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この世のどこかには同じ顔をした者が3人いるらしい

 ユーグの元を離れた黒ずくめの男は、もと来た廊下を歩いていた。

 そのうちの1人が吐き出すように口を開く。


「……凄まじい魔力だったな。死んだかと思ったぜ」


「お前もか? 俺もだ」


「確かに。だが同時に頼もしくもある。ユーグ様の御力があれば勇者や魔王も倒せるんじゃないか?」


 その言葉にみな頷く。


 男たちは勇者や魔王がどの程度の力を持っているか知らない。

 人間が築いた、忌まわしい砦に阻まれているせいで砦より西に進むことができないからだ。


 どちらも強いとは聞いている。


 だが、ユーグの力を知っている男たちからすれば、ユーグよりも強いとは思えなかった。


 実際のところ、ユーグは自身の力に自信は持っていても過信はしていない。

 1人で全て何でもできるとは思っていないからこそ、人間の内通者を作ったり、大掛かりな呪いを仕掛けたりしている。


 しかし、そんなことは末端の者には知る由もない。


「とりあえず術者の様子を見に行こうぜ」


「そうだな」


 ユーグからは妨害した者の手がかりを探れと言われた。

 その場の勢いで返事をしたものの、末端の戦闘要員である自分たちに調べることなどたかが知れている。

 

 術者の解呪にあたっている者なら、あるいは痕跡を辿ることができるかもしれないが。


 そういった期待も込めて、黒ずくめの男は術者のいる場所へ向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、変じゃないか」


 その異変に最初に気づいたのは、先頭を歩いている男だった。


「変? いったい何がだ」


「何も聞こえないんだよ」


 術者がいる場所までは目と鼻の先だ。

 治癒部隊が術者の解呪にあたっているのだから、彼らの声が聞こえてきてもおかしくないはず。


 だというのに、聞こえるのは自分たちが歩く足音のみで、他は何も聞こえない。


「もしかして疲れて休憩でもしているんじゃないか?」


「全員で一斉にか?」


 治癒部隊は術者1人につき2人がかりで解呪にあたっていた。

 つまり40人だ。

 40人が同時に休憩などすることがあるのだろうか。


「仮にそうだとしても話し声くらいは聞こえてくるだろう。まったく無音っていうのは異常すぎる」


 話をしているうちに目的地である扉の前に着く。

 耳をすまして意識を集中させるが、やはり中からは何も音がしない。


 黒ずくめの男は、顔を見合わせるとお互い頷き合った。


 腰に携えた剣をゆっくりと抜くと、先頭の男が扉に手をかける。


 ギィ、と。

 

 静寂の中で、扉が音を立てて開く。


「……あ?」


 そして、ポカンと立ち尽くした。

 

 彼らの目の前には、術者と治癒部隊が折り重なるようにして倒れていた。


 だが、驚いたのはそれだけが原因ではない。


 1人だけ立っている者がいたからだ。


 しかも、その顔はよく見慣れた、いや、見間違えるはずのない顔だった。


「ユ、ユーグ様!?」


 先ほど部屋まで送ったはずのユーグが目の前に立っている。

 彼はにこやかに笑みを浮かべていた。


「いったいどうされたのですか?」


 そう言って、警戒を緩めた黒ずくめの男の1人がユーグに近づこうとした。


「おい、待てッ!」


 男は叫び、止めようと後ろから手を伸ばそうとした次の瞬間。


 近づこうとした男が、突然消えた。


「は?」


 何が起こったか分からず、残った男たちは周囲を見渡す。


 そして、ある一点で視線が止まる。


 ユーグの足下に近づこうとしていた男が倒れていたのだ。

 動きを捉えることはできなかったが、ユーグがしたであろうことは一目瞭然だった。

 

「ユーグ様! いったいどういうおつもりですかっ!」


 黒ずくめの男の1人が声を張り上げた。


 しかし、ユーグからは何の反応もなく、先ほどと同じ笑みを浮かべている。


「お前ら、構えろ。こいつは……ユーグ様じゃない!」


「本当かよ」


「ユーグ様にしか見えんぞ」


 他の男たちが口々に疑問を投げかける。

 ユーグを知る者がこの場にいれば、全員がユーグと言うだろう。


「いくらユーグ様とて、俺たちよりも早くこの場に来られるはずがない。それに、ユーグ様がこの状況を作ったというのか!」


「あ……」


 男の言葉で、目つきが変わる。


 呪いの指揮を執っていたユーグが、それを台無しにするような愚を犯すはずがない。


 ユーグの笑みが、わずかに深まった気がした。


 それを肯定と捉えたのか、男たちはユーグの周りを取り囲むように位置を取る。


 術者は元々意識はなかったし、治癒部隊は戦闘が苦手な者ばかりだ。

 ユーグの姿に気を取られてたいした抵抗も出来ぬまま、やられてしまったのだろうと判断した。


 末端とはいえ亜人の戦闘員である彼らは、戦いのスペシャリストだ。


 相手は1人に対してこちらは4人。


 敵と認識した今、先ほど倒された男のような油断をしなければ負けるとは思っていなかった。


 だが、男たちに余裕があるわけでもない。


 油断していたとはいえ、ユーグの姿をした偽者の動きを捉えることができなかったのだ。


 先に動かれるとマズい。


 そう考えた黒ずくめの男は、先手を打つべく踏み込んだ。


 と同時に、周りも一斉に攻撃を開始する。


 四方向からの同時攻撃だ。

 避けられるはずがない。


 この攻撃でユーグの偽者を無力化し、ユーグに報告する。


 そのはずだった。


 ドサッ。


 ユーグの姿は消え、1人が膝から地面に崩れ落ちる。


「どこだっ!」


 振り返ろうとすると、またドサッという音がした。

 男が後方に吹き飛ばされていた。


 立っているのは自分を含めて2人になっていた。


 必死にユーグの姿を探すが、部屋のどこにも見当たらない。

 いや、見えないのではない。


 微かにシュン、シュン、シュン、という音だけが聞こえている。


 つまり、こちらの視認できないほどの速度で動いているのだ。


 勝てるはずがない。


 ドサッ。


 更に1人が吹き飛ばされた。


 残っているのは自分のみ。


 姿は見えないが、風を切る音が聞こえてくる。


 男は恐怖した。


 相手が何者かなど、もはやどうでもいい。

 誰でもいいからこのことを知らせなくては。


 部屋を出ようと扉へ向かおうとした。


 そう、確かに彼は向かおうとしたのだ。


 だが、男は無駄なことだと悟った。


「残念ね、逃げられるとでも思って?」


 それが、男が最後に聞いた言葉だった。

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