Tap1-End
「あ、でも、どうしてでしょうか?」
千夜子さんは急に疑問に思ったようだった。
「ん? なぜ俺がドMなのかって?」
「それはどうぞご自由にという感じなのですけど」
さらっと流し、
「そんなドMなユージさんが、なぜ壊れキャラを引こうと躍起になられているのかなと」
本気でわからないとばかりに首を傾ける。
たしかに言われてみればそうだ。
俺は、ガチャで強いキャラを引くことにこだわりがあるわけではない。
むしろ、「このキャラは必須」みたいな風潮が広がれば広がるほど、そうじゃない、そいつがいなくてもクリアできるぞと示してやりたくなるようなタイプである。
だが俺は、2年前の初登場のときも引けなくて大いにヘコんだし、今回の復刻だって、食費をぎりぎりまで削ってどうにか引いてやろうとしている。
「うーん……」
すこし考えて、
「たぶん、俺が勇者だからだろうな」
「はい?」
さらに首を傾げ、そのまま直角になりかねない千夜子さんを見て苦笑しながら俺は続ける。
「いや悪い、説明が足りなかった。俺が言いたかったのは、ガチャに全力を尽くすのも、手持ちのキャラで難局を乗り切るのも、どちらもその世界を救う勇者としての役割ということなんだ」
「役割……」
「そうだ。さっき俺はガチャなしプレイの話をしたけれど、それは本来正しくない。その世界を救う勇者として降り立ったとすれば、戦力を集めるためのガチャを一切避けてしまうのはまるで敗退行為に等しい。そのソシャゲにどっぷり浸かるほどストーリーに入り込めたのなら、自分を勇者だと思うのなら、やっぱりガチャには全力を出すべきなんだ。編成で工夫するのはそのあとでいい」
運営を続けるにもお金が必要なんだからな、と俺はシビアな言葉で締めくくった。
「全力って、ユージさん。それは言葉の綾というものですよね?」
「あ……ああ、もちろん。その人にとっての、趣味にかけられる範囲での、無理のない全力ってことだよ。もちろんそうに決まってるだろ」
強がる俺に、千夜子さんはやれやれというジェスチャーをしつつも、
「ユージさんの勇者論には、ちょっとだけ感じ入るところがありました。ガチャも育成も編成も、すべてに努力してこそソシャゲ攻略というものですよね」
そう言って、足元に置いていたバッグからスマホを取り出す。指輪いっぱいの手に似合う、キラキラとラメの入ったケースに包まれた美しいスマホだ。
「私、今月まだ全力出していませんでした!」
高らかに宣言する千夜子さん。
「お、おい、無理するなって」
焚きつけてしまったらしい。
こんな俺のしょうもないガチャ煽りに負けるなんて、どんなガチャ師だよ。
「これは私にとっての、趣味にかけられる範囲での、無理のない全力です!」
「無理してるやつの台詞だぞそれ!」
俺がさっき言った台詞そのままだけど。
「あ、今もう課金アイテム買いました。引き返せません」
「早っ、クレカ使ったのかよ! ガチャ師って審査通るような職業なわけ?」
「妹のクレカの家族カードなので実質無審査です」
やっぱり千夜子さん本人ではクレジットカードの発行審査に通らないらしい。
「妹さんに申し訳ないと思え!」
「大丈夫です。チャミ……妹は優しいので、ちょっとお小言をいただくくらいです。先月の偽オイスターソースもすごい顔して食べてくれましたし」
「全然大丈夫じゃないエピソードだ。被害者の出る縛りプレイはよせって……!」
影響範囲が自分自身だけだからこそ、趣味として楽しめるものである。
が、千夜子さんはもう聞いてくれない。
「ユージさんとソシャゲのお話をして、ガチャを引くなら今だ!って感じがしたんです。今なら絶対あの子がきてくれるって直感が大声で囁いてきました」
などと、意味不明なことを言い出した。
「待て待て、ガチャの確率はいつだって公表値どおりだぞ。あの子がどのゲームのどの子か知らんが、どんなピックアップキャラだって、出る確率より出ない確率のほうがずっとずっと高い。直感とかそういうので確率が変わったらバグだ、消費者庁案件だ。せめて引くなら出ない心構えをしてから……」
「出ますから見ててくださいね」
俺の知らないソシャゲのガチャ画面を表示する千夜子さん。
10連ガチャのボタンを――
……押した。
くるくると回転しながら、カード10枚が降りてくる演出。
一見してレアリティの高いものはない。
「昇格演出がくる……」
千夜子さんが祈るように呟く。
1枚2枚3枚とカードがめくられ、NEWマークのついていない、つまり千夜子さんがすでに所持しているカードが出現する。
「まだ……まだよ……」
4枚5枚6枚、これも違う。
「お願い……!」
7枚8枚9枚。
「最後きて、最後きて……!」
そして10枚目――
それまでの9枚よりレアリティの高いものは出現したが、そこにもNEWの文字はなかった。
「……」
沈黙する千夜子さん。
付けまつげをしているのでよくわからないが、心なしかその奥で涙ぐんでいるように見える。
「まあほら、俺は今日楽しかったよ。ガチャ師というのが結局どういうものかわからなかったけど、ただ、こんなにソシャゲのプレイスタイルについて人と話したことなんてなかったから、俺はずいぶん気持ちが楽になった。これから先、ガチャで目当てのキャラが引けなくても、それがソシャゲのすべてじゃないってはっきり理解できる。勇者として次にやるべきことを頑張れるよ」
ありがとうな、と言って千円札を机に置いた。
「……また来てくれます?」
ぽつりと言う。
元気づけようという気持ちもあったが、俺はわりと本心から、
「来るよ。千夜子さんとソシャゲの話をまたしたい。これからは食費だけじゃなくて、ここの千円も考えてガチャに全力出すことにするよ」
「はい、お願いします」
すこし笑顔が戻った。
「笑顔がやっぱりいちばんいいよ。ガチャ引くときは、出なかったときの心構えもしっかりな」
そう言って席を立つ。
「……空っぽみたいに言わないで。何も出なかったわけじゃないもん。10枚ちゃんと出てきてくれたし。2枚目でも嬉しい子はいたもん」
「あはは、その調子その調子」
背を向けて立ち去る俺に、千夜子さんの強がる声が追いかけてくる。
「何も出ないガチャなんてありません!」
それは内容は間違っていないのに、今言うと涙がこぼれかねない言葉だった。
(Tap1/おしまい)




