「魔法にかけられて」レビュー
やましたちつろうの新作「魔法にかけられて」は、流麗な文体で綴られた読み易い作品でありながら、氏の持ち味である文章の格調高さも健在な快作である。
久しく筆を執っていなかったやましたにとって、「魔法にかけられて」は復帰作という位置付けになるが、そこに衰えは一切なく、従来の読者と、やましたの作品に初めて触れる読者の両方に自信を持って薦められる内容となっている。
「美醜とは視覚化されたある種の善悪の視覚化である」という言葉は、ドイツの社会学者フンヒルト・ベンガデルが「恥辱論」の中で述べたものだが、本作では「美」と「醜」を二項対立的に描くのではなく、人間がもつ多面性を精緻に描き出すことに成功している。
「醜」の表象である塵芥の真摯な言葉が、「美」の表象である麗美に醜い言葉を叫ばせ、快楽をもたらす。その快楽には罪悪感が伴うが、しかし傷心の麗美を癒す、といった構造にも注目したい。
長い沈黙の末に、ちつろうの産道を通り産み落とされた「魔法にかけられて」は、エンターテイメント作品の域を飛び越え、高いメッセージ性を持った文学作品として多くの読者に魔法をかけることだろう。