再会は突然に
丘を駆け下り街の入り口までやってきたマクギリアスが目にしたのは、魔物と相対している兵士の姿だった。
街の中へ入りこまれたのかっ!
魔物は、巨大な体躯を有していた。
外見的には、人間と同じ二足歩行だが、身長は4メートル近くはあるだろうか。
黄銅色の肌は隆起した筋肉で覆われており、太い腕は巨木を思わせる。
両手で鈍色の鈍器を持っていた。
外見から判断するに、それに見合うだけの筋力を備えているはずだ。
当たればひとたまりもないだろう。
外見で最も特徴的なのは顔だった。
一つ目なのだ。
血のように赤く大きな瞳が一つ、昼間にもかかわらず爛々と輝いている。
単眼の巨人と呼ばれる魔物だ。
マクギリスは他に入り込んだ魔物がいないか、素早く周囲に視線を向ける。
目の前の単眼の巨人の他に、魔物が入り込んだ様子はない。
街の外に目を向けると、多くの兵士が魔物と戦っていた。
今のところは持ち堪えているようだが、魔物の数が思っていたよりもずっと多い。
早く加勢しないと街の中に魔物がなだれ込んでくるかもしれない。
そうなれば、被害は想像を絶するものになるだろう。
単眼の巨人は、のっそのっそと大きな足跡を残して、兵士の方へ向かってきていた。
醜悪な顔に敵意の感情が浮かんでいるのは、遠目でも感じ取ることができる。
対する兵士の方はというと、単眼の巨人の巨体に気圧されているのか、その場から動けないでいた。
射程距離に入った単眼の巨人が鈍器を振りかぶった。
くっ、間に合うか。
次の瞬間、マクギリアスは地面を飛ぶように駆けたかと思うと、一気に加速する。
兵士の頭目掛けて勢いよく鈍器が振り下ろされた。
凄まじい音とともに地面が陥没する。
しかし、そこに潰れた兵士の姿はない。
単眼の巨人が首を傾げて辺りを見渡し、ある一点で止まった。
兵士を抱えたマクギリアスがいたのだ。
「動けるか?」
「……え?」
マクギリアスに助けられた兵士は現状を把握できていないようだった。
「しっかりしろ!」
マクギリアスが声を張り上げる。
その言葉で兵士はマクギリアスの顔を見た。
「奴の相手は私がする。お前は街の住民を避難させるんだ」
外にいる兵士たちが、いつまで持ちこたえることができるか分からないのだ。
他の魔物が街の中に入り込んでくる前に、街の住民を少しでも安全な場所に避難させる必要があった。
「いいか、これはお前にしかできないことなんだ」
「俺にしか、できない……?」
「そうだ」
マクギリアスは単眼の巨人の動きに注意しつつ、兵士の言葉に大きく頷く。
「どれだけ街の被害を抑えることができるかは、お前にかかっている。さあ、分かったならここは私に任せて行くんだっ」
「!? ……はい!」
兵士が街の奥へと駆け出した。
単眼の巨人が兵士を追いかけようと、鈍器を構えて一歩前に出た。
「おっと、お前の相手はこの私だ」
単眼の巨人はマクギリアスを凝視する。
「ここから先へは行かせん!」
腰に手を回したマクギリアスは剣の柄を握り、鞘から剣を抜く。
マクギリアスの持つ剣は細く、美しく、そして長い剣だった。
刀身は鋭利な輝きを宿している。
100センチを超える剣は、十字架に似た形状をしていた。
単眼の巨人に剣を向けて構えるマクギリアスの姿は、堂々たるものだった。
単眼の巨人は、一つ目を大きく見開き、そして咆哮した。
マクギリアスを敵と認識したのだ。
己の腕力に自信がある単眼の巨人は、マクギリアスに突撃する。
マクギリスとの距離が迫り、単眼の巨人が鈍器を振り上げる。
マクギリアスの持つ剣が長いといっても、体躯の差を縮めることはできない。
単眼の巨人の方が攻撃範囲も広くなる。
先に単眼の巨人が攻撃するかと思われたとき、マクギリアスが前傾姿勢をとって踏み込んだ。
その動きは愚鈍な単眼の巨人と比べるべくもない。
まさに疾風である。
マクギリスは素早く敵の背後に回り込み、すっと飛翔したかと思うと、手にした剣を急所であろう単眼の巨人の心臓へと突き入れる。
その動きに、無駄な動作は何一つとしてない。
あまりにも見事な一撃をくらった単眼の巨人は、地面に倒れこんだ。
街の外にいる魔物へとマクギリアスは目標を変える。
兵士たちはまだ頑張ってくれているようだ。
今ならまだ何とかなる。
外に向かうべくマクギリアスが一歩進み出る。
直後、背後から気配を感じたマクギリアスは前方に飛び込んだ。
凄まじい風圧が発生し、先ほどまでマクギリアスがいた場所は、クレーターのように抉り取られている。
マクギリアスが立ち上がって振り返る。
そこには、単眼の巨人が立っていた。
マクギリアスが驚く。
心臓を一突きしたはずだ。
それなのに単眼の巨人は生きているだけでなく、こうして反撃してきている。
「なんだとっ!?」
突き刺した傷が癒えていた。
単眼の巨人に再生能力があるなど聞いたことがない。
いや、そもそも聖地周辺に単眼の巨人は生息していなかったはずだ。
いったいどこから現れたというのか。
だが、今のマクギリアスに考える余裕はない。
単眼の巨人が獰猛な笑みを浮かべているからだ。
マクギリアスが剣を構え臨戦態勢をとる。
「グォオオ!」
単眼の巨人が雄叫びのような濁声を上げ、手に持つ鈍器を構える。
すると、鈍器がバチバチと輝きを放ち始めた。
その輝きは稲妻のように迸っている。
まだ、射程距離外にもかかわらず、単眼の巨人が鈍器を地面に向かって振り下ろす。
先ほどとは比較にならないほどの轟音が鳴り響く。
凄まじい衝撃が大気を揺らした。
衝撃がマクギリスを弾き、彼は吹き飛んだ。
かろうじて防いだマクギリアスだったが、その顔には隠し切れない驚愕がある。
目の前にはクレーターができていた。
鈍器を地面に叩きつけた衝撃で、周囲の建物の一部が損壊している。
「……化け物めっ!」
単眼の巨人の瞳が怪しく光った。
早く倒さなければ。
しかし、マクギリアスは動けなかった。
同じように心臓を貫いたところで、また復活するのではないかという疑念を抱いているのだ。
それにあの鈍器も厄介だ。
攻撃の範囲外でも衝撃で吹き飛ばされてしまう。
かといって放っておけば街の被害は広がる一方だ。
そうなったら――。
マクギリアスの脳裏にエリーの顔が浮かんだ。
私が何とかしなくては。
マクギリアスは己を奮い立たせ、敵を見据える。
次の瞬間。
「ぁ……?」
マクギリアスは何とも間の抜けた声をあげてしまう。
何故なら――。
「またお会いしましたわね、王子様」
あの日、砦で自分の命を救ってくれた少女が目の前に立っていた。




