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アイス

作者: Re:over


 初夏の日差しに縋っても夏が立ち止まることはない。永遠に夏なら好きな人を見て苦しむこともないし、クラスのみんなから冷めた眼差しを向けられずに済むし、先生に怒鳴られることもない。


 一生夏でいい。一生夏休みがいい。この違いを分からないやつは死んだ方がいい。おそらく、僕の好きな人は死んでしまうだろうが、そのくらいがちょうどいい。そもそも道端に落ちたアイスのように救いなんてない。


「はぁ……」


 落ちたアイスを思いながらため息をついた。


 音楽の授業の時に好きな人と手を繋いだ。授業の一環で繋いだだけなのに、一人勝手に舞い上がり、柄にもなく空を見上げて叫んだ。でも、それだけだった。生きている気がしたその一瞬だけが輝いていて、だからこそ、それ以外が汚く感じたりもした。


 だから本当は好きな人もいない方がよかったのかもしれない。どうせ中学を卒業したら離れ離れになり、疎遠となる。遅かれ早かれ結局は諦めないといけない。


 劣等感の中で周りの背中を追いかけることで精一杯。人生とかまだよく分かってない。それに、宿題の必要性も、青春の中身も、好きな人を嫌いになる方法も、何もかも分からないことだらけだ。それでいて僕は疑問の一つも口出せない。だからクラスのみんなから避けられ、先生に怒鳴られる。


 放課後の帰り道、一人で寂しく歩いていると景色が闇に侵食されていく。同じように僕も闇に呑み込まれるような感覚に襲われ全てが嫌になる。


 通りかかった駄菓子屋から好きな人が出てきた。もちろん帰り道での買い食いは禁止されている。かといって僕がチクるはずもないだろうに、彼女は近づきお菓子の小袋を差し出した。


「あんた、いつも無口だから大丈夫だと思うけど、念の為の口封じ」


 僕は困惑して固まっていると、彼女は僕の手を取って無理やりお菓子を握らせた。その動作はどこか手馴れていた。異性の手を躊躇なく触れられるのが嬉しくもあり悲しくもあった。


「はい、これであんたも共犯。わかった?」


 僕は返事の代わりに二回頷いた。


「じゃあまた」


 この反応が正解かどうかなんて分からなかったし、その後もどうすればいいのか分からなかった。もらったお菓子もそうだけど、このまま何事もなかったかのように別れてもいいのかとか。


「さ、佐伯さん!」


「ん? 何?」


「あ、あの、好きです!」


 この言葉の先なんて想像するまでもなかった。でも言いたかった。このモヤモヤする気持ちを汗で流す不味さを知っているし、いつまでも逃げられないことも知っている。それに、痛いのは慣れっこだ。


「あんた馬鹿なの? 私がお菓子あげたから両想いだと勘違いした?」


「い、いや……」


「残念だけど、私はあなたに興味がない。キモイから近づかないで」


 想像通りの返事だった。言い終えた彼女は早足で去って行った。


 彼女は自分の意見をしっかり言えるから、買い食いしても優等生であるのだと思い知った。それと同時に僕はアイスを買おうと決めた。でもアイスでは心の傷を冷やせないと知るのはもう少し先の話だ。


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