魔王と幼女の意外な関係
「……エリカよ、後ろにいるのは誰だ?」
レボルは私の後ろで腕組みをしている幼女――ジヴリールに視線を落としたまま、ジッと見つめている。
……どこまで話せばいいのかしら。
いえ、話すも何も、よく考えたら私も彼女のことをまだ何も知らないじゃない。
私はレボルに顔を向けると、にこやかに口を開く。
「彼女の名前はジヴリール。剣に封印されていたところを私が助け――助けたといっていいのかしら?」
私は振り返って、ジヴリールに問いかける。
ジヴリールは「うむ! お主のおかげじゃ」と頷いた。
「ジヴリールだと?」
その名前を聞いた途端、レボルの表情が険しいものに変わり、ジヴリールを睨みつけた。
小さい子に向けるような眼差しではない。
「……ジヴリールは、魔族が崇めている魔神の名だ。軽々しく名乗ってよい名ではない」
「あら、この世界の神はアシュタルテ様たち3人の女神様だけかと思っていたのに、他にもいらしたの?」
「ふん、我を倒すために勇者を差し向けてくる奴らなぞ、誰が崇めるものか。我らにとっての神はただ一人。ジヴリールだけだ」
あらあら。まあ、レボルからしてみたらアシュタルテたち女神は敵としか思えないわよね。
「おい貴様、何故ジヴリールを名乗っている? ジヴリールの名を穢すつもりなら、魔族に対する冒涜とみなすぞ」
レボルは鬼のような形相でジヴリールに向き直った。
最近は穏やかだったから忘れていたけど、やっぱり魔王なのよね。
ここまで殺気を放っているのは、私が初めて魔王城を訪れたとき以来かもしれない。
レボルから、王国の近衛騎士程度であれば即座に戦意を失ってしまうであろう殺気を向けられているにもかかわらず、ジヴリールは恐れるどころかポリポリと頬を掻いている。
何とも恥ずかしそうだ。
「そうかそうか、崇める神は儂だけか。そんな風に言われると照れるのう」
「なぜ貴様が照れる? 我は魔神ジヴリールのことを言っているのであって、断じて貴様のことではない。それよりも我の問いに答えよ」
「いや、じゃからの。儂がその魔神ジヴリールじゃと言っておる」
「なんだとっ! そんなはずがあるか!」
いったいどういうことだとレボルは、私の方を見る。
そんな目を向けられても――あ。
そこで私は思い出す。
そういえばジヴリールの種族って魔神だったわよね。
「レボル様。ジヴリールの言っていることは正しいかもしれません。彼女は『英雄の剣』と呼ばれる剣に封印されていたのです。しかも女神のものと思われる力によって厳重に。ただの女の子が封印などされるでしょうか?」
「ううむ……」
レボルが唸りながら、ジヴリールを見ている。
レボルも魔王だ。
ジヴリールから発せられている力を感じているはず。
「ねえ、ジヴリール。貴女はどうして『英雄の剣』に封印されていたの? 確か、女神アマルディアナに閉じ込められたって言っていたけれど」
「その前にひとつ聞くが、本当にアマルディアナのことを知らんのじゃな?」
「ええ、そうよ」
「お主もか?」
「……ああ」
「ふむ、そうか……」
ジヴリールが俯く。
アマルディアナに借りを返すと言っていた割には、なんだか寂しそうだ。
「この世界――ベルガストじゃが、元々は儂とアマルディアナの2人で創造したのじゃ」
おっと、いきなりの衝撃発言。
これにはレボルが固まってしまっている。
「それからアマルディアナが人間と亜人を、儂が魔族と魔物を創造した」
「待て、魔族を創造しただと?」
レボルはジヴリールに問いかける。
対するジヴリールはこくり、と小さく頷くと言葉を返す。
「そうじゃ。まあ、数自体は少ないがのう。それから儂とアマルディアナは、ベルガストがどのように変わっていくか外から見守っておった。ふふ、我が子らが増えていく様は見ていて楽しかったのう」
フフッと笑うジヴリールの表情は、どこか懐かしんでいるようにも見えた。
「……じゃが」
急にジヴリールの表情が険しくなる。
「ある日、ヤツが現れたのじゃ」
「ヤツって?」
「うむ、『星喰い』と呼ばれておる神じゃ。『星喰い』に目をつけられたが最後、すべてを喰らいつくすまで止まらん。残るのは無じゃ」
また新たなワードが出てきたわね。
でも待って。
ベルガストにジヴリールの言う『星喰い』とやらが現れたのなら、なんでこの世界はまだ存在しているの?
「その『星喰い』が現れたのなら、なぜこの世界は存在している?」
レボルも私と同じ疑問を抱いたようで、ジヴリールに質問した。
「儂の想像じゃが、アマルディアナが『星喰い』を何とかしたんじゃと思っておる。『星喰い』が現れたとき、儂とアマルディアナは逃げなかった。ベルガストや子どもたちを見捨てることなどできんかったのじゃ。ならば、とヤツと戦うことを選んだんじゃが……儂は『星喰い』に存在そのものが消滅しかねんほどの攻撃を受けてのう。それでも儂は何とか戦おうとしたんじゃが、そのときアマルディアナに封じられてしまった」
そう話すジヴリールの顔は悔しそうだ。
きっと最後まで戦いたかったのだろう。
ということはだ。
『英雄の剣』にジヴリールを封印したアマルディアナは、ひとりで『星喰い』に立ち向かったということになる。
じゃあ、結果はどうなったのか。
ベルガストは今も存在している。
そのことから、ベルガストは救われたということになる。
しかし、女神アマルディアナは消え、いま残っているのは邪神と3人の女神。
恐らく邪神がアマルディアナであることは間違いないでしょうけど、人間の文献にアマルディアナのことを書かれたものが残っていないというのが気になるわね。
ジヴリールの話が本当なら、少なくとも魔族がジヴリールを崇めているように、人間はアマルディアナを崇めていたはずだ。
それなのに、今は3人の女神を崇めている。
――何かがおかしい。
一度、アシュタルテたちに会う必要がありそうね。
と、そんなことを考えつつも、私はジヴリールを見た。
「そういえば、私の力を借りたいと言っていたけれど」
確か、ジヴリールの今の姿は本当の姿ではないと言っていた。
今のままでもジヴリールは強い。
だけど、それが世界を創造するほどの力を持っているかといえば、限りなく微妙だ。
「うむ! 儂が元の姿に戻るための手助けをしてもらいたいのじゃ」
「具体的にはどうすればいいのかしら」
「それは儂にも分からん!」
ジヴリールはフンと鼻を鳴らしてふんぞり返った。
ええ……。
それってつまり、私に何とかしろってことね……。
「もちろん、タダでとは言わん。儂が元の姿に戻るための協力をしてもらう見返りに、お主のやることに協力しよう。どうじゃ、凄いじゃろう」
ジヴリールは自慢げな目でこちらを見ている。
元に戻す条件が不明というのが大変だけど、協力者は多いに越したことはない。
私が「分かったわ」と言うと、ジヴリールは相好を崩し、満足そうに何度も頷いたのだった。




