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妹に相応しい人物か値踏みする兄

 一ノ瀬善人(よしと)が王宮からの呼び出しを受けたのは、パーティと討伐した魔物の魔石や素材を換金しようとギルドに立ち寄った時のことだった。


 王宮からやってきた使者の話によると、第一王子であるマクギリアスが、妹のロザリアを救ってくれた礼を直接伝えたいという。


 善人としては既にロザリア本人だけでなく、国王からも感謝の言葉をもらっている。


 「いったいどうして?」と思ったが、すぐに「妹想いの優しい方なのだろう」と思い直した。


 ただ、最初は断ろうと考えていた。


 城に呼び出されたのは善人だけだったからだ。


 ロザリアを救出したのは善人とパーティで行ったのに、自分だけ行くのは気が引ける。


 しかし、その場にいた仲間から「自分たちのことはいいから行ってこい」と後押しされたため、善人は呼び出しに応じることにした。


 ここ最近は魔物の討伐ばかりしていた。


 魔王を倒すためにはレベルを上げることが必要だが、少し根を詰めすぎていた感は否めない。

 

 それに皆も口に出してはいないが、疲れも溜まってきているはずだ。


 休息を取りたかったんだな、と善人は考えた。


 善人が首を縦に振ったことで使者は安堵した。

 

 ロザリアが善人を好いていることは、国王から聞かされている。


 そのことは使者だけではなく、王宮にいる者であれば誰もが知っていることだった。

 もし善人に断られでもしたら、ロザリアが悲しむのは目に見えている。


 火傷から立ち直り、善人に恋をすることで今まで見たこともないほど明るくなったロザリアの表情を曇らせるわけにはいかない。


 王宮にいる者はすべてロザリアの味方だった。


 それは善人のパーティも同じだ。


 彼らもロザリアの気持ちを知っていた。


 なぜなら、ロザリアを妻に迎える気はないかと国王から告げられたその場に彼らも同席していたからだ。

 

 それからはなるべく善人だけで城に報告に行かせるようにしているのだが、ここ最近は城に報告に行く暇がないほど魔物を討伐していた。


 そして、久しぶりにギルドに寄ったら王宮の使者が待っていたというわけだ。


 疲れているのは確かだが、それよりも2人の仲を応援したいという気持ちの方が強かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 善人が王宮に着くと、侍従長が自ら出迎えてくれた。


 侍従長に案内されたのは謁見の間ではなく、リビングのようなプライベートを感じさせる部屋だった。


 とはいえ、善人が今まで見てきた中でもずば抜けて広い部屋だ。


 部屋に国王の姿はなく、ロザリアと1人の青年が革張りの豪華な椅子に座っていた。

 青年はロザリアと同じ金髪に金の瞳を持つ、貴公子然とした爽やかな風貌だ。


 恐らく、彼がマクギリアス王子で間違いないだろう。


 ロザリアは椅子から立ち上がり、微笑んだ。


「ヨシト様、お元気そうで何よりですわ」


「ロザリア様、お久しぶりです」


「最近はあまり来てくださらなかったものですから、とても心配しておりました」


 ロザリアは拗ねた表情をして善人を見る。


「それは……大変ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


 反射的に謝ったのは善人の性格か、それとも日本人特有のものだろうか、あるいは両方かもしれない。


「ふふ、冗談です。ヨシト様が魔王を討伐するために日々頑張ってくださっていることは存じております」


 ロザリアは頷くと、隣に目を向ける。


「ヨシト様、私の隣に座っているのが兄のマクギリアス・ミドガルド・フロイゼンですわ。お兄さま、こちらが異世界よりお越しになった勇者ヨシト様です」


「マクギリアス王子、初めまして。女神アシュタルテの召喚によりやってまいりました、一ノ瀬善人と申します」


 善人はマクギリアスの前で折り目正しく一礼した。


「初めまして。フロイゼン王国第一王子、マクギリアス・ミドガルド・フロイゼンです。……挨拶は問題なし、か」


「……は?」


「いえ、お気になさらずに。急な呼び立てに応じていただき申し訳ない。勇者ヨシト殿にお会いできて光栄です」


 そう言ってマクギリアスは善人に手を差し出す。

 善人は差し出された手を握り、「いえ、こちらこそ」と丁寧な会釈をマクギリアスに向けた。


 軽い挨拶を交わした後、座るよう勧められたので善人は席に着く。

 2人が座っているものと同様に立派な革張りの椅子だ。


「この度はロザリアの危機を救っていただいたこと、心より感謝しています。ヨシト殿がいなければ今頃どうなっていたか」


「その件については、国王陛下から十分すぎる謝礼を頂戴しました。それに、アルベルト邸では抵抗されませんでしたし。近衛騎士が先に到着していればきっと制圧できたはずです」


 これは本当のことだ。


 善人たちがアルベルトの屋敷に到着した際、アルベルトを含めた敵勢力からの抵抗は一切なかった。


 自分たちが先に着いたからロザリアを救出できただけだと考えている。

 

 だが、マクギリアスは言葉通りには受け取らなかった。


 ――なんと謙虚な人物なのだ。


 理由はどうあれ、一国の姫を救い出したのだ。

 その功績は称賛されて然るべきである。


 にもかかわらず、調子に乗ることもなく、欲も見せず、己を律している。


 妹と変わらぬ年齢の少年が、だ。


 なるほど、これは父上や妹が惚れこむわけだと、マクギリアスは納得した。


「抵抗されなかったとはいえ、それでも先に到着したのはヨシト殿ですから、貴方は妹を救い出した名誉ある英雄ということになりましょう」


「そんな、英雄など今の僕には相応しくありません」


「なぜですか?」


「僕はまだ何も成し遂げていませんから」


 女神アシュタルテには、勇者となって魔王を討伐してほしいとお願いされたのだ。

 魔王を討伐してもいない自分が英雄と呼ばれるには値しないと、善人は考えていた。


「……これはまた、何とも面白い方だ」


 あまりの欲のなさに、マクギリアスは思わず苦笑する。


 勇者シュンに襲われかけたこともあり、マクギリアスは勇者というものを警戒していた。


 ロザリアは大事な妹だ。


 もしヨシトに騙されているのであれば、マクギリアスが悪者になろうとも引き離すつもりでいた。


 しかし、実際にヨシトに会ってその気持ちは吹き飛んでしまった。


 話してみると、何とも気持ちの良い少年だ。


 無欲過ぎるような気がしないでもないが、そこはロザリアに任せれば大丈夫だろう。


「ロザリア、良い相手を見つけたな」


「ええ、そうでしょう」


 ロザリアは得意満面な笑みを浮かべた。

 マクギリアスは軽く咳をし、一度姿勢を正した。


「ヨシト殿、私はしばらく王都にいるつもりです。魔物の討伐について話を伺いたいので、折を見てまた来ていただけないだろうか?」


 わずかに考える素振りを見せた善人だったが、すぐに頭を縦に振った。


「分かりました。僕の話でよければ、ですが」


「ありがたい。侍従長には伝えておきますので、いつでもお越しください」


 城に来る機会が増えれば、それだけロザリアと顔を合わせる回数も増えるはずだ。


 ふと隣を見ると、可愛い妹がはにかむように笑っていた。

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