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カイルの異変

「先ほどまでは何事もなく元気にしていたのだ。アークデーモンの背中から滑り降りているときは楽しそうに笑っていたのに……突然地面に倒れこんでしまった。身体に触れてみたがすごい高熱でな。エリカにもらった白ポーションを飲ませてみたが和らぐどころかひどくなるばかりでな」


 アークデーモンの背中から滑り降りるというのが気になったけれど、今はそれどころではない。


「白ポーションを飲ませたのに症状は変わらなかったのですね?」


「ああ、そうだ」


 ――おかしい。


 私の白ポーションは怪我や病気に効果がある。

 傷であれば患部に振りかけ、病気であれば飲むことで、もう助からないというような傷や病気でさえ治る代物だ。


 その白ポーションを使って治らないということは……。


「レボル様、カイルくんはどこに?」


「カイルのベッドに寝かせている」


「容態を見てみましょう。気になることもありますし」


 そう言って私とレボルはカイルの部屋に向かった。

 

「うぅ……くっ……はぁ……はぁ……」


 ベッドに横たわっているカイルは、額から汗を流しながら苦しげな声を上げてうなされている。


「ずっとこの調子なのだ。回復魔法もかけてはみたが効果はない」


 レボルの声は驚く程弱々しかった。

 

 回復魔法も白ポーションも効果がない。

 ということは、今カイルに起きている状況は少なくとも病気や怪我といった類のものではないということだ。


 だとするならば考えられることは2つ。


 私はカイルの身体にそっと手をおく。


 ――何も反応しない。


 これで原因は1つに絞られたことになる。


「エリカ。カイルは治るのか?」


「治りますよ」


「本当かっ!?」


 俯いていたレボルがぱっと顔を上げた。


「嘘は申しません。ただし、病とは別のものですので、少々お時間をいただくことになりますけど」


「……どういうことだ?」


「カイルくんの症状、高い熱が出ていますから病と思ってしまうかもしれません。ですが、普通の病であれば私の白ポーションを飲めば治ります。にもかかわらず、カイルくんの症状は改善されていない。ならば考えられることは2つしかありません」


「2つ、だと?」


「ええ、それもたった今1つに絞られたわけですけれど」


「たった今……?」


 レボルは私の言っていることが理解できていないようで、首をかしげている。

 私がどうやってカイルを眠りから目覚めさせたのか忘れたのかしら?


「たった今です。だってほら、こうして私がカイルくんに触れても苦しんだままということは、魔法による可能性もないということですわ。私は魔法を打ち消すことができますから」


「……ならば、カイルはいったいどうなっているというのだ? 病でもなければ魔法によるものでもないのだぞ」


「カイルくんの症状は――呪いによるものです」


「呪い……カイルが呪いをかけられているというのか?」


「間違いございません。カイルくんに触れた際に、何者かの思念、いえ怨念とでも申しましょうか。ともかくそれを感じました。今から念の出処を突き止めようと思います」


「そんなことができるのかっ!?」


「あら? その程度のことが私にできないとでも思っていらっしゃるのですか?」


 私はそう言って微笑むと、カイルの方へ顔を向けた。

 魔法やスキル、恩恵といったものが存在するのだ。

 当然、呪いだって存在する。


 ただし、呪いはリスクが高い。

 成功すれば対象となる者を呪い殺すことも可能だが、失敗してしまったり呪いが返されたりすれば、使用者に効果が跳ね返る諸刃の剣だ。


 よほどのことでもない限り、呪いをかけようとは思わないはずなのだけど。

 どこの誰かは知らないけど、カイルが生きていては困る者がいるということかしら?


 カイルに触れて意識を集中させる。


 カイルの身体に向けて注がれ続けている念。

 それはとても細く長い糸のようなものだったが、このまま呪いが注がれ続ければ、いずれカイルは死んでしまうだろう。


 呪いの痕跡を辿る。

 幸い、カイルがかけられている呪いは痕跡が濃く、辿るのは容易かった。

 ただし。


 ――遠いわね。


 魔界から人間の国を過ぎてもまだ、辿り着く気配はない。

 これだけ離れた場所からカイルに呪いをかけるには、相当な力の持ち主か人数が必要なはず。


 ――見つけた。


 黒いフードを被った者たちが円を作るように座り込み、呪詛を唱えている。

 呪詛は円の中心に向かって集まり、中央からはどす黒い糸が上空へ伸びていた。

 向かう先はもちろんカイルだ。


「呪いをかけている場所を突き止めました」


「なに! もう分かったのか!?」


「これから呪いの元を断ちますわ」


 どこで誰が呪いをかけているのかさえ分かれば、それを断つのはどうということはない。


 私は呪詛を唱えている者たちに命令する。

 脳に直接語りかけるように。


『今すぐ止めなさい』


 呪いは手順が重要だ。

 急に途中で止めたりすれば――当然、呪いは術者に降りかかる。


 私の言葉で呪詛を唱えるのを止めた黒いフードを被った者たちは、その場に倒れ、両手を首に当て苦しみ始めた。


 伸びていたどす黒い糸が消えたことを確認し、カイルから手を離す。


「これでひとまずは安心でしょう」


「その割にはカイルがまだ苦しそうだが……」


「それは仕方ありませんわ。私が今したのは呪いをかけている連中を止めただけ。既にカイルくんにかけられた呪いを解いたわけではないのです」


「と、いうことは?」


「次の手を打たない限り、カイルくんはこのままです」


 そう、呪い自体は止めたから向かおうとしていた分は術者へ返ったけど、既にその身に受けてしまった呪いは残ったままなのだ。


「くっ……そんな……カイル……!」


 いまだ苦しげな表情で息をするカイルの手を握るレボル。

 私はレボルの肩にそっと手を置く。


「エリカ……」


「ご安心ください。言ったでしょう? 呪いをかけている場所を突き止めた、と」


 そう、呪いを通して術者のいる場所――座標はハッキリと認識している。

 そして、術者が倒れた際にフードから覗かせていた特徴的な耳も。


「レボル様はカイルくんの傍に居てあげてください。目を覚ました時に誰もいないと寂しいでしょうから」


「エリカは……どうするのだ?」


「私は呪いをかけた張本人に話を聞くことにします」


 呪いを発動していたのは、円に座って呪詛を唱えていた術者だ。

 だけど、私の『眼』は捉えていた。


 術者の近くに立っていた男の姿を。


「助けられてばかりだな、我は。……なあ、エリカ……」


「はい、何でしょう?」


「いや、いい。……こんな時に話すことではないしな」


「そうですか? では、話したくなったら仰ってください」


 ふふ、と笑みを浮かべながら告げる。

 レボルが言いたいことは何となくだが分かっている。

 初めて会った時と、ここ最近とでは、私に向ける感情が全く違う。


 だけど、今はまずカイルだ。


 私は振り返ることなく、後ろに控えるセバスに告げた。


「亜人の国に行くわ」

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