神の花嫁は恋敵
アルテナは足の痛みなど感じさせないほどに、軽やかに走り出しました。そして王子がいる部屋に飛び込みました。
「おうじ!」
飛び込んだ先には誰も居ませんでした。しかしテーブルの上に置き手紙がありました。
『読めるかどうかは知らんが、まあ、読めなければメイドに渡せ。これから訪問者が来るのを忘れていた。お前はここに居ろ。用事が終わったらまた訪ねてやる』
その手紙を読んだアルテナは、後ろに控えていたメイドに言いました。
「おうじ、すぐ、あう」
「しかし、アルテナ様。王子様も終わったら訪ねると言ってらっしゃいます。お待ちになったらいかがですか?」
メイドはアルテナの手元にある手紙を見て言います。しかしアルテナは大きく首を横に振ると、メイドの肩に手をおいて言いつのります。
「いや! いまあうの!」
メイドたちは困った顔で顔を見合わせました。
するとそこへ豪華な服に身を包んだ女性が入ってきました。
「騒がしい。お主がアレが保護した女か。今度はどうした。ひな鳥のように親が居なくなったら泣きわめくのか。はぁ」
「王妃様」
メイドたちは一斉に頭を下げます。そして首を傾げるアルテナにも同じ姿勢になるように言いました。
「おうひ?」
しかしアルテナは首をコテンと傾げて、興味深い様子で王妃をじっと見つめます。王妃もアルテナをじっと見つめました。
「確かに美しい。アレの恩人が現れる前であればお前は、アレの心を奪えたかもな」
「おうひ? わたし、こころ、うばえない?」
「ああ、アレは別の女性に夢中だ。命の恩人なんだと」
王妃は手にした扇を開くと口元を隠しました。
「しかし私は神の嫁はいらぬのだ。アレの子を産む嫁がほしい」
「こども! うむ!」
アルテナは叫びました。王妃は面白いとでも言うように、にっこりと笑いました。
「アレが居るのは、ここから四つ隣の部屋だ」
その言葉が終わる前にアルテナは飛び出しました。メイドたちは慌ててアルテナの後を追います。
「クックッ。これは面白いことになるな」
「王妃様」
王妃の側に影のように控えていた執事服に身を包んだ男は、ため息を吐くと非難に満ちた目線を王妃に向けました。
「なんだ、言いたいことがあるなら申してみよ」
「いいえ、ただ酷なことをするなぁ、と思っただけです。王子の心が揺らぐことはないでしょうから」
「うん? それはまだわからぬ。こうして部屋で寝かせた女だぞ。もしかしたら、心を奪われているかもしれぬではないか」
王妃はそう言いながらアルテナが出て行った扉を見つめました。
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アルテナが扉を開けると、そこでは王子と親密そうに笑い合う少女がいました。とっても仲が良いことが伝わってきます。彼女の服装から修道女であることがわかりました。
「なんで」
アルテナが入ってきたことに気がついたその少女は、アルテナに向かって言いました。
「あれ、どちらの国のお姫様? 王子様」
王子と話すな。その男は私の物だ。どうして王子もその女と笑い合っている。
アルテナの頭の中で、思考が渦巻きます。
「おい、お前! 待ってろと言っただろう? 見ての通り、命の恩人である客が来ているんだ。早くあの部屋に戻れ!」
王子は迷惑そうに、アルテナを追い出そうとします。
「どうして? 王子は私よりもその人を選ぶの?」
「おい、お前普通に喋れたのか?」
アルテナは頭を大きくふりました。その瞬間に髪留めのピンが弾き飛びます。アルテナを飾っていた宝石類がバラバラと地面に落ちました。
頭がガンガンと痛み、足もじくじくと痛み始めました。くらりと目眩がします。二人の顔がぼやけていきます。
「ふざけるな。私がお前の命を救ったのだ。どうして訳のわからないことを言う? お前のためだけにここに来たのに。全てを捨てた。だというのにどうしてお前は別の女に頰笑む。私にはそんな顔を向けてくれたことがないのに。なんで、なんで、どうして?」
アルテナはブツブツと呟きます。幸いにも王子たちの耳には届いては居ませんでしたが、異常な状態であることは明らかでした。
「彼女、どうしたの?」
「わからないが」
アルテナは突如口元を押さえると、何か込み上げてくるものを抑えつけました。そして、そのまま地面に倒れ込みました。
王子が慌てて駆け寄ると、アルテナは真っ青で、凄い熱を王子に伝えてきました。
「酷い熱だ。すまない。次回も時間をとる。今日は帰ってくれないか?」
「ええ…… その子心配ね。大丈夫であるように、神に祈るわ」
「すまない。ありがとう」
アルテナを王子が抱き上げると、心なしか辛そうな顔が和らぎました。
「では、王子様。またお話が出来るのを楽しみにしていますわ」
「次回は絶対に長い時間をとろう」
修道女は王子に修道女らしからぬ優雅なお辞儀をすると、そのまま立ち去りました。
「お前は何なんだ」
王子はアルテナをベッドに寝かせると、汗の浮く額を濡れたタオルで拭いました。
「なぜ、会ったことがないはずなのに、懐かしいんだ」
王子は、アルテナの長い髪をとかすように撫でると、窓の外の海を眺めました。