Tap2-1
「あのさ、歩きスマホはやめとけよな?」
「うん、わかってる」
言われて思い出した僕は、すぐにズボンのお尻ポケットにスマホをねじ込んだ。
やりかけのチュートリアルを早く終わらせたくて、ついつい学校からの帰り道でスマホをいじってしまった。いつも先生から歩きスマホは禁止って言われているのに、友だちから指摘されるなんて気恥ずかしい。6年生になったんだから、最上級生の自覚を持ってしっかりしなくちゃいけない。
「もういいじゃん。リセマラなんてやらなくていいっしょ」
「でも……」
僕は言葉が出てこなかった。
リセマラなんて本当はやりたくないんだけど、でも……。
「ゲームやるなら、ここに椅子ありますよ~」
いきなり大人の声がして、僕たちはびっくりしてそっちを見た。
道端に、なんと魔女が座っている。
いつも何もなかったはずのコンビニの前の道に、教室にあるのと同じくらいの机と椅子が並べてあり、黒っぽいフードを被って白い頬をした魔女が、おいでおいでをして僕たちを見ている。
「やべえぞ」
「うん……」
僕らは顔を見合わせた。
こ、こういうときは教わったとおり――
「あ、待って待って! 事案じゃないからブザーはなしで! ほら、あやしくないお姉さんですよ~」
魔女は頭に被っていたフードを脱いで、僕たちに素顔を見せた。
たしかにお姉さんだ。
でも、あやしくないは嘘だと思う。
耳から大きな星をぶら下げているし、爪も長くてキラキラしている。ママより若そうだから魔女じゃないにしても、魔女の弟子か、手下みたいなやつに違いない。
「ほら、歩きスマホしなくても、ここに椅子があるから座りスマホできますよ。おふたりとも座れます。ついでにお姉さんとちょっとお話していきませんか?」
「寄り道も禁止されてますから。な、帰ろう?」
「そ、そうだね。怒られちゃう」
なるべく見ないようにして僕らは立ち去ろうとした。
でも、お姉さんは――
「ここは道だから、寄り道にはならないんですよ?」
そんなことも知らないんですか、みたいな言い方でそう言って、
「リセットマラソンのことなら、ぜひとも、このお姉さんに相談してみませんか?」
と僕らに微笑んだ。
「何マラソンだって?」
「リセット……。あ! リセマラのことかも」
僕は言われてピンときた。リセマラってリセットマラソンを短くした言葉だったのか。
ネットでもリセマラってみんな言っているから、そういう言葉なんだと思っていたんだけど、不思議な響きだしちょっと変だなという感じはしていたのだ。
そんな僕の呟きを聞いたお姉さんは、
「そうなんです、よくわかりましたね! ユーザーデータを消して1からやり直すからリセット。最初のガチャで目当てのキャラが出るまで何度も繰り返しが続くからマラソン。この言葉が生まれたときから、つらいつらい苦行として認識され、それでもいまだ完全には廃れていない、それがリセマラなのです♪」
ささ、どうぞどうぞと言って僕らに椅子を勧める。
リセマラの由来の話に気を取られた僕らは、ついうっかりそのまま椅子に座ってしまった。
「ふふ、ようこそガチャ師の館へ」
館って、どのへんが館なのかわからないけど。
周りを見ると、下校中の中学生とか、散歩しているおじいさんとかの視線が痛い。
「私がこの館の主、虹乃ガチャ子と申します~」
深々とお辞儀をするお姉さん。
「おい絶対やべえぞこれ」
「うん……でも……」
ちょっとだけ話をしてもいいかなと僕はもう思っていた。
リセマラの話を聞いてくれる大人を、僕は待っていたのかもしれない。