火曜 8:15
全くもって寝覚めが悪い。昨日の僕と真一は、飛び降りを見た瞬間に逃げ帰ったのだ。臆病もいいところだが、思春期が目にするには衝撃が強すぎた。ろくに眠れなかったのだ。ビクビクしながらニュースを見てみたが、飛び降りなんて一切流れなかった。つまりビル六階から飛び降りて、事件にすらならないモノが落下したことになる。でも人形には思えない。あれは明らかに人だった。
一緒に逃げ帰った、というより僕よりも素早く駆け出した相棒は、クラスメイトに「マジで」を連呼しながら己の武勇伝を語っている。
「マジですごかったんだから! やっぱ幽霊はいるね!」
せっかく友が勇者になっているのだから、ここは宿屋の主に徹して帰りを待つのが務め。
「……幽霊なんているはずありません、ばかばかしい」
例の猫柳女史が、クラスの入口でぼそりと呟いた。
「なんだよ」
一気に教室の空気が重くなる。
「頭おかしいんじゃないですか? いや、おかしい。おかしい。頭おかしい。狂ってる」
病的に繰り返される罵声を、宿屋の主人たる僕は見ていることしかできない。
ああ、なんて無力なんだ。
――ということは無いので、パーティの一員へ復帰して助け舟を出す。
「ま、まあまあ」
マンションに住んでいる彼女にはそりゃ不愉快だろう。
僕も遊び過ぎたな。
すかさず間に割って入る。
「変なモノ見ちゃったもんだから、真一も興奮しちゃってさ。でも、見間違いだったかも」
「おい武井」
「もしかしたら、ビルに写った影かもしれなかったし」
すぐ駆け出したので、これは反論できまい。
「う、うーん」
「みんな、ごめんね」
束の間のニセ勇者を演じた悪友もクラスメイトも、しぶしぶイスに座る。
「……ふん」
猫柳さんは鼻から息を出すと、自分も席に着いた。
「悪いね」
僕の言葉を流し、大きなカバンから枕を取りだ……枕?
「もう寝ます、おやすみなさい」
もうすぐホームルームが始まるというのに、机に枕を置いて眠りだす。
「は、はい。おやすみなさい」
彼女は入ってくる担任も無視して、ホームルームから安らかな眠りについたのだった。成績が優秀なのか、もう諦めているのか、授業中に誰一人として注意する者はいなかった。
おい、誰か注意しろ。