海底のあこがれ
皆が言う。そこは綺麗だけど、やっぱり私たちが暮らしていくことはできない。届かない太陽に手をのばして、そこに行きたいと願うのは愚かなことだって。
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深い深い海の底。ここには人魚が暮らしています。海の底でくらしている人魚達は、成人した時に上の世界と呼ばれる陸に近い海面に上がることが許されます。成人になることを夢見る人魚は沢山いました。
「ねえ、お姉様? 上の世界はどんな世界なの?」
一番末の娘もその一人。見たことのない世界に興味と幻想を抱いていました。最近上の世界に上がった一つ上のお姉様は答えます。
「そうねぇ。確かに素晴らしく面白くて、綺麗な世界だったわ。だけど、あなたにとってはどうかしら? あなたはなんだか私たちよりも思慮深いから、もしかしたら上の世界もあなたの興味を惹くものはないかもしれないわね」
「あら、お姉様。私は思慮深くなんてないわ。それにお姉様が話してくださる上の世界には、すごく興味があるわ。もしこの目で上の世界を見たら、感動のあまり泣いてしまうかも」
「私たちは泣くことはできないわよ? それにもうすぐあなたも上の世界に行く年でしょう。そんなことを言ったら、伯母さまに行くことを禁じられてしまうかも」
冗談めかした一つ上のお姉様の言葉に、末の娘は慌てます。
「そんなことになったら、私は後悔してもしきれないわ。お姉様、内緒よ」
「ふふ、ええ。アルテナは本当に上の世界が好きねぇ」
末の娘は珍しく微笑むと、一つ上のお姉様に抱きつきました。そこに他のお姉様が集まってきました。
「あらあら、私たちも混ぜて」
「ずるいわ。私もアルテナに抱きつかれたいわ」
お姉様方に囲まれて、末の娘は嬉しそうです。いつもは上の世界に遊びに行っているお姉様たちが珍しく、全員揃っていました。
「お姉様! 上の世界のお話を聞かせて下さい!」
お姉様たちはにっこりと笑うと、口々に上の世界のお話を末の娘に聞かせます。そのどれもが末の娘の興味を惹き、ますます上の世界に憧れをいだきました。
その夜、大きな月を眺めながら末の娘はその月を直接見ることを夢みます。
「私もはやく上の世界に行きたい。どれほど素敵な場所なのだろう」
末の娘の成人までもう少し。いつもは誰よりも大人びた雰囲気の末の娘が、年相応の少女のように憧れる世界。その世界を覗いたために全てが狂い出すとも知らずに、上の世界に手をのばした末の娘は微笑みました。