己に酔う少女
「どうしても、声じゃないといけないの?」
末の娘は魔女に問います。魔女は大きく頷きました。
「そうだ。その声がなくてもお前は美しい顔も、髪も、瞳も、持っているだろう? 一つぐらいくれても良いじゃないか」
「でも、私はお喋りがしたいの。それには声がないと困るの」
末の娘は言いつのります。それには魔女は困惑しました。まさか駄々をこねられるとは思っていなかったからです。
「うーむ。それでは、何なら代償にする」
「そうねぇ。この鱗を代償にするわ。どうせ無くなっちゃうし、一番私が気に入っている部分だもの」
「うーむ。それではお前は足はいらないのかい?」
魔女はたじろぎながら問います。しかし末の娘はにっこりと笑いました。
「大丈夫よ。抱き上げてもらうもの」
「うーむ。わかった。お前の想いは。しかし声が欲しい」
「エスパーニャさん。分からず屋ね」
「まあ、まて。そこでだ。お前を人間にはしてあげよう。しかし『愛してる』そう言ってしまったらお前は声を失う。この条件でどうだ?」
「『愛してる』? それを言わなければ良いのね?」
「ああ、伝えようとしたとたんに、お前は声を失うだろう。それだけだと、流石に私でも人間にするのは難しい。代償は願いと釣り合わなければ、願いを叶えることはできない。だからお前の美しい顔も、髪も、瞳ももらう。もちろんそれは、お前も納得しないだろう?」
「ええ、声はわかったけど、顔も髪も瞳もなんて」
魔女はクックッと笑い、言います。
「それらはお前が望みを叶えることが出来なければもらう。もちろん、お前の望みである王子を手に入れることが出来た、つまり結婚して永遠の番となったなら、それらを失うことはない。どうだ? だいぶ譲歩したぞ」
「ええ、いいわ」
「この契約は代償の支払いを後でするため、不完全である。だからお前さんは歩くたびに剣で刺されるような痛みを感じるし、人間の言葉も上手に喋ることは出来ない。しかし歩く際には驚くほど優雅に見えるし、相手の言葉を理解することが出来る。よいな?」
「ええ、エスパーニャさん。それでいいわ。私を人間にして」
魔女は何かを小声で言うと、手の中に貝の形のペンダントと、真っ赤な薬が現れました。
「このペンダントをお着け。それと、この薬は飲んだ瞬間から人間に変わる薬だ。浅瀬に行ってから飲まないと、溺れて死んでしまう」
魔女は末の娘にその二つを渡しました。末の娘は喜んでペンダントを着け、薬を大事そうに抱えました。
「エスパーニャさん。ありがとう」
「ああ、楽しめ」
魔女の家を背に、末の娘は力強く上の世界に向かって上がります。
「これで私も」