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過ぎた野心を持つと身を滅ぼす典型的な例

 振り向いたマクギリアスの目が大きく見開かれる。


 なぜなら、先ほどまで談笑していたはずの駿(しゅん)とアルベルトが剣をこちらに向けていたのだ。


 いや、驚いたのはそれだけではない。

 

 マクギリアスも砦の騎士を束ね、幾度となく戦いを繰り広げてきた戦士だ。

 駿とアルベルトがどの程度のものか、一目見ればおおよその見当はつく。


 その2人が顔を真っ赤にしている。

 恐らくは剣を引こうと力を入れているのだろうが、微動だにしない。


「王子様、危ないですから少し離れていていただけます?」


 少女は振り向くことなく、マクギリアスに告げる。


「あ、ああ、いや、だが……」


 マクギリアスの歯切れが悪いのは、少女の言葉を信じてもいいか迷っているからだ。


 状況から判断すれば、少女が自分を助けてくれたのだと分かる。


 だが、少女は音もなく現れた得体のしれない存在だ。

 助けてくれたことに間違いはないが、しかし、少女が味方だとも思えなかった。


「いきなりのことで混乱されていると思いますわ。ですが、今は私を信じてくださいませんか?」


 柔らかく、それでいて優しい、慈愛に満ちた声だった。


「……分かった」


 マクギリアスは少女を信じることにした。

 どうしてかは分からない。

 ただ、何故か信じてもいいような気がしたのだ。


「ふふ、ありがとうございます」


 マクギリアスの言葉に、少女は軽く振り返って笑顔で答えた。


 マクギリアスの瞳が、先ほどとは別の意味で大きく見開かれる。


 全身に(まと)った純白のドレス、金色に輝くストレートヘアに、圧倒的なまでの美を兼ね備えた少女。


 女神と言われても信じてしまうほどに、人を超越した美しさが彼女にはあった。


 その少女は駿とアルベルトの剣先を両手の指でつまんだまま、悠然としていた。


「またお会いしましたね、だと……?」


 アルベルトが眼光鋭く突然姿を現した少女を睨みつけた。


「ああ、そういえば覚えていらっしゃらないんでしたね。今の言葉は忘れてください」


「覚えていない……? 貴様、いったい何を言っている! いや、それよりもどこから現れた!?」


 戸惑っているアルベルトの前で、少女はただニコリと微笑んでいる。

 答える気はないようだ。


 優雅に立つ目の前の少女に、アルベルトは恐怖にも似た焦りを覚えていた。


 見覚えはない、そう、ないはずだ。

 にもかかわらず何だこれは。

 

 少女の目を見ただけで、どういうわけか足の踏ん張りが利かない。

 五体のバランスを保つことすら困難になる。


 意味が分からない。

 剣を掴まれてはいるものの、少女は攻撃を仕掛けてきているわけではない。

 何をするでもなくその場に立ち、微笑んでいるだけだ。


 ただそれだけのことなのに、肉体のコントロールを失ってしまったのだ。

 まるで、アルベルトの細胞が目の前の少女を恐怖しているかのように。


 馬鹿な、ありえん!


 アルベルトは頭を激しく揺さぶり、己を奮い立たせる。


 アルベルトとは反対に、駿は少女を見て興奮していた。

 正対する少女は、駿が今まで出会った中でもとびきりの美少女だった。


 顔だけではない。

 純白のドレスは体のラインにぴったりとフィットしており、そのせいもあってか、服の上からでもわかるくらい豊かに成熟している胸元に、勝手に目が吸い寄せられてしまう。


 ここまで完成された美を前にするのは、女神フローヴァに会って以来だ。


 なるほど、確かにこの少女は強い。

 僕とアルベルトの剣を指で防いだのだから。


 アルベルトがいつもと違う反応を見せているのも分からなくはない。


 だが、いくら強いといっても女性だ。


 女性である限り、フローヴァから与えられた魅了から逃れる術はない。


 現にこの世界にやって来てから今まで、魅了が効かなかった女性は1人もいなかった。


 魅了にかかった女性は、どんな命令も喜んで従った。

 この少女も、きっと今までの女性と同じようになるはずだ。


 口元に笑みを浮かべる。

 駿の中で欲望が渦巻いていた。


「そこの貴方、その下品な笑いを止めていただける?」


「……もしかして僕に言っているのかな」


「貴方以外にいないでしょう? それから、目つきもいやらしいから直すのをおすすめしますわ」


 駿の頬が引きずり、こめかみを微かに震わす。


「……フフ、そんなことを言えるのも今のうちだよ。すぐに大人しくなる」


「あら? どうするつもりかしら」


「もちろん、こうするのさ」


 駿は正面から目を合わせる。


「さあ、僕のモノになれ!」


 駿の両眼が怪しい光を放つ。


 少女の顔から表情が消え、脱力したように剣を掴んでいた両手がだらんと下がった。


「こ、これは!?」


 マクギリアスが驚きの声を上げる。


「マクギリアス王子、シュンは全ての女性を従える力を持っているのですよ」


 少女に魅了がかかったことで落ち着きを取り戻したアルベルトが、マクギリアスに残酷な事実を告げる。


「フフ、ハハハハ! これで君はもう僕のモノだ!」


 内に秘めた欲望を隠そうともしない駿の姿は、勇者と呼べるようなものではなかった。


「さて、手始めにマクギリアス王子をその手で始末してもらおうか。僕たちの剣を軽々と受け止めた貴女なら、簡単なことでしょう」


「シュン殿、貴方という人は……!」


 劣勢に立たされたマクギリアスが吼えるが、駿は「フッ」と鼻で笑う。


「僕の夢を叶えるためには、貴方がいては困るのですよ王子。さあ、やるんだ!」


 付け焼刃ではない、命令することに慣れた口調だ。

 確かに駿は、これまで多くの女性を従えてきたのだろう。


 愉悦に浸ったその笑顔は、己が勝利を疑わぬ表情をしていた。


「……だから、その笑いはいい加減止していただけないかしら。気分が悪くなってしまいますわ」


 しかし、その表情は、冷ややかな少女の侮蔑の言葉で、瞬時に凍り付いた。


「さすが女神フローヴァが授けた恩恵ですね。今までの女性がかかってしまったというのも理解できます。ですが、所詮は催眠魔法の一種に過ぎません」


「……バカな、どうして……」


 後ずさりながら、駿が(うめ)き声をあげる。

 その顔には先ほどまでの笑みはない。


「私に魔法の類は一切効きませんの」


「な、んだと……」


「付け加えるなら、魔法でなくとも状態異常の効果を持つスキルや武器、アイテムも私には効果がありません。貴方の持っている属性耐性と似たようなものですわ」


「……あり得ない……貴様、一体……」


「ところで、女性をモノ扱いする下種な男性って、虫唾が走るほど大嫌いなんです」


 自分は女神に選ばれた特別な存在だ。

 そう今まで思っていた。


 だが、少女の言葉で、駿はようやく気が付いた。


 目の前の少女に比べれば、自分は特別な存在ではなく、ただの人間なのだということに。


 この少女にとって自分は、いや自分たちは、単なる敵に過ぎない。

 いや、敵どころか足下に落ちている小石程度でしかない。


 最初から同じ人間と見ていなかったのだ。


 だからといって、今さら逃げ出すことはできない。

 マクギリアスにも知られてしまっているのだ。


 ここで何とかしなければ、夢どころか今までの地位も全て消えてしまう。


 魔物を倒しまくって上げたレベルを、力を出し切るのは今しかない。


 駿は少女を見据え魔力を高める。

 高まった魔力が剣に纏わり、輝きを放つ。


「やるぞ、アルベルトッ!」


「ッ! ああ!!」


 駿の言葉に即座に反応したアルベルトもまた、やはり尋常ではない実力者なのだ。


「死ねえッ!!」


「終わりだァァァアッ!!」


 駿とアルベルト。


 2人が咆哮とともに剣を薙ぐ。

 命を刈り取らんと、少女の首へ迫る。


 しかし――。


 少女の姿は消え、剣を虚空を斬る。


「なっ!?」


「バカなっ!!」


 トンッと、背後から足音が聞こえた。

 2人は振り向きざまに剣を振り下ろす。


 だが、そこに少女の姿はない。


 再び背後から足音が聞こえた。


 もう一度振り向いて襲い掛かろうと、した。


「今日は遊んであげるつもりはないの」


 果たして少女の可憐な声は2人に届いていたのか。

 

 顔面に掌打を放たれた駿とアルベルトは、仲良く同時に膝から崩れ落ちていた。

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