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じーさんが突拍子もないことを言いだした。わけもわからず固まっていると、「まぁ我が家に行ってからでもいいわい」ということで着替えを1着持ち、ちょいワルじじいと化したじーさんのバイクで喫茶店『アフロディーテ』の奥にある家に向かうのだった。
「帰ったぞぃ。お土産もちゃんと連れて来たぞぃ。」
「お祖父様おかえりなさい、三太さんも。」
『ふふっ』と笑顔で迎えてくれるルイナ。
「うん、またお邪魔するね。」
「お邪魔だなんて・・・」
なぜかちょっとムスッっとしたがもじもじしているルイナを見ることができたので、お土産扱いされてることには目を瞑ろう。じーさんにはこれでも恩があるような気がするし。
まぁ実際のところ俺は巻き込まれただけではあるが、それでもその後のフォローはしてもらってる。まだ1日だけだけどな。
じーさんに付いてリビングに来ると、5人掛けくらいの大きな革張りの長椅子が対面で1脚ずつ、その間に長方形の木製のテーブルがあった。これだけ見てもとても豪華だ。だってたぶんだけど、ソファーとテーブルで自動車1台分くらいかもしれない。まったく・・・どんだけ富豪なんだよ。
促されるままに対面に座る。
「それでさっきの話じゃがの、あの部屋を引き払う気はないかの?」
「・・・は?いや、だから、は?」
「じゃからの、ここに住む気はないか、と聞いておるのじゃ。」
「ここって・・・この家に?」
「うむ、そうじゃよ。ここなら部屋も余っておるし風呂も良い、それに家賃もタダじゃ。むしろ給料も出す。そしてなにより、ワシのかわいいかわいい孫たちと一つ屋根の下じゃぞ?その孫お手製のおいしいご飯も待っておるぞ?」
次々と畳み掛けるように、そしてその一撃一撃が超重量級の破壊力。こんな魅力的な好条件、滅多にないだろう。
「・・・でもバイト先がここからだと遠いしな・・。それに職場も・・・」
「あぁ、それなら問題ないぞい。ワシにかかれば三太君の一人や二人解雇させるなぞ指を動かすより簡単じゃからの。」
風呂もだけどこのリビングも自分の『力』を見せつけるために俺に見せたってことか・・・。
完全にハメられた。人生オワタ。とはいえ命の保証はされてるっていうことなんだろう。殺すつもりならそもそもそんな無駄なことはしないはずだ。昨日の話にあった俺の魂に混ざっちゃった別の魂を分離することもできないようだし、そうなると・・・あっ、俺の魂自体が目的かもしれないわけか。全て信じたわけじゃないが、そういう普通じゃなさそうなもののためならいくらでも金を積むくらいはしそうではあるな。
「・・・俺の魂が目的なのか?」
「理解が早くて助かるのぉ。そうじゃよ、それも目的の一つじゃ。」
「じゃあ俺を殺して魂だけを取り出すこともできるわけか。」
「できなくはないんじゃが、それをそうするわけにはいかんのじゃよ。」
「なんで?殺した方が簡単なんじゃないのか?」
「どうやら物騒な思考になっておるようじゃから訂正しておくが、殺す選択肢は今の所ないからの。そこは信用してくれてかまわんぞい。」
「そうか。じゃあ、そうだな、殺さない理由を教えてくれ。」
「それはじゃな、そんなことをしたら孫になんて言われるか・・・。」
「は?なんだそれ。」
「なんだってそのままの意味じゃよ。二人とも三太君を気に入っているようじゃしの、ワシも気に入っておるし、そもそも孫に嫌われたくないんじゃもん。」
「じゃあ俺を生かして何かに利用しようっていう事だな?一体何をさせるつもりだよ。犯罪ならお断りだぞ。」
「実は三太君に頼みたい仕事があってのぉ。そのための、へっどはんてぃんぐ、じゃよ!」
ヘッドハンティングっていうかネックカッティングされるかと思うような脅しをされた気がするんだがな。
とりあえず俺は殺されないらしい。それでいて文句のつけようのない好待遇。どうしたものか、とは言っても逃げ道はなさそうだし流れに任せるのもアリか。
脳内会議の結果がでたところでリビングに乱入者が現れる。双子姉妹のルイナとレイナだ。
「お祖父様、先ほどから聴いていれば・・・三太さんで遊ぶのは楽しいですか?最近ハマってるドラマがM&Aを題材にしてるからと言って『三太君の人生をM&Aしてやろうワシ天才じゃね?他の追随許してなくね?』などと思ってらっしゃるわけではないですよね?わかります、えぇ、わかりますよ。そんなことを考えるようなお祖父様ではないですものね?」
と、笑顔ではあるが少し早口で捲し立てるルイナ、目が笑ってない。しかし人生をM&Aとは、座布団1枚。
隣ではレイナがうんうんと頷いている。
「・・・ほっほっほっ、当たり前じゃろう?三太君にはあくまで待遇に納得してもらうつもりだったんじゃよ?三食とルイナの膝枕で昼寝付きもこれから提示する予定だったんじゃよ?」
じーさんは顔を青くしながら言い訳している。さっきまでの脅迫混じりのM&A宣言を聴いてたみたいだし、さすがにそんなのが通るわけ
「そ、それならいいんですよ。」
とおるんかい。まったく、なんなのだこの茶番は。さっきまでの俺の絶望感の意味。
「そういうことでいいかの、三太君?」
「仕事内容をまだ聞いていないんだが・・・」
「ほっ!そうじゃったの。一言で言うと『異世界の管理』なのじゃが、まぁ難しいことは望まぬよ。基本的に異世界で目に余る事を処理してほしいのじゃ。」
「・・・・いせかい?」
「そうじゃ、異世界じゃ。まぁそれは実際に行ってみるのが手っ取り早いじゃろう。」
「不安しかないけど・・・どうせ選択肢はないんだろう?」
「そうじゃな!ふぉっふぉっふぉ!」
「お祖父様!」
悪ふざけをする祖父を叱る孫、俺に『こわいじゃろ?』と小声で言ってくるじーさんは無視だ。レイナはよくわからんがルイナは俺を大事に扱ってくれるようだし、なんとかなるだろ。たぶん。
それから2時間も経たない間に俺はバイトをクビになり、アパートは退去したことになり、荷物はこの家の昨日泊まった部屋、双子の部屋の向かい側に運び込まれた。仕事?あぁ、仕事は大丈夫なのだ。なぜなら俺の仕事は、作家とかそういう部類だからな。出勤するオフィスがないからクビにしようがない。まぁ売れっ子ではないし本を出版しているわけでもないから融通は利く。
荷解きを半分ほど済ませてベッドに座って休憩していると、ドアがノックされルイナとレイナが入って来た。
ルイナは隣に座り、じーさんの悪ふざけを謝罪してくる。気にしてないということと絶望感から救い出してくれたことに礼を言うと、恥ずかしいところを見られたといった様子でもじもじしている。それを見たレイナが隣に座り、自分の太腿をとんとんと叩く。
「おじさん、昨日のお詫びにアタシが膝枕してあげるよ。急でびっくりしちゃっただけだから、ごめんね?」
などとらしくないことを言うものだから、素直に応じることにした。
昨日の出来事を回想しながら、むしろ口の中が幸せだったとか自分が不能じゃなかったことを再確認できた、などと思っても言わない。
「おじさん、今えっちなこと考えたでしょ。」
ほんとこの子は鋭い。おじさん困っちゃう。おっと、お兄さん困っちゃう、だ。まだ諦めてないからな。俺は諦めの悪い男だ。
「・・・(またしてあげよっか?)」
ルイナにも聴こえないであろうほどの小声で耳打ちされた言葉が衝撃的すぎて思わずそちらを振り向くと、その勢いをレイナの自前クッションに吸収される。良い匂いがした。
それを見たルイナが「だめー!」と言って膝に俺の頭を載せたままのレイナをベッドに寝かせてなにやら二人できゃっきゃしている。背景は百合の花、間違いない。
それにしても昨日今日の短期間で、俺はずいぶんとこの二人に籠絡されそうになってるな。いや、もうされてるのかもしれないが。とはいえ双子は俺の半分くらいの歳だってことを考えるとなぁ・・・。自分に対してロリコンのレッテルを貼れそうな気がしてくる。あぁ、でも年齢はそうでも身体はそうでもないから違うといえば違う・・のか?まぁそんなことはどうでもいい。俺は細かい事はなるべく気にしたくない男だ。
脳内で審議中のそんな問題はおいといて、明日はここでの仕事である『異世界管理』を体験することになるらしい。晩御飯と風呂を楽しんだ後、今日はゆっくりと休むように、と言ってじーさんは地下室へ行った。俺はというと、ベッドで横になってゲームをしている。これも心の休養なのだ。そうしている間に瞼が重くなり、睡魔が眠りに誘う。