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急遽決められてしまった住み込みのバイトとその体験。『異世界管理』とは一体何をする仕事なのか、っていうか今更だけど異世界って何?などなど疑問しかないが、ある意味人生を買われてしまった三太には拒否権などなく、『今は流れに乗っておこう』と、楽観視するしかなかった。そして記念すべき職場体験初日を迎える。
「三太さ〜ん?起きてます〜?」
そんな声で目を覚まし、スッっと起き上がり・・・なんてできるわけがない三太は、わかっちゃいるけど起きられない状態でだらだらとしていた。
少し経ち静かになったな、と思いながらも意識が手を離れそうになる。それをなんとか引き戻し・・・・この中途半端な感じっていいよね。よくない?そんな意識の綱引きを楽しんでいると、ふと人の気配を感じて重い瞼の封印を解く。
「あっ、起こしちゃいました?ふふっ」
「あ、あぁ・・・おはよう。起こしに来てくれたの?」
「・・・!そうでした、起こしに来たんでした!」
てへっといった感じが似合う。ルイナさん、もしかして天然?
それからルイナお手製の朝食とおいしいコーヒーをご馳走になり、双子と共にじーさんの待つ地下室へと向かう。
前回来た時は真っ暗だったが、今は灯りもあって明るい。部屋の奥には酸素カプセル?日サロマシーン?のようなものが3台鎮座している。その背後からじーさんが姿を現す。
「ほっほっ、よう来たの、三太君。」
「おはようじーさん。それ何?酸素カプセル?」
「酸素カプセルではないんじゃが、これに入っている間はそれ以上に健康になるぞい。」
「なっ・・それはすごそうだな。じーさんが若く見えるのもそれのおかげ?」
「ほっほっ、それはまた別の理由じゃ。それにワシにはこれを使う意味はないからの。」
このじーさんは、孫が17歳だというのに50代に見える。なので年齢不詳というか、そんな印象を受けるのだ。そんなじーさんが酸素カプセルよりも健康に良いらしい機械を自分には必要無いと言う。それすなわちそれ以上の若返り健康法のようなものがあるということだろうか。ま、俺の人生をM&Aしちゃうくらい大富豪らしいしなんでもアリなんだろうな。
「じゃあこの健康器具は誰が使うんだ?」
「それはもちろん君じゃよ、三太君。」
「え?バイトって健康器具のモニターとかそういうやつ?」
「ほっほっ、確かにこれを使えば今の世界も異世界に見えるほどの成果がでるやもしれんがの、そうではなくこれで異世界に行くんじゃよ。」
「冷凍されて打ち上げられたりとかしない?」
「しないしない。その辺は安心してほしいぞい。」
それからこの酸素カプセルのようなものは、所謂『転移』するための装置という説明を受けた。
一通り軽めの説明を聞いたが、普通の人間にはにわかに信じ難い、というかまったくわけのわからないことなので『こんな感じ』というイメージくらいしか頭に入らなかった。
この転移装置の正式名称は聞き慣れないというより聴き取れない言葉でわからなかったので、『カプセル』と呼ぶことにする。カプセルはそれ自体が転移することも、中身だけを送り飛ばすことも、魂だけを送り出すこともでき、それらをコピーして別世界に再現することもできるらしい。本物と偽物の体と魂を組み合わせて別世界に顕現することによって自由に活動することができる、全てコピーであっても意識だけを乗せることも可能なので基本活動はそれでやる予定とのこと。ちなみに本物以外に関しては総じて魂のエネルギーを使うことになるので、エネルギー不足等の活動限界と共に意識はこちらに引き戻される。
理屈はわからないけどこういうことらしい。電脳世界に意識をダイブするとかそういう考え方で合ってるっぽい。それでその間の生命維持をカプセルがしてくれるということで、酸素カプセルよりすごいとのこと。こんなスーパーマシーンでゲームの世界に入って生活できるとかなら、もう一生入ってられるな。などと思っていると、それを察したレイナから『ごはんはないからずっとは無理だよー?』と言われてしまったが、本体そのものが転移すれば行った先で普通に生活できるらしい。しかしリスクが高く回収に時間が掛かる場合がある。
大体こんなところだろうか。細かい事を言われてもわからないので良しとしよう。
説明だけでもうだいぶ時間が経っているので、昼食後に体験するということになった。
昼食がてら双子の役割を聞くことになった。そう、この双子もいずれかの方法で転移が可能なのだという。しかし三太ほど魂が生み出すエネルギーは多くないので、三太に便乗してサポートがメインのお仕事なのだとか。
昼食後にくつろいでいると、ルイナがコーヒーを持ってきてくれてそのまま横に座った。
転移ってどんな感じなのかなー。ってか転移ってほんとにできるのか?亜空間がどうの、そのために必要なエネルギーのほとんどは電力ではないから電気代に関しては省エネじゃ!とかなんとか言ってたが・・・。それにこの子も一緒にいくのかぁ、楽しいと良いな〜などと呑気に考えているとふと目が合った。
「?・・お昼寝、します?」
そう言われて膝に吸い込まれるのは必然だったわけで。恒例になったなでなでも当然喜んで受け入れる30代なわけで。あぁ・・・だめになりそう。そんな男だ。
とてもいい気分になっている横でレイナは『アタシも膝枕するールイナどいてー!』などとうるさくしていたが、今はお呼びでないので静かにしていてほしいものですね。
ルイナの膝枕を堪能し、英気を養ったところで『ドキわく!異世界転移〜体験版〜』のお仕事があるので地下へ行こうとすると、レイナが服をつまんでムスッとしていたので「疲れるらしいし戻ったらレイナたのむね」と適当に言っておいた。満足そうだったので良しとしよう。というか、なんでこの双子にここまで良くされるのかが未だにわからないんだよな。あとで聞いてみるか。
俺は中央のカプセルへ、双子の姉ルイナは左へ、妹のレイナは右へ。今回は全てコピーなので例え向こうで骨が折れようが体に穴が空こうが大丈夫らしい。『大丈夫じゃ、おそらくの」とじーさんが言ってたので多分大丈夫なんだろう。双子はどうするのかというと、今回は便乗するらしい。所謂憑依とかそういうやつだ。体全体に憑依することも可能なのだが、省エネということで姉は左腕、妹は右腕に憑依しサポートをするという。実は二人ともコピーで転移した経験はあるらしいのだが、エネルギー不足で半日と持たなかったのだとか。じーさんによると、俺なら丸1日くらいならいけそうだとのこと。そこに二人の分を差し引いて、15時間くらいの予想だとか。
それぞれのカプセルが転送を開始し、しばらくすると体の感覚がなくなり、一瞬の後感覚が戻った。目を開けて辺りを見回すと、窪地に転送されたらしい。登った先には青々とした草原が広がっており、『草原の村』とでもいうような小さな村があった。そんな景色を確認すると、頭に直接響くような声が聴こえてくる。
『あーあー、マイクてすマイクてす、聴こえるかのー?』
「聴こえるけどどうやって返事すればいいんだ?んー、念じればいいのか・・・?」
『ほっほっ、聴こえるようじゃの。声に出してもよし、念じてもよし、じゃよ。」
「盗聴でもされてる気分だな。」
『心配せずとも聴かせたい意思がなければ聴こえぬぞい。この通信にもエネルギーを使うのでな、なるべく省エネ設計なのじゃよ。なので普段はお互いの緊急時のみ繋げるのがよかろう。』
「なるほど、了解。で?これからどうすればいいんだ?」
『近くに村があるじゃろう?そこで村の様子でも見てくると良いぞい。こちらの世界には無いものが見れるじゃろうて。』
「わかった。行ってみるよ。」
そうして遠くに見える村を眺めてから歩き出す。「本当に異世界・・・なのか?もしかしてゲーム・・・」つい呟いてしまう。
『ゲームじゃなくて、ちゃんと異世界ですよ?ふふっ』
『そうそう、ちゃんと異世界だよー?でもこんなゲームがあったら・・・あったら一緒に遊ぼうね、おじさん☆』
ルイナに続いてレイナも肯定する。ゲームがあったら・・・っていうかすでにゲーム感覚だよな。そんなことよりも、腕(に憑依した双子)と会話してるから尚更ゲームにしか思えないよな。ところでサポートって何するんだろう。道案内とか暇な時のお話相手とか?それなら大丈夫そうだな。しっかりもののルイナに賑やかしのレイナ、布陣は万全だ。
歩きながらこの世界がラジエントという名前で現在地は主国と言われる、所謂一番大きな国から一番遠い場所だということや、魔法が存在していることを教えてもらった。
魔法か。俺にも使えるのかな?そう思いながら試しに人差し指を立ててその先に意識を集中し・・・『燃えろっ』と念じてみる。すると火が出た。確かに燃えている。俺の指がな。「あっちぃー!」思わず叫んで消火すると、双子が言う。
『わっ、三太さんすごいです!魔法できちゃいましたね!』
『おじさんすごーい!実は向こうの世界でも魔法使いだったりするのかな?☆』
レイナの期待には沿えないが、今のが魔法らしい。まず必要なのはエネルギー(魂の力=SPまたは魔力等)、内包したものでも外部のものでもいいとのこと。次に法則を構築するための演算力もしくはイメージと詠唱・・・なのだそうだが、生憎俺にはそんな頭脳はないことは自覚している。ではなぜ発動したのかというと、望む結果を魔法として具現・事象化する存在を肯定する魔法、概念魔法の一つなのだという。簡単そうに思えるが、これは魂の強度と素質を必要とする。どちらが欠けても行使できない上に、素質はまた別の問題なのだという。先天的に持っている者は神の系譜に連なる者と言われ、後天的に得た者は選ばれしものと言われるのだそうだ。
ちなみに指ごと燃えてしまったが、『自分が燃えない炎』といった条件付きもできるようになるらしい。思っただけで思い通りになるなんて、とんでもない魔法があったものである。ところでこれって、制御できるんだろうか・・・。まぁなんとかなるか。ちなみに本体ではないので痛みもほとんどないし放っておいても問題ない火傷については、魔法の実験に使うことにした。細胞の再生が〜とか難しく考えすぎて失敗。火傷する前まで時間戻ればよくね?と思ったがこれも失敗。諦めてルイナに回復魔法をかけてもらう。
『《癒術式概念魔法》:ヒール』
すると火傷が消えていく。痛みももう無い。ルイナも概念魔法使えるのか。それにしても癒術式ってなんだろう?
『概念魔法は属性が無いので、その方向性や属性を定めてあげて、魔法の名前も決めてあげると結果をイメージしやすい上に治る過程もイメージしやすいのでうまくいきやすいんですよ。言葉にしたのは意識してイメージの手助けにするための詠唱の代わりみたいなものと思っておけばいいですよ。ふふっ』
ほうほう。ということは『風属性式概念魔法:下から吹き上げる風』とかにするとスカートが捲れるのかな。
『・・・はい。うまくイメージをコントロールできればそうなると思います。』
聴こえていたようです、心の声。不可抗力で筒抜けちゃうのを忘れてた。
『今度ルイナに使ってみれば〜?アタシはすーすーしそうだから遠慮しとくね☆』
『・・やめてくださいね?』
「そ、そんなことするはずないじゃないデスカー」
ルイナさんこわいです。普段の優しいルイナさんがいいな。
『ふわっと魔法講座』を聞いているうちに村へと着いた。賑やかとは言えないが宿場町になっているらしく村に入ったところからも何件かの宿が見える。行き交う人々はRPGのいかにも村人といった風体の人がほとんどだが、中には布や革でできているであろうリュックのようなものを背負っている人、外套で顔しか見えない人もいる。商人か冒険者といったところだろうか。俺の格好も似たようなものになってるし、おまけにフード付きの外套で膝まで隠れているので特に問題はなさそうだ。
「武器を持った人とかが見当たらないんだけど、ここにはモンスターとか魔物とかはいないの?」
『いるよー魔物。森とか山にいるくらいで人がいるところには滅多に来ないけどねー。おじさん戦いたい系?意外に武闘派なのかな?だったらオススメスポットがあるからあとで行ってみる?』
「そうなのか。一応いるんだな、魔物。で、魔物ってどういうやつ?」
『んーとねー、時々動物が魔物になったりするんだよー。そうそうアレみたいに。』
レイナの言葉と同時に右手が勝手にある方向を示す。その先には、目が真っ赤に血走ったちょっと大きめな・・・・いや、結構巨大なイノシシの魔物が村に向かって突進してくるのが見える。それに気付いた村人が顔を青ざめさせながら「魔物だー!」と騒いでいる。あー、結構騒ぎになるってことは珍しいっていうのは本当らしい。そんなことを思っていると魔物はもう村のすぐ側まで来ている。足速いのな。
よーしここはひとつ、覚えたての魔法を使ってみるか。えっと、まずは動きを止めたい。透明な壁、空気の壁をイメージして・・・
「《風属性式概念魔法》そこには見えない壁がありますよ?」
というよくわからない魔法名を口走りつつ意識を集中した。すると、周囲の空気が目標地点へ向かってゴオオオオっという音を立てる。強風で転んでいる村人が数名。直後、完成した空気の壁にイノシシが激突する。ゴーンという空気が震えるような、除夜の鐘のような音が鳴りイノシシがピクピクしながら倒れた。3メートルくらいの巨大イノシシ、のような生き物。これが魔物か。
騒ぎを聞きつけて村の自警団がやってくる。すでに倒れているイノシシを見て何が起こったのかわからずにいるようだが、まだ生きていることを確認すると戸惑いながらも剣でトドメを刺した。頸動脈をざっくり。うーん、すごい血飛沫。グロい。
『三太さん、逃げましょう!』
ルイナの言葉で我に返り、よくわからないけどその場を後にした。その後話を聞いてみると、あまり魔法を使える事を知られない方がいいらしい。特に概念魔法は神の領域と言われる魔法なので、バレればいろいろ大変なことになるんだとか。
「ところで魔法ってさっきみたいな感じでいいの?」
『上手にできていたと思いますよ。でもできればもっと周囲に影響がないようにしたほうがいいと思いますけどね・・。』
「うーん、概念ってなんなんだろう・・・わけがわからなくなってきた・・。」
『だいじょーぶだよ!おじさんならすぐ上手になるって!アタシが保証するよ☆』
『三太さんはSPの総量が桁違いなので、もしかしたら事象の改変をした方がいいかもしれませんね』
「事象の改変?この石ころを金に変えるとか?錬金術?」
『大体そんな感じです。それどころか何も無いところに金を作ったりすることもできるとは思います。ただ物質化するとなると消耗が激しいので、ある事にしたりない事にする方がいいかもしれませんよ。』
「それってイノシシが突進してきたときに、『壊れない壁にぶつかった事にする』とかも可能だったり?」
『はい、それなら可能だと思います。相手の力によって壊れない強度がどのくらいか変わるので、それによって消耗の度合が変わる、といったところです。難しく考えるよりもイメージしやすいと思いますよ?ふふっ』
「なるほどねー。二人はそういうことできるの?」
『以前試してみた時は、消耗が激しすぎて一時的に魔法が使えなくなりました・・・。』
『あれはひどかったよねー。おじーちゃんがしてみろっていうからしてみたら、しばらく動けなかったもんねー。』
二人の場合はSPの総量がまだ足りないらしく、これから伸びていくとじーさんは言っていたらしい。
俺の場合は地下室の魂を吸収しちゃったのもあって問題ないとのこと。でも今は実際の体でここに存在しているわけではなく、この体自体がSPによって作られているので常に維持費を支払っている状態なのだという。では実体でここに存在した場合はどうなるのか。ゲーム的に言えばSPの自然回復があるのである程度消費してしまってもそのうち回復するんだとか。ただし怪我をすると今よりも痛いし、下手をしたら死んでしまう。じーさんが緊急的に回収してくれればいいのだが、それも絶対ではないのだとか。『帰るまでが遠足』という懐かしい言葉が脳裏をよぎった。
「そういえばさ、魔法って帰ってからも使えるの?」
『それは無理だと思います。元の世界では魔法が原則禁止のルールがあるとかで・・・。』
『あっちでも使えたらおじさん、悪いことに使っちゃいそうだよね〜。スカートめくりとか☆』
「やらんわい。やってみたいけどな。」
・・・ルイナの冷たい視線を感じたのでこの話はここまでにしよう。
レイナのおすすめスポットが気にはなったのだが、偶然にもイノシシの魔物に遭遇したので見送ることにした。それから村を散歩し、丁度一周したところで急に眠気が襲ってきた。どうやらこれがSP切れのときの症状らしい。今回はこの辺にして、じーさんに回収を頼むべく念じる。
『おや三太君、そろそろ帰るかの?』
「あぁ、頼むよ。なんだかすごく・・・眠いんだ・・・・。」
『わかったぞい。』
その言葉が聴こえるなり、俺の意識は途絶えた。
目を覚ますとそこは、見覚えのある地下室だった。双子姉妹に連れられて自室のベッドで横になる。そしてまた至福の感触である。
「ん・・・ルイナ?」
「アタシだよ☆」
「なんだ、レイナか。」
「ぶーぶー!戻ったらって約束したじゃん!もう忘れたの?ボケ始まってるの?」
「あー、そういえばそうだったなー。こんなに疲れるもんだとは思わなかったから、レイナでも十分良い寝心地だぞー。」
そう言いながらレイナの腿に手を載せてほぼ無意識でさする。
「ひゃっ・・・もー、おじさんやっぱりえっちだなー☆」
そんなことを言いながら頭を撫でられる。薄れゆく意識の中、ルイナよりちょっと撫で方が雑かな?と思う。まぁいい。どうであれ役得だから甘んじて撫でられておこう。多少の不満なぞ気にしない。俺は懐が深い男なのだ。
こうして俺の『ドキわく!異世界転移〜体験版〜』は無事に終了したのであった。