我慢するだけの忍耐力は持ち合わせている
鋼太郎は己の目を疑った。
無理もない。
抜けるはずがないと思っていた善人が、目の前で高らかに『英雄の剣』を突き上げているのだから。
「おおおお!? やったじゃねーか、ヨシト!」
「さすがアタシたちの勇者だね」
「凄い、凄いです! ヨシト様っ」
バッツとミレーヌ、そしてテレサが善人を褒め称える。
鋼太郎の後ろに控えていた彼の仲間たちも、その光景に驚いていた。
「誰にも抜くことができなかった『英雄の剣』が……」
「『狂化』を使ったコウタロウ様でさえ抜くことができなかったのに……」
「おい!」
仲間の声に窘められた方は「しまった!」という表情に変わり、慌てて口を閉ざす。
恐る恐る鋼太郎の方を見るが背中しか見えないため、どのような表情を浮かべているのか窺うことはできない。
ただ、はっきりと分かるほど肩が震えていた。
きっと自分たちが想像している以上に、彼の機嫌は悪いだろう。
鋼太郎のパーティは皆、そう勘づいていたし、実際にそれは当たっていた。
――あり得ねえ!
なんでだ、なんで俺が抜けなかった『英雄の剣』を奴が抜いてやがる。
鋼太郎は大きな不満を覚えていた。
事態が想定したものとは大きくかけ離れている。
『英雄の剣』を抜くことができずに落胆している姿を見るはずだった。
こんな場面を見たかったわけではないのだ。
「善人! そいつを貸せっ」
「鋼太郎!?」
鋼太郎は善人の手から『英雄の剣』を奪い取った。
自分のものにしようと思ったわけではない。
ただ、善人が抜けたのに自分は抜くことができなかったという事実が信じられなかったのだ。
しかし、次の瞬間。
「うお!? な、なんだこの重さはっ!」
鋼太郎は両手で『英雄の剣』を握るが、そのあまりの重さに驚く。
善人の体格は平均的な日本人に比べれば良いとはいえ、鋼太郎の方が上背も筋肉の量も上だ。
レベルによるステータス上昇に個人差があるだろうが、『狂化』を使った鋼太郎が劣っているとは考えにくい。
剣先が地面につく。
持ち上げようと力を込めるが、どれだけ頑張ってもまったく持ち上がる気配がない。
鋼太郎の額には大粒の汗が浮かんでいた。
くそがっ!
なんで持ち上がらねえっ。
ついには耐え切れなくなり、鋼太郎は『英雄の剣』から手を離す。
「急にどうしたんだ、鋼太郎」
そう言って、善人が地面に横たわる『英雄の剣』を拾い上げる。
「お、お前……重たくないのか?」
「ん? 別に重くはないよ」
善人が嘘を吐いているようには見えなかった。
涼しげな顔をしたまま、片手で『英雄の剣』を持っているからだ。
「そ、そうか……」
曖昧な相づちを打ちながら、鋼太郎は心の中で「馬鹿な!?」と驚愕していた。
まさか……『狂化』を使った俺よりもレベルが高いってのか。
いや、そんなはずはねえ。
経験値に関する恩恵はどの勇者も同じだとイシュベルが言っていたじゃねーか。
俺は、こっちに来てからほとんどの時間をレベル上げに費やしていたんだ。
いくらなんでも……それとも、俺みたいな恩恵を奴も持っているのか?
魔界に行けない以上、遭遇する魔物はお互いに変わらない。
善人が自分よりもレベル上げに時間をかけていると仮定するより、特殊な恩恵を女神からもらっていると見る方が、召喚された勇者には相応しい。
鋼太郎はそう考えた。
鋼太郎は眉を顰める。
仮定が正しかった場合、今の自分では善人を出し抜くことはできない。
この世界でのレベルの限界値は99だと聞いている。
ただし、鋼太郎は『狂化』を使うことでその限界値を超えることができる。
レベル99まで上げた状態で『狂化』を使用すれば、一時的にとはいえ、理論値でレベル119のステータスを得ることができるのだ。
鋼太郎だけが持つアドバンテージ。
そう思っていたのに、善人もそれに近い恩恵を持っているかもしれない。
しかも、自分よりも有利な恩恵を。
それは、鋼太郎が一番になれないことの証明に他ならない。
「勝手に奪っちまって悪かったな」
「いや、構わないさ」
善人は本当に気にしていないようだった。
それが余計に鋼太郎を苛つかせる。
――ちっ、今は我慢だ。
鋼太郎の最終目的はこの世界で最強となり魔王を倒すことだが、今回に限れば『英雄の剣』の確認だ。
善人が『英雄の剣』を抜き、奥の手を持っていることは確かにむかつくが、むかついたからといって善人に勝てるわけではない。
さっさとイシュベルに報告して恩恵を強化してもらった方がいい。
「どうする? せっかくこうして久しぶりに会えたんだ。少し話でも」
「悪いが用事があるんでな。またの機会にしようぜ」
「そうか……分かったよ」
「悪いな、行くぞ!」
鋼太郎は仲間とともに足早に去っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
善人が『英雄の剣』を抜いたことは、瞬く間にティルナノーグ中に知れ渡った。
鋼太郎と入れ替わりで教会を管理している者が現れ、『英雄の剣』を手にした善人を目の当たりにしたからだ。
「さすが勇者様! あなた様こそ魔王から我々を救ってくださると信じております!」
「微力ながら頑張ります」
興奮気味に話すティルナノーグの住民を前に、善人は笑顔で応対する。
魔物が侵入し、今もなお周辺で目撃されているティルナノーグの住民たちは不安な日々を送っていた。
そんな彼らにとって『英雄の剣』を抜く者が現れたことは、非常に明るい出来事だ。
新たな英雄の誕生であり、しかもそれが勇者だという。
期待しない方がおかしい。
当然、ティルナノーグの住民は宴を設けたいと善人に申し出た。
その申し出を善人は丁重に断った。
「な、なぜですか……?」
ティルナノーグの住民が困惑の表情を浮かべる。
「皆さんのお気持ちは嬉しいです。ですが、僕たちは皆さんの不安を取り除くためにやってきました。それがまだ残っています」
「おお! ということは最近現れ始めた魔物のことですな」
「ええ。何かご存知でしたら教えてください」
「それでしたら、兵士の1人が西の森に魔物が戻っていくのを見たと言っておりました」
「西の森、ですか。ここからだとどれくらいかかりますか?」
「なに、大した距離ではありません。勇者様さえよければその兵士に案内させましょう」
「助かります」
決まってからの善人の行動は早い。
彼はやって来た兵士に「よろしくお願いします」と挨拶をすると、直ぐに西の森に向かう。
兵士に先導された善人の背中に、テレサとミレーヌ、そしてバッツが続いた。
その一連の流れを見ていたものの存在に気づくことは、誰一人としていなかった。




