木曜 23:00
僕らは街の中心部に集まっていた。大破壊から完全に立ち直った街は、電飾の明かりも激しく、戦争があったなんて信じられない。街中にいれば、夜とは思えないほどだ。
「調査の結果、街の地下に大きな装置が一つ。そこから電波を受ける端末が六ヶ所だ」
楔先輩に棗さん、冷子先輩に旭先輩――今日は珍しく、猫柳さんも参加している。謹慎が解けたのだろう。
「長谷川先輩は装置を、他は分散して端末に」
僕以外の全員が頷く。
「僕は何をすれば?」
「君は見学」
――僕、いる意味あるのかなあ。
指定された場所に行くと、工事途中と思われるビルにたどり着いた。
「こんな場所に、あるんですかね?」
外された窓枠からは月の明かりが差し込み、ボロボロのコンクリートを照らしている。
僕は手持無沙汰を感じ、歩きながら旭先輩に話しかけた。
「彼が言うなら間違いない」
「先輩、どうやってあの二人と知り合ったんですか?」
「ん?」
「いえ、御曹司が夜に出歩いてるのもなあ、って」
「そんな買い被らなくていいさ。私は次男、しかも庶子だ」
「庶子?」
「妾の子だよ。兄に何かあっても、姉が家を継ぐことになっている。幸いなことに、家族は可愛がってくれているが、『家』に対する発言権は無きに等しい」
「す、すいません。変なこと聞いて」
「いや、いいよ。あの二人はね、私に場所を与えてくれたんだ」
「場所、ですか」
「そうだ。私は、ずっと怯えていた。いつか捨てられるんじゃないか、とね」
「そんなこと」
「被害妄想かもしれない。自分でも思う。でも、どうしても考えてしまうんだ。だから、自分を鍛えた。何かあっても、生きていけるように。健全な精神は、健全な肉体に宿ると言うしね」
「それで」
「でも、いつまでも恐怖は消えなかった。渇きは癒えなかった。そんな時、二人から声がかかったんだ」
「二人からですか?」
「まあ、街を牛耳る家柄だしね」
「利用されている、と?」
「スーツを与えてくれて、誰かを助けられて、自分を必要としてくれる。私は、初めて、ここが自分の居場所なんだろうと思えた」
旭先輩は右耳に手を伸ばした。付けているピアスに触れる。
「後には引けないことがある」
言い放った瞬間、先輩をまばゆい光が包み込む。頭には何本も管が繋がったヘルメット、全身には黄色いスーツが装着された。よく見ると、両腕には手甲のようなプレートが付いている。
「熱感知反応がある、こっちだ」
奥に進むとドアがあった。ノブに鍵穴が無いだけで、なんの変哲もないドアだ。
「これが入り口だな」
「本当に、これですかね?」
先輩がノブに手を掛けて回す。しかし、ノブは回るだけでドアが開く気配はない。
「ノブはダミーだ、待ちたまえ」
言いながら右手をドアに当て、腕に取り付けられているプレートを見た。プレートには小型のディスプレイがはめ込まれていて、指で画面を操作している。
「分かったぞ。足の下、だ」
「えっ?」
指差された足元を見ると、細い穴があった。
「カードスロットだな」
ドアから手を離し手の平を広げる。中心に硬貨ぐらいの円盤が取り付けられていた。
「それは?」
「物質復元装置」
今度は片膝をついて左手をスロットに当てる。
「齟齬が正す鍵」
右手の円盤から光線が出て、手の上にカードを造り出していく。
「情報を読み取り、圧縮された素材で復元する装置だよ」
数秒でカードは出来上がり、スロットに差し込んだ。機械音が響いて目の前のドアが開く。
「すごいですね」
ヘルメットのボタンを押すと、口元が左右に割れた。スロットから戻ってきたカードをどうするのかと思えば、食べてしまった。
「えー!」
「無害だから安心したまえ。体液に接触すると分解されて無くなる、痕跡が残らないんだ」
ドアを抜けた先には、それまでとは打って変わって新しい階段が続いていた。どんな仕掛けなのか、全体が少し明るく照らされている。
「長いですね」
「静かに――敵が近い」
黙りこくって長い階段を下りていると、なんだか不安になってくる。『敵』なんて言葉まで聞いてしまったのだから、落ち着かないことは必至だ。緊張のせいか体が固い。
「そろそろ階段が終わる。君は……そうだな、そのまま隠れていてくれ」
先輩の両手が光った。物質復元装置で、両手に拳銃が形成されていく。
「ではここで」
階段から先輩がゆっくりと歩いていく。すぐさま銃を持った人間が出てきて、三十人ほどが先輩を囲んだ。
「気を付けろ、見えているぞ」
ドンッと大きな音がして、先輩の後ろにいた敵が崩れ落ちた。彼は振り向かずに撃ったのだ。そして再びドンッと音が鳴る。撃たれた敵が爆発した。
「炸裂弾だ!」
その言葉をキッカケに、周囲の人間が後ずさりながら弾丸を放つ。先輩は拳銃を握ったまま、武術のような構えをとった。
「統計単体術」
屈んで撃ち、体を反らして撃ち、ジャンプして撃つ。弾丸を避けながら撃っている。両手の銃で左右を、前後を、あらゆる方向を見ないまま撃ち、敵を倒していく。
「撃て! じき弾切れになるはずだ!」
しかし僕は知っている、彼に弾切れはない。なぜなら手の中が常に光っているからだ。多分、物質復元装置で撃ったそばから弾丸を装填している。
「終わりだ」
最後に立っていた敵が崩れ落ちた。あれほどの数で立っていた敵が、なす術もなく倒れている。僕は階段から出て、先輩に駆け寄った。
「殺しちゃったんですか?」
「見た目が派手なだけで、気絶する程度の威力しかない。死人が出ては事後処理が面倒だからね」
「処理……」
「失敗すれば始末されるだろうが、それは向こうが勝手にやってくれる」
なんだか、この人が一番怖い。
先輩がプレートを操作する。手の中が光り、銃が消えた。
「え? 収納できるんですか?」
「そうだよ」
「じゃあ、さっきの食べなくて良かったんじゃ……」
「さっきは小腹が空いてたから」
黄色いだけで、まさしく捕食者。
「あれが例の装置だな」
やつらの倒れた奥には、二メートルほどの高さもある基盤が並び、中心には大きな『金属の脳』が置かれている。脳からは腕ほどの太さもあるパイプが、何本も何本も突き出ていた。
「でかいですね」
「破壊しよう」
彼は両手をパンッと合わせた。
「世界の管理」
合わせた手をゆっくり開いていくと、間から巨大な砲身が現れていく。
「私の後ろに屈んでいなさい」
言われた通り彼の後ろに回ると、砲身はそれを上回る太いレーザーを放った。