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恋の病

 海の底に帰ってからも末の娘が思い出すのは男のことでした。手に嵌めた指輪を愛おしいそうに眺め続けます。お姉様たちもそんな末の娘の様子を心配そうに見つめました。

「あの子、どうしちゃったのかしら。ずっと指輪を眺めているわ」

「それにご飯もあまり食べないでしょう?」

「私、知ってるわ! 恋煩いだわ」

 一つ上のお姉様が叫びました。周りのお姉様が慌てて口を塞ぎますが、その声は末の娘にも届いていました。

「お姉様! 私は恋煩いなの? この胸が痛くて、ずっとあの方の顔が忘れられないのは恋というのですか?」

 息を吹き返した魚のような勢いで、お姉様たちに詰め寄ります。そんな様子の末の娘に、お姉様たちは後ずさりました。

「アルテナ、落ち着いて」

「そんなに詰め寄られたら怖いわ」

 末の娘は慌てて、躰を引きます。しかしすがるような目線は、お姉様から離しませんでした。

 お姉様もまだ恋をしたことがないのですが、末の娘の希望に満ちた視線に目線を泳がせながら答えます。

「ええっと、きっとそうだわ! 私もカッコイイ方を見たら、ドキドキするもの」

「そうなのね。これが恋」

 末の娘はうっとりと胸元で手をくんで、上を見上げました。しかしすぐにしおれた花のようにしょんぼりとしました。

「私、あの方がどこの誰だか知らないの……」

 急に勢いのなくなった末の娘を心配そうに、お姉様たちは見つめます。その時、また一つ上のお姉様が言いました。

「あれほどの騒ぎになったのだから、人魚の間でも噂になっているの! 私、その男について聞いてくるわ」

 その言葉で、お姉様たちは我先に飛び出しました。だって妹は、悲しそうな顔より笑顔が可愛いのです。

 しばらくすると、お姉様たちは戻ってきました。そして我先に話し出しました。

「あの男は王子らしいわ」

「安心して! 独身よ」

「人間の間でも、優しいと評判だわ」

「それに格好いい!」

「どこの国の王子かもわかったわ!」

 一息に色々な情報を得た末の娘は、真珠のように輝く笑顔をお姉様たちに見せました。

「私、あの人の無事な姿を見たいわ」

「ええ! 場所を聞いてきたから早速行きましょう!」

 お姉様たちは末の娘の手をとって、泳ぎ出しました。あれほど塞ぎ込んでいた妹をもっと喜ばせたかったのです。

 海からよく見える絶壁の上に、王子の城はありました。日の光を浴びて城はキラキラと輝いています。そして、夜になると確かにあの年若い男が、バルコニーに出て物憂げな顔をしているのが見えました。

「ああ。あの人よ」

 末の娘は心底感動して、お姉様たちに抱きつきました。

 姉たちは喜んでいる末の娘を見て安心しました。しかしその行為が逆に自分たちの可愛い妹を失うことになる序章とは思っていませんでした。

 次の日から末の娘は王子に一目でも見るために、毎日王子の城が見える海へ訪れます。その頻度は高く、だんだん帰ることすら稀になった末の娘のことが、お姉様たちは心配になりました。

 しかし何を言っても、末の娘は聞くことはありませんでした。だんだんお姉様たちも末の娘から離れていきました。

 そもそも人間と人魚は寿命が違います。そのことからすぐに末の娘も恋に飽きると考えていました。そう楽観的に思っていたのです。

 そんなある日、末の娘に一つ上のお姉様が話しかけてきました。

「ねえ、アルテナ? 人間との恋は不毛よ」

「ええ、知っているわ。だから時間を割いて彼を見つめるのよ。人間はすぐに死んじゃうのでしょ?」

 末の娘は一つ上のお姉様に、そう返事をして泳ぎだそうとしました。

 その後ろ姿に向かって一つ上のお姉様がぼそりと呟きます。

「もし人間になれるって、言ったらあなたは全てを捨てて、人間になる?」 

 一つ上のお姉様の言葉は、末の娘にとってあまりにも魅力的すぎました。その毒のようなその言葉は末の娘を捉えました。

「お姉様? どういうこと! そんな方法があるの?」

 末の娘は一つ上のお姉様の肩を掴んで叫びます。

「痛いわ。ええ、あるの」

 一つ上のお姉様はいつもの活発な様子もなく、虚ろな表情で末の娘に告げます。

「皆が近づかない、渦の奥に魔女が住んでいるの、知っている? その魔女はね、沢山の薬を作ってくれるの。もちろん対価は必要だけど、あなたならいくらでも対価になるものを持っているから、魔女も快く作ってくれるはずよ」

 末の娘は、その場所に心当たりがありました。お母様やお姉様たちから絶対に近づいてはいけないと言われている場所です。近づいたら悪い魔女に攫われて食べられてしまうと言われていました。

「その魔女は悪い魔女じゃないのですか?」

「いいえ、違うわ。あまり大きな声では言えないけど、何でも叶えてくれるから、大人達で独占しているのよ」

 一つ上のお姉様はニタリと笑いました。そして末の娘の耳元で囁きました。

「あなたはあの王子を手に入れたいでしょ? 眺めているだけじゃ、誰かにかっ攫われるわよ」

 末の娘は、王子が別の人間の女性と幸せそうにしている風景が目の前に浮かび上がったかのように感じました。

「そんなの……」

 人魚のままであれば、種族の違いで諦めることが出来ました。幸せなら身を引くこともできました。しかしどれほど望んでも無理だと諦めていた願望が、実現すると知ってしまえばもう駄目です。

「私は人間になれるの?」

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