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可能性はゼロではない

 アルベルトと彼の私兵たちは後から駆け付けた近衛騎士たちに捕らえられた。

 ロザリアを助け出した善人(よしと)たちは城に招かれ、謁見の間で国王から何度も感謝の言葉を述べられた。

 

 当然だろう。


 火傷を負ったことで部屋に閉じこもっていた王女が、白ポーションで治り、ようやく笑顔が戻ったと思った矢先に(さら)われてしまったのだ。


 助け出すのがもう少し遅ければ亜人の国に引き渡されていたということは、捕らえたアルベルト伯爵を尋問して分かっている。


 亜人の国との関係は冷え込んでいる状況であり、もしロザリアが亜人の手に渡っていたらどのような扱いを受けていたか、解放にどれだけのことを要求されていたかは想像に難くない。

 

 ここ最近、善人たちのレベルアップが凄まじいとの報告を受けていたが、加えて今回の救出劇だ。

 国王の善人たちに対する評価は急上昇している。


 事実、国王はロザリアを助けたお礼として、善人たち1人ひとりに白金貨25枚を与えていた。


 この額は、生活水準にもよるが1人で30から40年は暮らすことができる金額であり、どれだけ国王が善人たちに感謝しているのかがよく分かる。


 袋の中身を見て興奮している者の中で、ただ1人、善人だけは「こんなに頂くのは申し訳ない」と言っていた。


「私がそれだけ感謝しているという証だ。それに、魔王討伐は重要な役目。金がいくらあっても困るということはあるまい。どうか受け取って欲しい」


「そう仰られては断れませんね。ありがとうございます」


 善人が深々と頭を下げる。


 この場には助け出されたロザリアも同席していた。


 ロザリアは終始、善人たちを――というよりも善人を熱く見つめていた。

 その視線が何を意味しているのか、隣に座る国王も気づいていた。


「ヨシトよ、一つ聞くがロザリアを見てどう思う?」


「ロザリア様を見て、ですか……?」


「お、お父様!?」


 国王の言葉に、ロザリアは動揺した。


 国王がどういう意図で善人に問うているのか、言葉の意味を正しく理解していたからだ。


 当の善人は、突然切り出された問いに、どう答えるべきか悩んでいた。

 

 玉座に座る国王は表情も柔らかく、自然体のままだ。


 しかし、隣にいる少女――ロザリアは緊張した面持ちになっている。


 これは試されているのかな。

 何を試そうとしているのかまでは分からないが、ただの気まぐれで聞いているのではない。

 善人はそう考えた。


 何と言って答えるべきだろうか。

 だがしかし、善人は嘘が苦手で、自分が思っていないことを言えない性格だ。

 

 だから善人は、嘘偽りなく己が思ったことを口にした。


「美しい女性だと思います」


「……ふぇっ!?」


 ロザリアは絶句した。

 顔が紅潮しているのは誰が見ても明らかだ。


「そうかそうか。では、ロザリアを妻に迎える気はないか?」


「はっ……?」


 善人がぽかんとした表情を見せた。


「お父様! いきなり何を言い出すのですかっ!!」


 取り乱したのはロザリアだ。

 

 善人に対して好意以上の感情があることは確かではある。

 もし、善人がずっと傍にいてくれたら、と考えなかったといえば嘘になる。


 今回のことがきっかけで、少しずつでも仲を深めていければいいなと思っていたのだし。


 けれども、これは急すぎる。


 だが、国王の考えは違った。


 ロザリアは16歳。

 火傷のことで縁談を全て断っていたこともあり、婚約者がいるはずの年齢をとうに過ぎている。


 そのせいで目ぼしい上位貴族の若い子息は、婚約者がいる者ばかりだった。


 残っているのは次男以降か、貴族といっても身分の低い者ばかり。


 第一王女であるロザリアをそんなところに嫁がせるのは、国王も嫌だった。


 いや、仮に上位貴族の中に相手がいたとしても、国王は善人に話を持ち掛けていただろう。


 ロザリアが善人のことを好いているから、ということだけではない。


 自分が信を置いていたアルベルト伯爵が、あろうことか亜人の国と通じていたのだ。


 ということはだ。

 いま傍に置いている重臣たちの中にも、裏切り者がいるかもしれない。


 一度疑念が頭を()ぎれば、振り払うのは困難だ。

 大事な娘を貴族に嫁がせる気にはなれなかった。


 だが、目の前の若者は違う。


 異世界からやってきた者ではあるが、女神の加護を受け、人並外れた力を持っている。

 

 その点は他の2人の勇者も同じことだが、決定的に違うことがあった。

 それは、国王に対して何かを要求してきたことが一度も無いということだ。


 魔王を討伐するために、勇者に協力してほしいと女神からの神託を受けているので、勇者からのお願いはなるべく叶えるようにしている。

 

 現に2人の勇者は白ポーションの件以外にも様々な要求をしており、国王は頭を悩ませつつも魔王討伐のためと割り切っていた。


 それに比べて善人はどうだ。


 最初にパーティとなるメンバーや、多少のお金は用意したが、それからこれといった要求は一切ない。


 今回のロザリアの件も、他の勇者であればもっと露骨な要求をしてきたはずなのに、善人はもらい過ぎだというくらい謙虚な人物だ。


 そう、ロザリアだけではない、国王も善人のことを気に入ったからこその提案なのだ。


 第一王女との婚姻といえば、非常に名誉なことである。


 もしも、善人が魔王討伐後に元の世界に戻ると女神に願ったとしても、ロザリアの好きにさせてやりたい。

 

 国王はそう考えていた。

 

 善人のパーティも、自分たちが行動を共にしている勇者と王女様が結婚かっ! と内心お祝いムードが漂っていたのだが。


「とてもありがたいお話ですが、申し訳ございません。お断りいたします」


「……理由を、聞いてもよいか」


 まさか断られるとは考えていなかった国王は、何とかその言葉を口にした。

 ロザリアがどんな表情をしているのか、確認するのが怖かった。


「はい。僕は魔王討伐のためにこの世界に召喚されました。そして、魔王はとても強いと聞いています。仲間の協力もあり、僕はずいぶん強くなったと思います。ですが、必ず魔王を倒せるとは限りません。命を落とすことだってあるかもしれない。もし、魔王に倒されてしまったらロザリア様を悲しませることになるでしょう」


「それならば、魔王討伐は残りの勇者に任せる、というのはどうだ? ここ最近では他の2人もヨシトほどではないが順調にレベルが上がっていると聞いているぞ」


 国王の言葉に善人は左右に頭を振る。


「魔王討伐をを2人に任せて、自分は城で過ごす。そんなことはできません。……国王様は僕の存在意義を奪われるおつもりですか」


 国王は言葉に詰まる。


 目の前の少年は、魔王討伐を己の存在意義と言い切った。

 そこまでの決意を持つ彼に、何を言おうと無駄だろう。


 ――だが。


 ロザリアのためにも、少しでも可能性は残しておきたい。

 

 国王は前を見据えながら口を開いた。


「ヨシトの気持ちはわかった。魔王討伐については何も言うまい。だが、魔王を討伐した後はどうだ? それなら問題あるまい。それとも、ロザリアでは不満か?」


「そのようなことはありませんが……ロザリア様がどう思っているかが重要では――」


「私は、ヨシト様のお傍にいたいと思っております」


 モジモジ指を絡ませながら上目遣いに善人を見つめながら、しかしハッキリと告げるロザリア。


「だ、そうだぞ」


 善人と国王の視線が混じり合う。

 

 やがて善人は、観念したように軽くため息をついた。


「……わかりました。ですが、僕が魔王を討伐して、その時にロザリア様のお気持ちが変わっていなければでお願いします」


 よし!

 言質はとった。


 国王は頷くと、隣にいるロザリアに「それでよいな」と尋ねる。


 こくりと頷くロザリアの顔は朱色に染まり、善人を見つめる瞳はやけに熱っぽかった。

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