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張り巡らされる陰謀

 長身の男が長い廊下を歩く。


 顔は、この世のものとは思えないほど端麗であり、波打つ金髪は肩まで伸びていた。

 尖った耳が特徴的だ。


 漆黒のゆったりとした長衣で体を包み、背中には銀糸で十字の装飾が施されている。


 男の後ろには、数人の黒ずくめの男が付き従っており、足音だけが鳴り響いていた。


「――術者の状態はどうだ?」


 足を止めることなく、男が言った。


「はっ! 外傷こそないものの、中断した影響で術の一部が返ってきたようです。現在は治療部隊が解呪にあたっておりますが、完治までには数日は掛かるそうです」


「そうか。ということは、再び呪いをかけるのも数日後ということだな?」


「そ、そういうことになるかと……」


「どこの誰だか知らんがふざけた真似をしてくれる」


 男の魔力が高まり、空気が震えた。

 廊下の壁の一部に亀裂が走る。


 その殺気に、黒ずくめの男たちは身震いした。

 

 魔王の弟に呪いをかけ、悲しみによって理性を失った魔王が暴走し、邪神を復活させる。


 選りすぐりの術者20人による、大事な任務だった。


 途中まではうまくいっていた。

 あのまま続けていれば、魔王の弟は呪いによって命を落としていたはずなのだ。

 それが突然、術者が一斉に倒れてしまい、呪いは不完全な形で終わってしまった。


 あのように全員がきれいに倒れるなどありえない。

 男は何者かによる妨害だろうと判断したが、その何者かがどこの誰か見当がつかなかった。


 人間の仕業かとも思ったが、あの国に魔力に長けた者がいるなど聞いたことがない。


 人間の国――そういえば。


 数日前、砦を監視していた者から人間の内通者が捕まったと報告を受けている。


「その後、内通者から何か連絡は入ったか?」


「いえ……」


「使えん奴め、所詮は人間か」


 そもそも内通者が捕まっていなければ、今頃は大規模な侵攻を開始していたはずだ。

 そうすれば術者を使った呪いなどかけなくてもよかった。


 大幅に計画が狂ってしまっている。

 だが、ここで焦っても仕方がない。


 男は苛立ちを抑えるべく、大きく深呼吸する。

 計画通りにうまくいくことの方が珍しいということを理解していた。


 鮮やかな模様が走った扉の前で立ち止まると、男は振り返る。

 切れ長の深緑の双眸で黒ずくめの男を見た。


「術者の意識が回復したらすぐに連絡しろ。それと妨害した者の手がかりについて何でもいいから調べるんだ、いいな」


「はっ! 承知いたしました、ユーグ様!」


 黒ずくめの男はそう言って一礼すると、(きびす)を返してその場を後にした。


 残された男――ユーグは扉を開けて中へ入る。


 そのまま真っすぐ歩き、目の前の豪華なソファに腰を下ろすとユーグは考えを巡らせ始めた。


 術者の回復を待っている間に何かできることはないか。


 呪いは確かに効果的だが、また邪魔が入らないとも限らない。

 ならば、多少時間はかかっても人間の内通者を新たに作るというのも一つの手だ。


 人間は愚かで欲深い生き物だ。


 最初の内通者――アルベルトだったか。

 奴の願いは永遠の命だった。


 ユーグは立ち上がり、棚にある小瓶を手に取る。

 中には透明な水がキラキラと光を帯びて揺らめいていた。


 亜人の国には、『生命の水』と呼ばれるアイテムが存在する。

 一口飲めば寿命が延びるという、人間からすれば奇跡ともいうべきアイテムであり、ユーグが手にしている小瓶の中身がまさにそれだ。


 どこで知ったかは知らないが、アルベルトは裏切りの見返りに『生命の水』を要求してきた。


 アルベルトがその要求をしてきたとき、ユーグは理解に苦しんだ。


 種族差はあるものの、人間の数倍から十数倍の寿命を持つ亜人にとって『生命の水』はさほど重要なものではないからだ。


 しかし、だからこそこれは使えると判断した。

 アイテム一つで寝返るのであれば、容易いものだと。


 だからこそ、ユーグはレベルを引き上げるアイテムもアルベルトに与えたのだ。

 

 にもかかわらず奴は失敗した。

 アルベルトが失敗したこと自体は別にどうでもいい。


 ユーグにとっては痛くも痒くもないことだ。


 問題なのは、レベルを引き上げたアルベルトを倒した者が人間の国に存在するということだ。

 

「1人、とは限らないか」


 ただ、 先ほど呪いを妨害されたばかりだ。

 楽観はできない。


「まあいい。人間どもと違って私たちには時間がある」


 『生命の水』を使えばまた内通者は増やせるはずだ。

 そいつを使って探らせるのもいいだろう。


 ユーグは再びソファに腰を下ろすと、小瓶を揺らしながら不気味な声で笑い続けた。

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