Tap2-End
「あ、すこしお話をしていただけです。大丈夫ですよ~」
声をかけられたガチャ子お姉さんは、今気づいたように顔を上げて、明るい声でそう答えた。
お巡りさん――教頭先生くらいの年齢のおじさんは、難しい顔をして僕らのほうを見た。
僕らはもう慣れたけど、お姉さんは魔女みたいなあやしい格好をしていて、見た目だととてもあやしい。お巡りさんから見れば不審者が小学生に何かよくないことを教えているように見えるのかも……。
このままだと、お姉さんが逮捕されちゃうかもしれない。
「どういうお話をしていたんだい?」
何て答えたらいいんだろう……。
ソシャゲのことを話していたけど、それって言っても大丈夫なやつなのかな。
そんなことが頭をよぎって黙った僕の代わりに、
「クラス替えとか、学校のことだよ」
ケイオスが全然何でもないという感じで言った。さすがケイオス度胸がある。嘘じゃないし。
「そうか、君たちは学校での悩みを相談していたんだね」
「うん」
ふたりで頷く。嘘じゃない……よね?
お姉さんも、うんうんと頭を縦に揺らしている。
「おや? これは……ガチャ師とは何ですか?」
机にかけられた布の端に、ガチャ師という刺繍があるのをお巡りさんが見つけた。
「ガチャとは?」
「えーと、ソーシャルゲームにおいて、プレイヤーごとに違いを出すための面白システムで……」
「ゲーム? ゲームですか?」
その言葉がよくなかったらしい。
お巡りさんは一気にお姉さんに詰め寄った。
「あなたは子どもたちをゲームの話でおびき寄せて、お金を巻き上げようとしていたのではないですか?」
「いえいえ、お金なんか――」
お姉さんが息を飲んだ。
その視線が机の上に固定され、僕らもそちらを見る。
そこには、「ご相談1回1000円(税込)」と書いた札が立てられていた。お姉さんが全然話題にしなかったから僕らも見えていなかったけど、たしかにお金のことが書いてある。
「君たち、1000円取られた?」
「う、ううん……」
取られていないけど。
もしかしてこれから払うことになっていたのかな……?
そんな疑いの気持ちを込めて、僕とケイオスがお姉さんをじっと見ると、
「いえ、ほんとに! これは間違いなんです。小学生のときはこうすることになってますから」
札をくるっと裏返しにする。
裏には「初回無料ご相談キャンペーン」と書いてあった。
「本当に本当に、営利目的ではないんですよ。私はいろんな方のご相談に乗って、すっきりしていただくのが目的でして、1000円は、大人の方が満足されたときに、もしよろしければって感じでいただいているだけなんです」
必死に説明するお姉さん。たぶん嘘じゃない、と思う。
僕たちに優しくお話してくれたこの人が、僕らのお小遣い目的だったとはちょっと思えない。
思いたくない。
僕は、大きく息を吸って声を出した。
「あの、僕たちはゲームの話もしましたけど、ちゃんと悩みが解決して、お姉さんにはすごく感謝しているんです。お金のことは何も言われなかったから、たぶん本当に無料だったと思います」
「うう、ありがと~」
両手で顔を覆うお姉さん。
言ってよかったと僕は思った。
「……まあ、君たちが恐喝まがいのことに巻き込まれていなければ、おじさんは構わないんだよ」
僕の思いが伝わったのか、そう言ってお巡りさんは僕とケイオスの頭にぽんぽんと手を置いた。
さっきよりは怖くない声で、お姉さんに言う。
「若い人向けの占い師みたいなもんですか?」
「はい♪ みなさんのお悩みを、ゲームの話に例えて解決していければと、僭越ながら考えております」
「なるほど」
実際は逆だった気がするけど。
ソシャゲの悩みを、学校の話で例えて解決していたような……。
まあでも、お巡りさんが納得してくれたならそれでいいやと僕は思った。
お巡りさんは警戒が解けた雰囲気で、手帳にメモを書きながらお姉さんに確認をとっている。
「一応ここ、コンビニの前なんですけど、オーナーの中原さんから許可は得ていますか?」
「もちろんです。中原のおばあちゃんには小さい頃からよくしていただいて、ちょっと前ですけど、私がこういうことやりたいなってお話したら、チャコちゃんが店の前に座ってくれたらうちにもお客さんいっぱい来るね~って喜んでくださって――」
「中原の、おばあちゃん?」
急に目つきが鋭くなった。
「ええ、はい。あの、オーナーの中原シズ江さん……」
「シズ江さんはご隠居されて、今は、息子さんがオーナーを引き継がれています。確認ですが、許可を得たのはいつごろ?」
「高校卒業してすぐ……」
消え入りそうな声で答える。
「はい? 高校卒業? それって何年前のお話ですか?」
「えっと……」
ガタっとお姉さんが立ち上がった。
驚く僕たちふたりの間に顔をそっと寄せて、
「仲良くソシャゲ楽しんでくださいね」
そう囁いたかと思うと、てきぱきと椅子を折りたたんで机を担ぎ、
「女性に年齢を訊くようなことはやめましょう!」
という言葉を残して、すごい勢いで去っていった。
「ちょ、ちょっとあんた!」
お巡りさんも追いかけていく。
僕とケイオスは、椅子もなくなったコンビニの前で立ち尽くす。
お姉さんのつけていた香水の匂いだけがかすかに残っていたけど、もうそこは単なるコンビニの前の道だった。
「逃げ足ものすごい速かったなー」
「うん、結構まだ若いんじゃない?」
あはは、とふたりで笑った。
たぶんお姉さんは、そんなに年齢を気にしているわけではないだろう。他人の評価なんて気にせず、ただ、ソシャゲが大好きで、ソシャゲの話を聞くのが大好きな、いつまでも若い心を持った人なんだと思う。
逃げたというより、僕の悩みが解決したから、じゃあまたねという感じに見えた。
だったら僕は――
「帰ったらケイオスの家に行くから、イベントの進め方教えてよ」
「ああ! すぐ帰ろうぜ!」
僕が見つけた友だちと、僕だけの評価SSキャラを探す冒険の旅に出よう。