Tap1-4
「壊れ……」
「はい、先ほど人権とおっしゃっていたので」
〝壊れキャラ〟も〝人権〟も、ソシャゲプレイヤー内でのスラングといって良いだろう。
壊れ、というのはバランスブレイカーといった感じの意味合いで、要するに能力値や特殊スキルが強力すぎるため他のキャラクターとの強さバランスが崩れており、ゲーム性を崩壊させている、もしくはさせかねない存在ということだ。
人権、というのはその壊れキャラを所持している状態を指す。
どちらも言葉として大げさだが、ソシャゲプレイヤーはSNSと密接な関係にあることもあり、とかく強い表現が好まれる傾向にあると思う。
千夜子さんが「壊れキャラ」と表現したのは、俺がそのキャラクターを引くことを「人権を得る」と言ったのを受けてのものに相違ない。
千夜子さんは続ける。
「ユージさんがそれまで3年間楽しんでこられたソシャゲに、突如投入された壊れキャラ。バランス調整のミスなのか売り上げのてこ入れなのかは存じ上げませんが、とにかくそのキャラをユージさんはガチャで手に入れることが叶わなかった。……引退なんかは考えませんでした?」
〝引退〟は、そのソシャゲをアンインストールしてプレイをやめることだ。
テレビに繋いで遊ぶ家庭用のゲームソフトをやめることをいちいち引退などと表現しないことから、これもやはりソシャゲのスラングということになるのかもしれない。
あいつを引けなくて俺は引退を考えただろうか?
「いや、引退とまでは考えなかったと思う。たしかにちょっとヘコんだけど、どうせそのうち復刻されるだろうって高を括っていたような気がする」
「あ~。2年も待つことになるなんて普通思いませんもんね」
「ほんとに」
苦笑し合う。
ガチャ師としての質問に入ってから千夜子さんはすこし背筋を伸ばしたが、それでも俺と話すのが楽しくてしかたがないという柔らかい雰囲気で微笑みをたたえている。
「それでは、そのままプレイを継続されたと。イベントもそれまでどおりこなす感じですか?」
「いやあ、難易度がかなり上がったからね」
壊れキャラが追加されると、ゲーム自体の難易度もそれに合わせて上昇する。既存のクエストが変わることはまずないが、それ以降に追加される続きのストーリークエストや、期間限定のイベントクエストなんかは、次第しだいに、しかし確実に難しくなっていく。
使い道が必要になるからだ。
「難しくて手が出せなくなりました?」
「すんごいキツくなった。なんせあいつを持っているプレイヤー相手にバランス調整されるもんだから、持たざるものはおとなしく報酬をあきらめるか、ありものを駆使して試行錯誤するしかない」
うんうん、と千夜子さんは頷いて、
「ユージさんの世界では、壊れキャラが勇者の仲間になりませんでした。でも、理不尽に世界は脅威を増してしまった。絶体絶命です。あきらめるか、試行錯誤するか。――わかりきっていますけど、一応訊きますね。ユージさんはどちらのタイプでしたか?」
「試行錯誤タイプだな」
俺は得意になって片眉を上げて答えた。
「はい♪ ソシャゲを誰よりも楽しめる才能をお持ちですね」