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地下室で見た豆電球?のようなものの正体は魂だった。にわかに信じがたい話だが、俺の好奇心が疼いていることもあって、一応信じる方向で行こうかと思う。その魂とやらがどうやら俺の魂に入り込んだらしい。よくわからないがじーさんは深刻そうにもしていないし、ま、なんとかなるだろう。
「魂に?入り込んだ?どういうこと?」
「魂という存在はわかるかの?」
「ちょっとよくわからないですね・・・」
「はぁ・・・まぁよい。言葉で理解することはほぼ不可能じゃからの。掻い摘んでそういうモノがあるとだけ覚えてもらえばよいじゃろう。まず前提として魂は存在する、ということでいいかの?」
「心とかそういうものなのか?フワッとした感じでならなんとなくわからないでもないかな。」
「心≒魂というのが正解に近いのじゃが、その『ふわっと』でよいじゃろう。ではそれを踏まえて説明するぞい。」
それからじーさんの『フワッと理解!猿でもわかる魂の引力講座!』が始まった。
猿にわかるかどうか謎だけど。
要約するとこういう事らしい。
前提として魂が存在する。その魂というのはエネルギーの塊であり、魂によって性質が違う。性質が違うというのは、善なる魂は善行を行う場合は悪行を行う場合よりも効率よくエネルギーを生み出す。つまり善なる魂の持ち主は善の行動を取るための気力や体力といったものが悪なる行動を取る場合よりも湧いて出る。善悪の判断基準は経験によって左右される。悪なる魂はその逆である。
魂というのは時間の経過やエネルギーの消費具合によって摩耗する場合がある。普通なら身体の寿命が尽きる前に擦り減り始めるらしいのだが、俺の場合はそうではなかったらしい。ここに来た時点で普通の人の半分くらいしかない状態だったのだとか。魂が小さくなっていた分、その器には隙間ができていたので意識がない間に器を魂の大きさに合わせる、ダウンサイジングをしようとしていた。しかし俺の魂の器は、なぜか効果が現れなかった。その原因というのが・・・
「三太君、君は急に活力が湧いてくるようになったような感覚を覚えた事はあるかの?」
「あ、あぁ。そういえば最近仕事とバイトの掛け持ちをして2時間程度の睡眠でもそんなに疲れないな。」
「ふむふむ。それと君のすまーとほん、ばってりーが長持ちするじゃろ?」
「長持ち?んー、ゲームに使ったりするけど12時間くらいだし、普通なんじゃないの?ほら、最近のって性能いいっぽいし。」
「え・・・?ゲームなんてしたらその半分も持たないよ?」
そこでレイナが割り込んでくる。
俺は実際に使って良ければ良い主義だから実はそんなに詳しくないんだよな。それとは逆にレイナはカタログスペックを結構重要視するらしい。買うまでに吟味して『これ!』といったものを狙い撃ちするタイプか。意外だな。
「と、いうわけなんじゃよ。」
「と、いうわけって、どういうわけ?」
「じゃからの、魂はエネルギーじゃ。その性質は魂によって異なる。そして魂は、引かれ合うものなのじゃよ。地下にあったモノは魂じゃ。それを囲う立方体は器の代わりじゃった。しかし目の前に分身とも自分自身とも言える同じ魂の一部を感じ取ったんじゃろう。あの魂は欠けているように見えたじゃろ?その失った部分は、君の中にある、ということさの。」
「・・・・あぁ・・・それでこっちにくっ付いちゃったと。」
「そういうことじゃ。理解してもらえたかの?」
「まぁ・・・なんとなくは。ところでなんでスマートフォンが長持ちすることになるんだ?」
「それはの、その魂の性質としか言えんの。その辺の細かい事はいずれ、でいいじゃろ。」
「そうだなぁ。長持ちするに越したことはないしな。むしろ得した気分だしいいか。しかしそうなると放電でもしてるのか?某電気鼠みたいじゃないか。」
「あっ!わかるぅ〜!かわいいよねアレ!だからおじさんもかわいく見えるんだね☆」
「おじさんじゃねーから。いい加減にしてくれよ。見た目だって『大学生くらいだと思ってました』って言われるんだぞ。だからだろかわいく見えるのは。」
レイナのからかいにも多少慣れてきたので相応の対応になる。
「ふふっ、たしかに三太さんは大学生のお兄さんくらいに見えますね。実際そう思ってましたし。」
「ほら言った通りだろ?だからレイナ、おじさんじゃなくてお兄さんと呼びなさいよ。」
お茶請けと共にコーヒーとジュースと日本茶と紅茶を給仕してくれていたルイナが渾身の援護射撃をしてくれたのでレイナに釘を刺しておく。ちなみにレイナはそんなことは知らないとばかりに煎餅かじってた。
「ほっほっ、ずいぶん打ち解けたようじゃの。こんなにレイナが楽しそうなのは久しぶりじゃぞい。」
「へぇ、そうなんだ。普段からこんなだと思ってた。」
「ところで、今日はもう遅いから泊まっていくかの?」
「いや、さすがにそれは・・・」
じーさんの言葉で時計を見ると『22時54分』を示していた。
終電まであと2分。駅まで全速力で走っても間に合わない。始発は朝の6時なのだが早朝バイトに行くには家から10分、ここからなら2時間といったところか。さっきのじーさんの話の通りなら、電車など使わずとも自力でなんとでもなりそうではある。それに、若い女の子たちと一つ屋根の下にお泊まりなど、下手をしたら事案である。不可抗力のラッキーが起きてもそれは事案になる可能性だってないわけじゃない。そういう不安くらい感じるってもんだ。が、その思考を無視するようにじーさんは続ける。
「それにほれ、腹、減らんかの?」
確かにコーヒーとお茶請けだけで朝から過ごしてるし、うん、減ったな。
「そういうわけじゃからまずは晩飯じゃの。」
「じゃあ私、準備してきますね。腕によりをかけますから、楽しみにしていてくださいね、三太さん。」
そう言ってふふっと笑みをこぼしながら退室するルイナ。いちいちゆるふわでかわいいんだよな。きっといいお嫁さんになる。良い孫をもったな、じーさん。
そんなことを思っていると、レイナは俺にスマートフォンのゲームを一緒にやろうと言ってきた。実は俺のスマートフォンは、レイナが受け取って電源が入るかも確認していたらしい。その時に自分がしているのと同じゲームを俺がしていることを知ったのだとか。
RPGのゲームで、強い敵を何度も倒していくと装備が集まっていき、もっと強い敵を倒せるようになるという一般的なゲームである。一般的とは言っても、キャラクター、ストーリー、サイドストーリー、戦闘のバリエーションなどなど気に入っている要素が多く、他のユーザーと交流もできて共闘もできるという『僕が考えたさいきょーおもしろい要素満載のゲーム』といった感じのゲームで、サービス開始から5年経過している現在も根強い人気によりユーザーは増え続けている。
俺はこのゲームをサービス開始時から時間を見計らってはプレイしている。少しの課金でいろんな要素を楽しんでいる、所謂エンジョイ勢というやつだ。一方レイナはというと、1年と少し前に始めたらしい。なかなか倒せない敵がいて、共闘システムを使って一緒に倒した。俺にとってはなんでもない相手だったが、レイナはわーきゃー言いながらもがんばってた。一方じーさんはというと、その様子をお茶を啜りながらニコニコしながら眺めている。孫が楽しそうにしているのを見るのが楽しい、といったところか。
「できたよ〜」
ルイナがドアを開けて俺たちを呼びに来た。
「レイナったらまたゲームばっかりして!たまには手伝ってよね!」
レイナに対し、プンプン!といった表情で腰に手を当てて言う。怒っててもかわいいな、などと思っていると・・・
「返事は!?」
と、言われて思わず
「「はぁい、ごめんなさい。」」
レイナと俺が声を揃えて言った。二人で一緒に遊んでいたと知り、ルイナは俺に対して怒ってしまって申し訳ないような感じであたふたしている。
「ささ、飯にしようかの。」
じーさんの一言で揃ってダイニングキッチンへ向かう。
ダイニングテーブルは木製で明るい色合いの8人くらいは座れそうな大きめのテーブルだった。もちろん椅子のデザインもそれとセットになっている。そこには人数分のカルボナーラパスタと、スープ、そして場違いにしか見えないが、どんぶり一杯のたくあんが1つ置いてあった。じーさんはテーブルの一番奥、たくあんの席に座る。俺は二人に促されるままにその対面へ、横にはルイナとレイナが並んだ皿を少し俺側に移動させながら座った。
「よりをかけてとは言いましたが、夜も遅いのであまり重いものは避けたほうがいいかなと思って、三太さんが好きそうなパスタにしました。お口に合うといいのですが・・・。」
申し訳なさそうなルイナだが、パスタは大好物なので俺としては一番うれしいメニューだった。それにしてもルイナはどうして知ってるんだろう?
「あれ?俺がパスタ好きなの知ってたの?」
「おじさんさー、前にお店でルイナとちょっと話してたじゃん?その時にパスタが好物って聞いたらしいよー?それでね、お店終わってから『パスタが好物パスタが好物・・・・』ってブツブツ独り言言っててちょっと引いた☆」
「あ〜、そういえばそんな話したこともあったような。でもこんなおいしいカルボナーラを作ってもらえたし、好物を覚えてもらえるようなお客さんになれてよかったよ。めっちゃ得した気分。」
そう言いながらうまうまと食べていると、両サイドから小さなため息が聴こえた。おいしいものを食べるとため息が出るのは仕方ないよね。
ルイナはフォークに巻いた麺がときどきばらけてしまったり苦戦しながら綺麗に食べている。
レイナは巻くことを諦めてちゅるちゅると食べている。
じーさんはずるずる音を立てながらたくあんをバリバリ食べてる。
俺はというと、長年の経験から巻いた麺はほとんど散ることもなく、多少散っても啜るのではなく舌で巻き上げて食べている。
「おじさん、食べ方ものすごく綺麗じゃん。麺食べてるのに音がしない人なんて初めて見たよー。」
「そうね、三太さん、食べ方もすて・・・コホン、上手ですよね。」
なんだか変なところで感心されたようだ。まぁ対面にいるじーさんがデフォじゃそれも仕方ないか。
「麺類っていろいろあるけどさ、啜ったり啜らなかったりで味というか風味が変わったりするから、これが絶対ってわけじゃないよ。ただ基本的なマナーというか、ラーメンや蕎麦は啜るもの、パスタは啜らないもの、っていう暗黙の了解みたいなものがあるから、人目につくところではある程度それらしくしておこうかなっていうだけだよ。」
実際に和風パスタみたいなものだと啜った方が鼻を抜ける風味で一味足されるように感じたりするからな。
「なるほど。そうなんですね。三太さん、いろいろ知ってそうですね。ふふっ」
「へー、おじさん食べる時にそんなこと考えてるんだねー。ちゅるちゅる」
「ぱりぽりぱりぽり・・・・」
それから雑談を交えつつ楽しい晩御飯の時間は過ぎていった。
思えばこういう団欒みたいなもの、久しぶりだなぁ。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「さて三太君、どうせお泊まりは決まったようなもんじゃし、風呂、行こうぞ!」
「えっ、さすがにじじいと二人で入るとか嫌なんですけど。」
「まぁまぁそう言わずに。我が家の風呂は特別じゃて、きっと気にいると思うぞい。」
もうすぐ0時を回ろうかという時間だし、連れ立っても大丈夫な程度の広さはあるのだろう。他にも不安がなくなったわけではないがなんだか今日は疲れたしせっかくの好意だ、甘えることにしよう。