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覚えているのは自分だけ

 マクギリアスは、先ほどまで少女が立っていた場所をジッと見つめていた。


 幻でも見ていたのか……?


 そんな気持ちが頭をよぎる。


 急に姿を現したかと思えば、また一瞬で姿を消したのだ。


 城の書庫にある古い文献の中で、遠くの場所まで一瞬で移動することができる魔法が存在するという一文があった。


 だが、その魔法を行使するには莫大な魔力を必要とするとも書かれていたし、使える術者に会ったことはなかった。


 だから、マクギリアスもおとぎ話程度の認識でしかなかったのだ。


 今もそうだ。


 マクギリアスの傍で横たわる証拠がなければ、疲れていたのだと思っていただろう。


 だが、倒れている駿(しゅん)とアルベルト、そして外で拘束されている騎士を見れば、先ほどのことが現実であったのだと信じるほかない。


 だとするなら、呆けている場合ではない。


 我に返ってからのマクギリアスの行動は早かった。


 窓を開けると声を張り上げた。


「聞け、砦を守護する騎士たちよ! 勇者シュンとアルベルト伯爵が王家に対して反逆した! 倒れている騎士たちも同罪である!」


 拘束された者を前に唖然としていた騎士たちだったが、そこは国境沿いで亜人たちの侵攻を防いできた猛者である。


 マクギリアスの言葉に即座に反応し、倒れている騎士の手に鉄枷をはめていく。


 ほどなくして、駿とアルベルトも同じように鉄枷をはめる。


 マクギリアスのいる砦は大きなものではあるが、100人を収容できる牢はない。


 ならば、砦の騎士たちに命じて王宮に送り届けるか……いや、それはダメだ。


 枷をしているとはいえ、駿とアルベルトは油断ならない相手だ。


 加えて100人を送るとなると、それに見合った人員を割く必要がある。


 亜人の動向にも目を配る必要がある以上、砦の戦力を減らすわけにはいかなかった。


 そこでマクギリアスは駿とアルベルトのみ牢に入れ、他の者は砦の内側にある広場に集めて監視することにした。


 そのうえで王宮に早馬を出したのだ。


 駿とアルベルト、そして100人の騎士を拘束しているので応援を送ってほしいという文を持たせて。


 現れた少女のことは書かなかった、というより書けなかったという方が正しい。


 これは少女のお願いを守ったというよりも、書いたところで信じてもらえないだろうと判断したからだ。


 何故なら、目を覚ました駿とアルベルトは少女のことをいっさい覚えていなかったのだ。


「不意をついて攻撃したが、マクギリアス王子に返り討ちにあった」


 それが真実だと言わんばかりに、2人そろってこの言葉を口にした。


 正直言って訳が分からない。


 2人を倒したのは紛れもなく少女だ。


 だが、その2人は少女のことを覚えておらず、自分に倒されたのだと証言している。


 マクギリアス以外に少女を見た者はいなくなってしまった。


 これではマクギリアスが何を言ったところで誰も信じはしないだろう。


 少女が2人に何かをしたではないかとマクギリアスは気付いた。


 だが、そんな素振りがあっただろうか……?


 少女の行動を思い出してみるが、あまりこれといった何かが浮かばない。


 駿とアルベルトを倒した後、数多くの魔法陣を出現させて外にいた騎士たちを拘束したくらいだ。


 もしかしたらその時に2人にも魔法をかけたのかもしれないが、マクギリアスに知る術はない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 早馬を出して2日後には、近衛騎士団100人が砦にやってきた。


「……貴方がやってくるとは思いませんでした」


 砦門で出迎えたマクギリアスは、先頭に立つ、白地の騎士団服に金の刺繍の入ったローブを纏った騎士に話しかける。


「罪人の実力を考えたうえで、再び逃げ出されるようなことがあってはならないという王のご判断です」


「なるほど、確かに貴方以外に適任者はいないでしょう。私も安心して任せることができます、サージェス団長」


 ――フロイゼン王国近衛騎士団団長、サージェス・オーグ。


 精悍な顔立ちと鍛え上げられた筋肉と長身。

 

 その存在ひとつで、近衛騎士団をまとめ上げる傑物だ。


 特徴的なのは左目を覆う黒の眼帯。


 しかしながら、その特徴は彼の魅力をまったく損ねていなかった。


 彼が来たのであれば安心だ、マクギリアスはホッとした。


 しかし、一つの懸念が頭をよぎったマクギリアスはサージェスを見る。


「王宮の守りは大丈夫ですか?」


 サージェスが来たことによって、王宮の守りは手薄になる。


 近衛騎士は優秀ではあるが、サージェスの存在は大きい。


 マクギリアスは王宮にいる父――国王の身を案じていた。


「マクギリアス様がご心配なさるのは当然です。ですがご安心ください。現在、王のお傍には勇者ヨシトとそのパーティがおります」


「……疑いたくはないのですが、勇者ヨシトは信用できますか?」


 今まで勇者は正しい心を持ち、人々を導く存在だとマクギリアスは思っていた。


 自分たちが崇める女神様が召喚し、その力の一端を授けた存在なのだから。


 だが、実際はどうだ。


 駿はアルベルトとともに自分を騙し、背後から斬りつけようとしたのだ。


 同じ異世界から召喚されたという善人(よしと)も、素直に信じてよいものか迷っていた。


 不安を抱えたマクギリアスの前で、サージェスはふるふると頭を振った。


「勇者ヨシトは信じるに足る人物です。私が保証します」


 その言葉を聞いて、マクギリアスは安堵した。


 サージェスは王国と国民に忠節を誓った、清廉な心の持ち主だ。


 これまでにも何度も王国の危機を救ってくれた人物である。


 その彼が保証するとまで言い切ったのだから、国王はきっと大丈夫だ。


「では、我々は罪人どもを連れて帰ります」


 マクギリアスに向かってサージェスが拳を反対側の肩に打ち付けると、後ろに立つ騎士たちも倣う。


 フロイゼン王国騎士団特有の敬礼だ。


 サージェスたち近衛騎士団を見送ったマクギリアスは室内に戻ると、椅子に腰かけ目を瞑る。


 脳裏に浮かぶのは、あの少女の姿だ。


 交わした会話は二言三言くらい。


 だが、どうしても少女のことが頭から離れない。


 手掛かりはまったくといってよいほど何もないし、かといって情報収集のために砦を離れるわけにもいかない。


 それでも、もう一度会いたい、会って話がしたいという想いがふつふつと湧き上がっていた。


 この初めての感情がどういった類のものか、マクギリアスが気づいて密かに少女を探そうとするのはもう少し先のことである。

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