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もう時間も遅いこともあって今日は泊めてもらうということになり、晩御飯をご馳走になりその流れでなぜかじじいと風呂に入ることになった。『我が家の風呂は特別』と言っていただけあって二人で入れるくらいの広さはあるのだろうとは思っていたがこれは・・・・。
脱衣所で服を脱ぎ籠に入れる。腰に巻ける大きさのタオルがあったので、一応巻いておく。恥じらいを忘れない。俺は日本男児なのである。
「ほっほー、どうじゃ!これが我が家自慢の風呂じゃ!」
「なっ・・・!これが風呂・・・だと!?」
驚愕だった。そこに広がっていたのは周囲を竹の柵で囲われた、和風露天風呂。
広さとしてはおそらく10人以上が同時に入れるくらいの岩風呂で有名な温泉地と見紛うほど。常にお湯が流れ込む、所謂掛け流し風呂というものか。
これが家にあるとは・・・いやはや恐れ入った。もしかしたら大富豪のお世話になっているのではないだろうか。
場違いな雰囲気に飲まれつつ、恐縮しながら湯に浸かる。じーさんはタオルを頭に載せて恍惚の表情になっている。それに釣られて俺も恍惚の表情となったのは言わずもがな。
「「ふぅ〜」」
揃って風呂を楽しんでいると、脱衣所から声がかかる。
「お祖父様、三太さん、着替え置いておきますねー。」
「はいよ〜、ありがとうな〜。」
「は〜い、ありがと〜。」
じーさんに続き俺も返事をする。なんだか二人とも気の抜けた返事だが、この風呂はそれだけの魔力を秘めているので仕方ない。ルイナは返事を聞くと「ふふっ」と小さく笑って辞した。
「じーさん」
「なんじゃ〜?」
「この風呂最高だな・・・」
「じゃろぉ〜」
「「はぁ〜」」
それから20分ほどで上がったが湯中りしてしまってふらふらしながら案内された部屋に行くと、そこにあったベッドに倒れこむ。
「ぅ〜〜、良い湯だったけど・・・・長湯しすぎたなぁ・・・。」
「大丈夫ですか?」
そう言いながらベッドに腰掛けて俺の横顔を心配そうに手でパタパタと扇いでくれるルイナ。あぁ、涼しい。
不意に頭を持ち上げられ、直後左の頬がひんやりとした心地良さを覚える。
「こ・・・これ・・は・・・もしや・・・ひざま・・くら・・」
息も絶え絶え、ほぼ確信しつつ言葉を絞り出す。ひんやりして良い匂いがする。なんだか今日は、良い日だな。
「はい、今日3回目ですね。ふふっ」
そう言っているルイナはきっと優しい表情をしているのだろうな、そう感じた。こういうときって大体お邪魔虫が来るようにできてるんだよな。まぁ誰とは言わないが。ほら、足音が近付いてきてる。バーン!
ドアが勢いよく開け放たれ、膝枕をしているルイナにズルいだなんだと言っているレイナがいるが、気にしない。
今この瞬間(時)を生きている。俺はそういう男だ。
「ちょっ・・!レイナ、あなたなにして・・・!」
「いいからいいから!この方が効き目あるって!脂肪の塊だし冷やすのに丁度良いでしょ!それー☆」
何が起きてるんだと思い顔を上に向けて目を開けようと試みる。直後顔にやわらかくてひんやりしたものが押し当てられ、息ができない。
「あっ!ちょっ!急に動くからずれ・・・あぁんもう大人しくしろー」
ずれ?なんぞ。そんなことより息ができない。ふがふがと力の入らない体でもがいていると、鼻に何かがツンツンと当たってこしょばゆい。もがいた甲斐あって口を開ける余裕ができ、大きく開けて呼吸をしようと息を吸い込み・・・
「あっ・・・んんぅん・・」
そんな声と同時に、『かぽっ』という間抜けな効果音でも付きそうな勢いで口に何かが嵌った。何かが舌に触れて、反射的に舌が動いてしまう。
「ひゃぁぁん!!」
同時に覆いかぶさっていたものから解放されて目を開けると、そこには服を胸の上までずり上げて、腕でBの地区を隠して立っているレイナがいた。膝枕の主を見ると顔を真っ赤にしてアワアワしている。もう一度レイナを見ると、服を下ろしてはいるがこちらも顔を赤くして俯いている。ちょっと涙目だ。
「二人とも、どうしたの・・?」
恐る恐る聞いてみるも、それには答えず二人は連れ立って風呂に行った。
まだ少しぼーっとしてはいるが、明日のバイトをどうしようか考えている間にだんだん眠くなってきた。
「三太君、ワシじゃ、入るぞい。」
「あ、じーさん。」
「うむ。三太君の具合が良くないというのに、レイナがうるさくしていたようじゃが・・・悪気があったわけではないと思うんじゃ。勘弁してやっておくれ。」
そう言って軽く頭を下げるじーさんに、申し訳なくなり問題ない事を伝える。するとじーさんは、明日のバイトに間に合うように送ってくれると言いだした。
「それでの、送っていくので、バイトが終わったら迎えに行くということでいいかの?」
送る条件とばかりに迎えに来ると言う。まぁ明日は昼にバイトが終わればあとはフリーなのでいいのだが。
「でも一度家に帰りたいんだけど・・・。」
「そうじゃな。ではこうしよう。バイトが終わる頃に迎えに行くので、その足で三太君の家に向かう、ということでいいかの?」
「はぁ・・そういうことなら。お願いします。」
なにやら明日もここに戻ってくることになったが、1日ここにいただけで割と気に入ってしまった自分がいるからそれでもいいだろう。なるようになるさ。
「ではの。一眠りして目が覚めたら表に出てくるといいぞい。」
そう言うとじーさんはドアを閉め、部屋に静寂が訪れた。
はぁ。今日はいろいろあったなぁ。気絶して膝枕されて魂?に突撃されて気絶して膝枕されて絶品カルボナーラをご馳走になって風呂でのぼせて膝枕されてそれで・・・・。
今の俺はさっきまでと違い考えられる男であるからして、先ほどの膝枕の最中に何が起きたのかをフル回転で脳内検証した結果、顔を包み込んだアレはレイナの・・・おっぱい・・・。そしてつい舐めてしまったアレは・・・Bの地区・・・だよな。そりゃあんな態度も取られるわ。
あー、終わった。もうダメだな。やっちまった・・・やっちまったああああああああ!!!
心の中でそう叫びつつも、ある一箇所に集まる血流を自覚しつつ、疲労した体は意識を手放した。
2時間程で目を覚ますと、時計は午前3時半。「やばっ」と焦りながら荷物を持ち表へと出る。するとそこで全身黒で統一された革ジャン革パンのライダーじじいがサイドカー付きのハーレーと共に迎えてくれた。
「このフォルム!素晴らしいとはおもわんかね!HAHAー!いくぞいサンタよ!」
なんかもういろいろおかしいけど気にしない。俺は空気が読めてスルースキルも持ち合わせている現代日本人なのだ。
場所を伝えてヘルメットを受け取り、サイドカーへと乗り込む。送ってもらっている間、じーさんは上機嫌そうに運転していた。こういうちょいワルじじい、結構かっこいいよな。
5分前出勤という完璧なタイミングでバイト先に到着し、バイトが終わり次第じーさんのバイクで俺の家、まぁ家と言っても6畳一間のアパートなわけだが、そこに向かうということになった。
そして11時を回り、今日は早上がりでいいよと正社員さんから言われたのでちょっと早いがじーさんを待つことにした・・・のだが。
連絡先知らないんだよな。まぁ少し待ってればいいんだろうけど、予想外にも早く上がれてしまったのでどうやって時間を潰そうか、と考えていた。
『turrrrrrrrr』
着信?誰だろう。知らない番号だ。
「はい、もしもし?」
『あっ!おじさ〜ん?バイト終わった?出たってことは終わったってことだよね?』
「あ?あぁ、レイナ・・か?なんで番号知ってるんだ?」
『そりゃあそのスマートフォンを受け取った時に決まってるジャン☆』
ジャン☆じゃねーよ。遠慮なしかよ。まぁいいけど。実際困ってたし。
「あぁそうかい。で?終わったけどどうした?」
『おじーちゃんねー、おじさんを送って行ってから帰って来てないんだよー。だからねー、たぶんその辺でブイブイいわしてると思うからバイト先で待ってると良いと思うよー。』
「あっそうなの。ところで学校どうした?花の女子高生じゃなかったのか?」
『ふっふっふー!うちの学校普通のとことちょっと違うから一昨日から長期休みだよ☆』
「なーるほど。そうだ、昨日はなんかすまなかったな。冷やしてくれたおかげで回復が早かった気がするぞ。」
『・・・・おじさんのえっちー!・・・・ツーツー』
否定はしないが不可抗力だから無効だ、という弁明が街の雑踏にかき消されたところで颯爽とハーレージジットソンが登場。例によってサイドカーに乗り込み、アパートの場所を伝える。『オーケー任せな!』という感じに親指を立てて了承の合図をしてくる。なかなか様になってるな。道行くおばさま方の目に惚が浮かんでいるぞ。
そして3分くらいで1日振りに懐かしの我が家へと帰還せし俺。懐かしく思うほどありえない体験のオンパレードだったからな。そう思うのも仕方ないだろう?
じーさんも部屋まで付いて来た。一宿一飯と送迎の恩に報いるには程遠いが、こんなこともあろうかと棚にしまっておいた最高級玉露をベストな温度で淹れて差し上げた。恩にはなるべく報いたいと思う、俺はそういう男だ。その間に着替えを準備しよう。昨日風呂場で回収された俺の服が朝には綺麗になって部屋の前に置いてあったのでこのままでもいいのだが、また泊まることになるかもしれないという予感がするので1着でも持っていけば良いだろうなと思っている。
「ほっほぉー。これはこれは・・・」
そう言って「ふぉっふぉっふぉ」と笑う。
まぁね、それすごい高かったからね。俺も試しに一服飲んだ時、お茶で甘みと深みのハーモニーを感じて次飲みたい気持ちをなんとか忘れて今日に至ったからね。
「ところで三太君、ここを引き払う気はないかの?」
「・・・は?」
今日も今日とて、このじーさんと双子の主に妹の方から振り回される日になるのだろうか。