ヒレを失った人魚
末の娘は、王子が住む城の近くにある海岸で薬を口にしました。
その瞬間に躰に激痛が走ります。バタバタともがき苦しむことしかできません。喉が灼かれるような痛みと、脚もどろどろに溶かされるような痛みを感じます。
「グァッ ギィィィ」
呻き声は波の音にかき消されました。しばらくすると痛みは薄れ、霞んでいた視界が戻ってきました。
「はぁ」
アルテナは安堵のため息を吐きました。そして自分の声に違和感を覚えます。今まで聴いていた自身の声よりも鮮明です。アルテナは感動しました。
「これ、にんげん、こえ?」
しかしゆっくりとしか喋れず、発音もたどたどしいしく、小さな子供が話しているようでした。
「ああ、おうじ、あいに、いく」
アルテナはふらふらと立ち上がりました。今までとは違う景色に再び感動しますが、一歩足を踏み出した途端に激痛が足にはしります。しかしその痛みはまだ我慢ができる痛みでした。
端から見たアルテナはとても奇妙でした。服も着ず、ただ長い髪を纏い、優雅に歩く少女。誰もが近づくことを躊躇したでしょう。
「お前、どうかしたのか?」
そこに幸運にも王子が通りかかりました。王子は視察から戻ったところで、ちょうど城へ帰るところでした。
「おうじ! わたし、あるてな」
アルテナは慌てて王子の元に駆け寄ります。王子は全裸のかわいい少女が自分の元に走ってくることに、慌てました。
「なっ、お前、服を着ろ! なんていう姿だ」
「ふく?」
王子は盛大に目線を泳がせると、一緒に居た家来に布を取りに行かせました。
「服を知らないのか? お前はどこの娘だ?」
アルテナはコテンと首を傾げました。
「わたし、うみ、そこ、すんでた」
「海?」
「おうじ、あう、きた」
その姿には似合わない子供のような喋り方に王子は困惑しました。しかしすぐにある可能性を考えました。
「もしかして、お前他国から来たのか? それとも記憶がないのか?」
そう聞く王子にアルテナは抱きつき、そのまま微笑むだけでした。そこへ家来が戻ってきて、大きな布にアルテナを包みました。
「王子様、この娘は?」
「私を王子と呼んでいた。もしかしたらこの娘は他国の姫かもしれぬ。我が城で保護する」
「しかし王子様。得体の知れぬ娘ですぞ? こんな場所で衣服も身につけずにいるだなんて。もしやこの娘は化け物かもしれません」
アルテナは王子のぬくもりと、布に包まれ暗くなった安心感でウトウトとしています。
「こんなにかわいい化け物がいるか? もし問題があれば責任はとる」
王子はすっかり寝入ったアルテナを抱きかかえると、城に戻っていきました。