒れ果てた畑が少し整備されていた。
恐らく野良人の仕業だ。
「ここら一帯俺たちのものにしてやろーぜ」
「「「ギャハハハハハハハ」」」」
サイズの合っていない鎧を身に纏った野良人達が、オレたちに気付いた。
「おうおう、なんだてめー豚がよぉ!」
「豚野郎ー!」
「獣族は国へ帰れ!」
「「「ギャハハハハハハハハ」」」
やれやれ、ここはオレたち獣族の領地なんだがな。
頭の悪そうなやじを飛ばしながら、三人の男が近づいてくる。
一人はデブ、もう一人はハゲ、もう一人はチビだ。
いかにもモブ、という顔をしていた。
さて、どうしてやろうか。
「やめてくあひゃーい!」
オレが仕掛けるより早く、ボタンが男達の前に両手を広げ立ち塞がる。
小さな背中をぷるぷる震わせるのがよく見えた。
「なんだなんだぁ?」
「ご主人様に手をらさないでくだしゃい!このふろーしゃ、はんざいひゃ!きもちわるい!」
「クソ!生意気な女め!俺らがこの豚をブッ転がしてからいただいてやろうぜ」
「「「ゲヘヘヘヘ!」」」
「ふみゅう……」
ボタンが怯えたように目をうるうるさせ、怯えた顔をしていた。
「安心しろボタン、オレに任せておけ」
「でもぉ、でもぉ……この野良さんたち、くさくてこわくてきもちわるいでしゅう……」
「「「な、何だと!このクソ女が!!」」」
「黙れゴミ共。仕事だ、悪く思うなよ」
バシュン!!!!
閃光が走る。
オレは詠唱を始めた。
「我はここに集いたる肉なる者の前に誓わん。我は祝福しよう、今より従順な誓いを果たせ」
ボタンの身体が大きく跳ね上がる。
一瞬青ざめたように見えたが気のせいだ。
今では恍惚を浮かべている。
薄い唇から唾液を伝わせ、大きく口を開いた。
ゴォォォォーーーーー!!!!!
口から噴き出る炎が全てを焼き尽くした。
「「「ギャァァァァァァア」」」
野良人達は一瞬で黒焦げになった。
後ろの畑も全部焼け焦げた。
ボタンは炎を「吐いた」。
調教師は被契約者に魔力を与えなければならない。
だが、ボタンは魔法で炎を放ったわけではない。
キメラは希少種としての元来の能力を持っているが、火を吐くなんて初めてだ。
こいつは何のキメラなんだ?
まさかドラゴン……?
馬鹿な、ドラゴンなんておとぎ話だ。
「ご主人様ぁ……」
ボタンの涙声が聞こえてはっとした。
頭を撫でてやる。
「よくやった、ボタン」
「ふみゅぅう〜……」
ボタンは頬を染めて涙を浮かべていた。頭を押し付けてくるので撫で回した。
専属契約して初めての大仕事だ。きっと嬉しかったのだろう。
奴隷は出生を話したがらないケースが殆どだ。
聞けば彼女のトラウマを掘り起こすことになるかも知れない。
気になるからと言ってオレはそんなことはしない。
オレがボタンを労っていると、
「なん、なんの……騒ぎですかな?」
しわがれた声が聞こえた。
よぼよぼの梟族の爺さんだった。
その後ろからは山羊やネズミ、タヌキの爺さん達がぞろぞろ現れる。
焦げた死体と畑を見て、口をあんぐりと開けていた。
「なんと……これは」
「オレはハンター、調教師のハギだ。こっちのヒト族はオレの契約者のボタンだ。第一区のギルドの依頼で来た。野良人を殺せとな」
「……そうでしたか」
「野良人に何かされてないか?」
「おお、おお……何か、さ、される前に貴方様が……倒して、くださったの、ですか……」
「「「「「ありがとうございます、ハギ様」」」」」
「なんとお強い!」
「助かった!」
同族が無事なのはいいことだ。
それはホームレスなんて関係ない。
「アンタら住むあてがないなら、オレが第一区に掛け合ってやるが?」
「ハギ様……なんと慈悲深い、しかしワシら獣族は老いと共に孤独を求める生き物。ありがたき御言葉ですが……」
「それもいいだろ」
「なんと!ワシらの我が儘にまで寛容とは……お優しい獣であられる……」
「死体処理はぜひワシらに任せてください……ヒト族はワシら獣族の大切な食料源ですじゃ」
「わかった」
死体処理の手間も省けた。
そのつもりはなかったが、ホームレス達も助けられたようだな。
「ご主人様ぁ♡やっぱりご主人様は素晴らしいでしゅ……ぼあんの力を使いこなせう調教師はご主人様がはじめてでしゅ♡ご主人様、だいしゅきれしゅ♡」
オレにぎゅっと抱き着くボタンは、目をうるうるさせてうっとり上目遣いで恍惚とオレを見つめている。
大袈裟なやつだ。
「頑張ったのはボタンだろう?」
「はうう……!力を引き出ひてくえたのはご主人様なのにぃ……けんきょ、れふぅ♡♡しゅてき…♡」
「「「「「「ハギ様!バンザイ!!!!!」」」」」」
「野良人の一部は貰っていくぞ。始末した証拠にする」
勝手に称賛する爺さん達を後に、オレは麻袋に焦げた指や足の一部を詰め込んだ。
簡単な仕事だったな。
別にオレは何もすごくない。仕事をしたのはオレではなくボタンのお陰だ。
だが、いい仕事をした。
これで金が手に入り、ボタンにも少しは褒美をやれる。