表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

水曜 18:40

 地図にある(くさび)先輩の家は、街外れの住宅街にあった。言っては悪いが、白い壁に包まれた普通の一軒家。こんな家に住んでいる人が、あんなアーマーを作り出すとは思えない。

 玄関のチャイムを鳴らすと、優しそうな女性が顔を出した。


「あら」


 長い髪を首の後ろで(たば)ね、家と同じく白を基調とした服を着ている。年は二十代後半、先輩のお姉さんだろうか。冷子(れいこ)先輩に劣らず、かなりの美人だ。なぜ神様は、僕に美人をめぐり会わせてくれないのか。楔先輩がうらやましい。


「夜分にすいません。武井(たけい) (りく)と言います。楔先輩はいらっしゃいますか?」

梗助(きょうすけ)さんのお友達ね。話は聞いてます、お上がりなさい」


 これまた柔らかな物腰に優しい笑顔が似合う。

 ちくしょう、目から血の汗が出そうだ。


「あの、失礼ですが……」

「ああ、私は(なつめ)と言います。梗助さんの義母ですわ」


 梗助さん、こんな美人のお義母さんがいらっしゃるんですね。

 もはや人生勝ち組ですよ。


「梗助さんは地下の工房にいます」


 玄関から続く廊下を歩く。横にはリビング・キッチンと、二階へと上がる階段もあった。


「ここです」

「ここと言われても……」


 廊下の突き当りには、白い壁と電灯のスイッチがあるだけだ。


「少し待っててね」


 キッチンから包丁を持って来る。笑顔で持って来られると、かなりの迫力だ。


「ちょっ……殺さないで……」


 僕が引いていると、彼女は微笑(ほほえ)んだまま言う。


「まあ見てなさいな」


 電灯のスイッチをパチンと押すと、それ自体がトランプのように反転。細長い穴の開いた、金属製のプレートが姿を現す。


「えい!」


 彼女は気合いの声を上げながら、抜き身の包丁を穴に突き刺した。包丁が飲み込まれると、ゴンッという音が鳴り響く。壁の一部が沈み込み、横にスライド。開いた壁からは、地下へ続くと思われる階段が現れた。


「行きましょう、暗いから気を付けて」

 

 階下には一つのドアがあった。棗さんが微笑みながら扉を開く。


「約束の時間に十分前、悪くないな」


 振り向いて楔先輩が言う。二十畳ほどの部屋には、中央の大きなテーブルを囲み工作機械が並んでいる。随所(ずいしょ)にモニターが取り付けられ、その明かりだけで内部を照らしていた。


「冷子先輩は?」

「まだだ、じき来るだろう」

「……あの、棗さんまでいますけど」

「安心しろ。彼女は()()()()、仲間だ」

「は?」

「よろしくね」


 棗さんは立ったまま、先輩も無言でモニター群を見ている。残された僕にやることは無い。意味も無く『ああぁ!』とか叫んでみたいところだが、反応されて一撃を加えられては洒落にならないので止めておく。


 その時、上からガンガンと音が聞こえてきた。


「オイ包丁!」

「あら」

 見ると、棗さんの手には入り口で必要な包丁が(にぎ)られている。


「持ってきちゃった」

「……早く行ってあげて下さい」


 彼女は口元に手を当てながら出て行く。


「他が来たようだ」


 楔先輩が指差すモニターでは、廊下の突き当たりで騒ぐ三人が映し出されていた。


 地下の部屋に、棗さんが冷子先輩と、見たこともない男の人を連れて戻ってきた。服の上からでも分かるほど、引き締まった肉体に整った顔立ちをしている。


「まだ紹介していないのは彼だけだな。三年の長谷川先輩だ」

「イエローの長谷川(はせがわ) (あきら)だ、よろしく頼む」


 微笑んで手を差し出されたので、僕も笑顔で握手を返す。


 なんだか、心の優しい力持ち、ってのを絵に書いたような人だなあ。


「でも長谷川って……まさか水素化学の御曹司! こんなことしてていいんですか!」

「水素の区画で行方不明事件など起こされて、黙って見過ごすわけにはいかないからな」

「――ヒマだろうしな」


 冷子先輩がニヤケながら小声で(ささや)く。


「ちょっ……聞こえますよ」

「どうせ私はヒマだから」

「聞こえてる!」


 自己紹介を終えたところで、楔先輩が再び口を開いた。


桔梗(ききょう)の検索に引っ掛かっただけでも、すでに三ヶ月で同様の消失が十一件」

「すごい数ですね」

「捜索願が出ないんだ」


 旭先輩が取り(つくろ)うように言う。彼は街を仕切る水素の息子だから、なおさら歯痒(はがゆ)いんだろう。


「ニュースで流れている三件は別件だ。『委員会』のしわざだとすれば、家族は捜索願すら出さない」

「なぜです?」

電磁記憶操作(サイコトロニクス)を使っているからだ」


 その言葉、前にも聞いた気がする。


「やつらは、電磁波を使って人の記憶を操作する技術を持っている」

「じゃあ家族は……」

「家出か旅行と考えているか、あるいは()()()()()()()()()

「?」

「もし家の中に、家族の誰も覚えがないドアがあったらどうする?」

「そりゃ『なんだろう?』って覗きますよ」

「そのドアを認識する行動すら、記憶からすっぽり消えていたら?」

「……」

「それが()()()()()()()()()ということだ」


 怖い。とてつもなく怖い。


「プログラムによって、失う記憶にはある程度の指向性を持たせることができる」

「特定の記憶に(しぼ)れると?」

「だが、一つ条件がある」

「条件?」

「電磁波だからな。拡散もするし、空気中にも霧散する。当て続けなければ記憶が戻る」

「それ、効率悪いんじゃ……」

「だから事件を起こす時、やつらは(ひと)(ところ)を『実験場』にする」

「それが、今回はこの街だったと?」

「そうだ」

「でも、そんなリスクの高いことやってたら、世間にバレるんじゃないですか?」

「一度バレただろう?」

「え?」

「バレたから、記憶を持つ者、一族郎党、知り合いに至るまで皆殺しにしただろう?」

「え? え?」

()()()()()

「でもあれ、愛を口にした者が……」

「やつらは戦時中、ある兵器の実験をしていた。だがそれは国内どころか、敵国にバレた。実験していた二か所に、最新の爆弾が落とされようとしていた。(あせ)ったやつらは、あろうことか記憶操作の対象に、『愛』を組み込んだんだ」

「愛って……」

「愛というより、『情』の限定排除(カテゴライズ)だな。そんな種の保存に(つな)がる思考、(おさ)えられるはずが無い。人々は思い出したように口にする。そして脳が焼き切れて死ぬ。人の脳は、死ぬ時に強い電磁波を拡散する。つまり、死ぬ時にそばにいた者、告白を受けた者や、偶然でも立ち合わせれば感染してしまう。電磁記憶操作(サイコトロニクス)に関わらず、爆発的に広まってしまった」

「大事件じゃないですか」

「そうだ。大事件だ。だから戦争どころじゃなくなっただろう?」

「もしかして、国は……」

「五大企業と手を組んで、やつらを上回る電磁記憶操作(カバーストーリー)を拡散した。脳に負担が掛からないよう、真実を少しだけ公開したんだ」

「それが、告白事件の正体……」

「時の天皇陛下は、一人で秘密を抱えるのに疲れてしまった。だからそのまま、五大企業に国を託して退(しりぞ)いた。今は一部の者が知るのみだ」

「先輩は、どうして知っているんですか?」

「言う必要は無い」


 ここまで(しゃべ)っといて……この人は。


「さて、記憶操作から外れる他所からの調査で十一件、きっちり一晩に一人だ」

「しかし十一件とは多いな。多くの記憶を操作できる巨大な装置が、どこかに設置されているはずだ」

「長谷川先輩、場所についてはこちらで調べる。自由に動けるよう、水素側に便宜(べんぎ)を頼みます」

「分かった」

「ホワイト」


 楔先輩は、それまで部屋の隅で微笑んでいた棗さんに声をかけた。


「はい」

「夜のうちに街の中心部を()()()()くれ。こちらは消えた人間の位置関係で調べる」

「了解しました」


 なんだか、この二人は家族というより主従関係に見えるな。


「オレは?」


 冷子先輩が目を輝かせながら割り込む。


「レッドは自宅待機」

「なんで!?」

「冷子君は、うるさいからな」

「冷子ちゃん、目障(めざわ)り」

「先輩って、なんかイラッとしますよね」

「ヒドイ! レッドはリーダーなのに……」

「グリーン、君も冷子と一緒だ。自宅待機」

「はい」


 あっ、自然に返事しちゃった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ