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トリートメントは毎日がおすすめ

「で、出たあああぁ!?」


 アシュタルテが勢いよくのけ反った。


「不躾な訪問で申し訳ございません。ですが、そんなに驚かれなくてもよろしいのではないと思うのですけれど」


 エリカがほんの僅かに頬を膨らませて抗議する。

 

 その姿に、アシュタルテは女神でありながら一瞬見惚れてしまう。

 しかし、すぐにブンブンと頭を激しく左右に振って正気に戻る。


 エリカはまだ少女と言ってよい若さだが、彼女の美しさは女神に引けを取らない。

 さらには、血筋と育ちにより醸成されたであろう気品と風格すら漂わせていた。


 女神を前にして、まったくの平常さを保っているというだけで充分以上に普通ではない。


 まるで女神など意に介していないかのような。


 そんな奇妙な感覚を覚えつつ、アシュタルテは口を開いた。


「最初にこちらに来られた時も、その次にいらっしゃった時も急に現れたような気がしますよエリカさん」


「あら、そうでしたかしら」


「そして今回もまた急に現れて……せめて、後ろからではなければこれほど驚くこともありませんでした。と、まあそれはいいです。さて、今日はどういったご用件です?」


 最初はヨシトを追ってやってきた。

 二度目は他の勇者や邪神について。


 きっと今回も何か聞きたいことがあってやって来たに違いない。


 アシュタルテはそう考えていた。


 エリカはニッコリと微笑んで頷くが、アシュタルテの向こう側に映る2人に視線を向ける。


「その前に。そちらの方々にご挨拶しても宜しいでしょうか?」


「構いませんよ」


 アシュタルテは短く告げた。


 自分以外に女神がいることは既に知られている。

 どのみちエリカを呼び出して、亜人の監視をお願いしようと思っていたのだ。


 手間が省けたと思えばいい。


「エリカさん、こちらの紅い髪をしているのがイシュベル。コウタロウを召喚した女神です」


「エリカと申します」


『イシュベルや』


 丁寧に一礼するエリカに対し、イシュベルは軽く手を挙げて応える。

 

 その表情は普段と変わらず飄々としていたが、心中は穏やかではなかった。


 ――なんやねん、コイツは。

 底が見えんやと……。


 女神とは高位の存在である。


 一目見れば、相手がどれくらいの強さなのか、おおよその見当はつく。


 エリカが強いことは直ぐに分かった。

 だが、どれほどの強さなのか、イシュベルには分からなかった。


 なるほどな。

 アシュタルテが言うとったんは、まんざら嘘やないみたいやな。


 イシュベルが神妙な顔で小さく頷いた。


「そして白金の髪をしているのがフローヴァ。シュンを召喚した女神です」


「まあ、貴女が」


 エリカが上品な驚きを示してフローヴァを見た。


「エリカと申します。貴女にはお会いしたかったのでちょうどよかったですわ」


『フローヴァよ。私に会いたかったということだけど、それはどうして?』


 エリカとはこれが初対面のはずだ。

 それなのに、エリカは自分に会いたがっていたと言う。


 フローヴァはその理由が気になった。


「あら、分かっているのではなくて?」


 エリカは目を細めてフローヴァを見た。

 何もかも見抜いているかのような鋭い瞳だ。


 その瞬間、フローヴァは硬直した。


 いや、フローヴァだけではない。


 アシュタルテとイシュベルも同様に硬直していた。


 時間にすると、ほんの一瞬の出来事。


 硬直が解けたとき、アシュタルテの隣にいたはずのエリカの姿がなかった。


「この部分、少しですけど髪が傷んでいますね」


 フローヴァは息を呑んだ。

 エリカがフローヴァの背後に立ち、自分の髪に触れていた。


 優しく触れているが、背後から感じる気配はあまりにも重く、濃密で今にも圧し潰されてしまうのではないかと錯覚する。

 

「お手入れは毎日されていらっしゃいますか? せっかく綺麗な髪をされているんですもの。お気を付けくださいませ」


「……ご忠告ありがとう」


 いきなり背後に現れたエリカに対して、そう返せたのはさすが女神といったところだろうか。


「ああ、それと」


 エリカが言葉を切り、顔をフローヴァの耳元に近づける。


「定森駿(しゅん)の件は、これでなかったことにして差し上げます」


 フローヴァは瞬時に理解した。

 エリカが何かしたのだと。


「……つまり次はない、ということかしら」


「そのようなことは申しません。私はただの人間ですよ。女神様に何かできるとお思いですか?」


 ただの人間なら転移魔法など使えるはずがない。


 口から出かかった言葉を呑み込む。


「お三方とはなるべく友好な関係でありたいと思っています。それが叶うのでしたらある程度の協力は惜しみません。如何です?」


「いいわ」


 フローヴァは短く即答した。


「私としても貴女を敵に回したくはないわ。他の2人も同じ意見のはずよ。それに、私たちからも貴女にお願いしたいことがあったの」


 ただでさえ邪神の封印で大変なのだ。

 こんな得体のしれぬ力を秘めた人間と敵対する道を選ぶほど、フローヴァは愚かではない。


「話が早くて助かります。では、今度は皆さんのお話を伺いましょうか」


 先ほどまでの重い空気は、いつの間にか消えていた。

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