Tap1-6
「はい?」
「だから、俺はガチャ引くんだって」
首を傾げる千夜子さんをよそに、俺は手を引き……
引き……
ぬ、抜けない。
「こら、手を放すんだ」
「やだ~。ちゅんちゅんカード~!」
「やだじゃない」
俺は痛くしないように気をつけて手をはがし、千夜子さんから離れた。
「狙われてると落ち着かないから、これはもう、こうする」
ちゅんちゅんカードの銀の保護テープをめくった。
「あ……あああ……」
そして、声にならない声をあげる彼女の前で、露わになったカード番号をスマホのカメラで撮影。
これにて入金完了。便利なもんだ、ちゅんちゅんカード。
すぐにソシャゲのアプリを起動して課金アイテムを購入した。
慣れた手順である。
千夜子さんはだらりと俯き、もはや俺を見ていなかった。
いつの間にかティアラも外してテーブルに置いている。
仕事モードは終わってしまったらしい。
「ガチャ子さん俺のスマホでガチャ引く?」
ぴくっと肩が揺れ、髪の隙間からこちらを覗く目。
長い髪を前に垂らしているものだから、さながらテレビモニタから出てくる悪霊のような風情だ。
「今さらそんな呼び方やめてください。私は千夜子です」
「ガチャ引く?」
ソシャゲのガチャ画面を見せる。
期間限定!復刻ピックアップガチャ!の文字が踊る。
「他人の――」
ゆらり、
「スマホで――」
ゆらりと、
「ガチャ引くほど虚しいことはないんですよ~!」
立ち上がっておばけの真似をする千夜子さん。
ふたり、顔を見合わせて大笑いした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……で、ユージさんはいつから感づいていました? 私が上手いことガチャ欲をなくさせてちゅんちゅんカード貰おうとしていることに」
千夜子さんは座り直し、今度は仕事ではなく、友だちのような気軽な表情でこちらに問いかけてくる。
「いつからというか、最初の第一声からカードのこと言ってただろ」
コンビニを出たところで聞こえた甲高い声を思い出す。
「あはー」
だって欲しかったものが目に入ったんだもん、とかわいく呟く。
「最初からわかっていて、よく座る気になりましたね? 物好きすぎません?」
それはまあ、物好きは物好きなんだけど、
「逆に警戒しなかったな。嘘つけない感じが好印象ってやつ?」
「も~。馬鹿にしています!」
「でも、千夜子さんの話は面白かったよ」
それは正直な感想だった。
「試行錯誤が楽しいって話、俺にはかなり刺さる話だった。たしかにそういうことに頭使うのが楽しくて、あえてガチャなしでプレイしているソシャゲもあったりするし」
無課金ではなく無ガチャ。
クエストのドロップ報酬などの課金ガチャ以外の手段で、ある程度の数のキャラが手に入るソシャゲなら可能なプレイスタイルだ。
キャラのやりくりは超絶大変になるが、逆に、ガチャを引かないことで課金アイテムを他のこと――コンティニューやスタミナ回復など――に湯水のごとく使うことができるのが面白いところだったりする。
「ガチャなしとは恐れ入りました……。縛りプレイの常習者だったんですね」
縛りプレイとは、ソシャゲのみならずゲーム全般でのスラングだが、俺のガチャなしのように「あえて何かを使わない」というプレイスタイルの総称である。
「人を変態みたいに言わないでくれ」
「そうですね、ユージさんは変態なんかではありません――」
「生粋のドMプレイヤー、真のド変態です!」
美人にこの距離で面罵されると、本当に何かに目覚めてしまいそうだった。