12
この世界における最も辺境の村の一つ、ハテ村。ここで俺は熊の魔物を一人であっさり倒してしまう。それによって村では英雄ともてはやされることになる。その日の夜は夢のような体験をしてしまったわけだが、レイナの『次は』という言葉に期待やら不安やらを抱えつつしばらく滞在することになる。
「ふわぁぁ・・・」
大きなあくびをして妙にスッキリと目が覚める。昨日は久しぶりの酒でちょっと記憶があやふやな部分があるが、とてもいいことがあったような気がする。
二人はもう起きていたようで、着替えを済ませていた。朝風呂に入っていたらしく、若干ほかほかしている。
「あっ・・三太さん、おはようございます。」
「・・・おじさんおはよぅ。」
少し俯きながらおはようの挨拶をしてくる二人。
「あぁ・・二人ともおはよう。昨日はとんだ騒ぎになっちゃったな。」
「は、はい、それはそうなんですけど・・・ごめんなさい。」
「・・・ごめんねおじさん?ちょっとチョーシに乗りすぎた・・かも。」
部屋に戻ってからの記憶が走馬灯・・・。
「あ、あぁ、こっちこそ・・なんかすまなかったな?」
よくわからない返事をしつつ回想していた。
「でも次は、覚悟しててよね☆」
「はい、次こそは・・・・!」
「あ、あぁ・・はい。」
妙な気合いの入り方をしている二人を意識しないようにしつつ食堂へ向かう。宿の娘に朝食を頼んだ際「昨晩はおたのしみでしたね?」などと言われる。「お客さんは他にいないので私しか聴いてないんで大丈夫ですっ!」というフォローも鼻息荒めに付け加えられた。フォローになっているようななっていないような。
朝食を待っていると宿の入口から門番がやってくる。
「あんちゃん!昨日は助かったぜ!ありがとうな!」
「あーはいはい。礼は聴き飽きたよ。それに昨日はちゃんと報酬くれたし文句もないって。」
「それなんだが、ほんとに晩飯だけでよかったのか?」
「いいって。」
「そうか。邪魔したな!それじゃ俺は門番してくるぜ!」
この門番に対してこんな感じの態度なのは、日本の友人になんとなく似ているからだ。昔馴染みに近しい人に対して、似たような態度を取ってしまうことって、あるよね?年齢も同じくらいに見えるし尚更な。
それにしてもこの村、昨日みたいに森から魔物が来るかもしれないのにこんな装備で大丈夫なのか?今までなかったのだろうか。不思議に思い二人と話していると、朝食を持ってきた宿の娘が話に入ってくる。
「英y・・・冒険者様!この村は昨日の熊の魔物もいつもは近寄ろうとしないんです。見えるところまで来ても周囲をうろうろするくらいで。だから昨日みたいに村まで来ちゃうのが珍しいどころか初めてくらいなんですよ。」
やっぱ俺のせいなのね。ちゃんと狩ってから来ればよかったとも思ったが、被害はなかったしまぁいいだろう。
「英雄はやめてねマジで。それにしても村に近付かないのは何かあるからなのかな?」
「は、はい。昔この村はもっと大きかったらしいんです。でも森から魔物がたくさん来て、たくさん人が死んで・・・その時に勇者様が現れて魔物を退治してくれたんです。その勇者様はこの宿を出てすぐの泉に魔物除けを施して去っていったそうです。それからは魔物があまり寄り付かなくなった、と聞いてます。」
「なるほどねー。勇者ってすごいな。っていうか勇者とかいるんだな(笑)」
魔物除けを泉に、か。何かの魔法アイテムなんだろうか。うーん。興味あるぞ。それがあると野宿の際に便利そうだし。
「そういえば名前まだでした!わたし、ティニって言います!宿屋で働いてます!よろしくお願いします!」
「あ、あぁ、俺は三太。それでこっちの二人が・・」
「この子の姉のルイナです。ふふっ」
「レイナだよー!よろしくね☆」
「姉妹丼・・・どころか双子丼だったんですね・・・さすがです。」
そんな小声の納得はいらない。それに何がさすがなのかわからない。
「サンタ様、ルイナ様、レイナ様、みなさまはどのくらいこの村に滞在するご予定ですか?」
「様もつけなくていいんだけど・・・まぁいい。特に何もなければここから東にある山にでも行こうと思ってるよ。観光に。」
「か、観光?ですか?いやいやいや、観光で行っていいところじゃないですって!」
「え?なんで?そうは見えないけど実は火山だったりとか?」
「そうではなくてですね・・・出るらしいんですよ、ドラゴンが・・・。」
「ド、ドラゴン…だと!?」
「は、はい・・・恐ろしいですよね・・。」
「今すぐ行こう。見てみたい。」
「し、しんじゃいますよ!だめですって!」
宿屋のティニが食い下がるので、二人に意見を求めてみた。
「ルイナ、レイナ、二人はどう思う?」
「危険なのは間違いないと思いますけど・・・みてみたいですね。ふふっ」
「見たい!ペットにしたい!」
「ペットって・・さすがにトカゲは懐かないんじゃない?」
「サンタさ、んは勘違いしているようですが、ドラゴンはトカゲじゃないかと・・・。」
二人が笑いを堪えている。そりゃね、『さ、ん』って。
「大きなトカゲみたいな姿のドラゴンもいるとは聴いたことがありますが、決まった姿はないようなんです。」
「ほほぉ・・・なるほど。なるほど。」
ゲーム的に言えば、完全に特別な存在、しかも世界にとって特別な立ち位置だよねそれ。決まった姿はないけどドラゴンはドラゴン、ある意味概念に近い気がするな。ますます興味をそそる。そのうちこっそり見に行こう。
そうこうしている間に朝食を終え、一旦部屋に戻る。
部屋に戻ると昨日の記憶が・・・だめだだめだ、考えちゃだめだ。
しかしそれは二人も同じだったようで、昨日に近い雰囲気(酔ってないver.)を漂わせ始める。
「三太さん・・・」
「おじさん・・・」
だー!もう!だめです!こうなったら必殺:おあずけの術?先延ばしの術?を使うしかあるまい。
「わかったわかった。でも今はまだダメだ。そのうち機会もあるかもしれないしその時な。」
なんとか我慢していただいたところで、いろんな魔法とアイテムの案を考える。今の所は問題ないとはいえ、今だけかもしれないし準備をしておいて損はないはず。っていうかこういう世界やら事態に抜群の適応能力を発揮してるな、俺。
村人に見られる前提で詠唱なんてものをしたけど、見られない魔法なら、気付かれない魔法ならいいんだよな?それってどういうものなら可能だろうか。それに鷹の目なども改良しないと。アイテムは・・・双子の精神を安定させるアイテムとか作れないかな・・・あと魔物除け。楽をするために考えるのも楽じゃないな。概念かぁ…生と死、それも概念か。なら命令する形のだってできるはず…。などなどいろいろ考えていた。
その頃双子は宿の娘と話していたり食堂の手伝いをしたり、充実した時間をすごしていたようだ。
「おじさん!ティニがね!宿代タダにしてくれるって!」
「ふぇ?どういうこと?」
「私たちが村にいる間、時間のある時にティニさんの食堂のお仕事を手伝うことにしたので・・住み込みの短期バイトみたいなものですかね?それに三太さんが村にいるだけで村が守られる、とおっしゃっていましたので・・・。」
「なるほど、いざという時の用心棒みたいなものか。」
「それにさー、宿代がかからないなら長居してくれるかもしれないって言ってたよ?アタシは長居するって言ったよ?」
「おい勝手に・・・まぁいいや。それもそれでアリかもな。」
「でしょでしょ?これで・・時間もたっぷりあるし☆」
そういう魂胆か・・・。なんだろう。俺は男なんだけど、乙女になった気分。
「あ、あぁ。それはまぁ、そのうちな?」
悪戯な笑みを浮かべてレイナは風呂に行くと言って部屋を出た。ルイナもそれに続いた。
もうそんな時間か。ずっと『ぼくがかんがえたさいつよの魔法』を考えているうちに時間の概念を喪失していた・・・。ん?時間、時間か…。
そうして概念のスパイラルに陥った俺は、軽く誘惑してくる二人には目もくれず夜遅くまで思考の迷宮を彷徨うことになった。
翌朝、ベッドから懐かしい香りがしていることに気がついた。懐かしいといってもほんの数日ぶりなのだが、シャンプーの香りがする。ルイナはティニの手伝いに食堂へ行っていたのでレイナに聞いてみると、じーさんが指輪の収納の中に入れておいてくれたらしい。気付かなかった・・・ずっとこっちの世界にある石鹸と品質が粗悪な歯ブラシ使ってたよ・・・。他に何か重要なものが入ってないかじーさんに尋ねることにした。
『じーさん、今大丈夫?』
『おや、おはようさん。どうしたんじゃ?困りごとかの?』
『そういうわけじゃないんだけど、じーさんの指輪の収納の中にさ、シャンプーとか歯ブラシ以外にもなんか入ってるのかなって思って。』
『あぁ、倉庫のことかの。』
『倉庫っていう名前だったのか。普通だな。』
『虚数空間内環境調整結界空間、面倒なので倉庫で充分じゃ。その中には特に何も入っとらんぞ。必要なら何か送るがの。あと倉庫には一応リスト機能もあるのでの、意識すれば見ることができるじゃろう。』
『わかった。ありがとう。』
倉庫のリストを見てみると、確かにシャンプーと歯ブラシ、大中小のタオルが数枚、あと日本で1本7千円くらいする滋養強壮ドリンクが入っていた。それと実はベッドとソファーを含む簡易住宅セットまで…。他にもいくつかあったが、ドリンクを見つけてしまったところで見るのをやめた。
「ねぇおじさん、昨日遅くまで起きてたよね?」
「ん?あぁ、眠れなかったか?ごめんな。」
「んーん、新しい魔法のこと考えてたのかなって。」
よくわかったな、とも思ったが、この世界『ラジエント』に来てから考えることと言えば大体魔法のことくらいしかない。わかって当然か。
「そうなんだよ。いろいろ魔道書にも覚えさせてアイテムのレシピも増えたんだけどさ、どうしてもわからないのがあってなー。」
レイナが頭に『?』を浮かべている。
「『時間』についてなんだけど、全然だった。魔道書を改良して、魔法を創っていく過程で実行可能かどうかを仮検証して、できそうなら途中まででも書き足されるようにしたんだけど、全然だった。」
「うーん、よくわかんない。魔道書がどんどん魔改造されてるのだけはわかるけど・・・。」
レイナが深刻そうなトーンで話しているのが珍しい。がんばって考えているようだ。
「ま、そんなわけでさ、今のところ時間を止めたりはできなそうだ。それができたら便利そうなんだけどなー。」
「ま、まさか時間を止めてその間に・・・キャ////」
わざとらしく両手で顔を覆う。でもレイナ、指の間からからかうような目が見えてるぞ。
「ほぉ、それもいいかもしれないな・・・レイナが知らないうちに・・・ぐっへっへ」
「・・・ぐっへっへって、三太さん、何してるんですか・・・。」
いつもからかわれてるからからかい返しただけなんですぅー!という言い訳をするが、いつの間にかドアを開けて部屋に入っていたルイナはため息を吐いていた。「わからないうちにする必要なんてないじゃないですか・・・。」という呟きと共に。
ルイナの呟きは聴こえなかったことにしよう。
ふと外が少し賑やかなように思える。窓から外を見てみると、見慣れない馬車が停まっていた。この世界初めてみた馬。毛は地球と違って長い。そのくらいしか違いがわからないな。
気になって外に出ると、村人がこの間の熊の魔物の毛皮や干していた肉、乾燥途中の内臓などの売買交渉をしているようだった。
「お!見ない顔だね!新参かい?とりあえずいろいろ持ってきてるから見てっておくれ!」
商人なのかな?豪胆そうな女性だ。いかにもおばちゃんって感じ。見てってというので馬車の中を覗いてみるとシルクのような布や薄い布の服、弓矢、おそらく鉄製であろう剣、赤や黄色の果物等があった。
いろいろあるんだなー、そう思っているとティニがやってきて布を買おうとしている。必要分を買うには手持ちが少し足りないらしい。そういえばこの村で熊退治の報酬にもらった金貨が1枚だけあったな。
「この子が欲しがってる布、これで買える分だけ頼む。」
「おやおや、おにいさんこの子に惚れてんのかい?」
「いや、全然そういうことじゃない。この村には世話になってるから、その恩返しみたいなもんだよ。あとちょっとだけわけて欲しくてさ。」
「ほぅほぅ・・・よかったねぇティニ!」
ティニはなんとも絶望したようなトーンが消えた目をした後、なんとか持ち直して申し訳なさそうにこちらを見ている。
さて、わけてもらった布だが、ピンクっぽい色(所々やや染色にムラがある)で手触りは割とサラサラといったところか。これと材料に使った金貨の余りであるものを作る。金は縁に薄く溶かすようにして布の縁に染み込ませる。昨日の夜中、魔道書に覚えさせた金属を加工する技術だ。まぁイメージしただけなのであとは魔道書さんにお任せである。魔道書さんは使用毎に発展するイメージを補完していくようになってるので、ドロっと融けるイメージからどんどん修正してなんとか使えるレベルになった。
食堂で夕食を済ませ、食後に部屋で寛いでいるときに先ほど作ったものを渡す。
「はい、これ二人にプレゼント。とは言っても実験の副産物みたいなものだけど。」
そう言って金で縁取られただけのシンプルなリボンを二人に渡す。
「ありがとうございますぅ・・」
「おじさんありがと!お礼にちゅーしてあげる!ちゅっちゅ☆」
ルイナは泣きそうになっていてレイナにはいろいろと奪われたが、喜んでもらえたようでなによりだ。
「三太さんはどういう髪型が好きですか?」
「今のままでも良いと思うけど、ルイナは後ろでゆるく纏める感じも良さそうかなー。いや、前に持ってきちゃっても良さそうだなー。」
ルイナはリクエスト通り首の後ろ辺りで緩めに結んでいる。うん、いいね!
レイナはというと、所謂ポニーテールというやつだ。レイナに合うな。それで刀でも持ってたら…『爆☆烈』などと言いながら刀を振り回す危ない女侍になってしまいそうだな。
その時、一瞬魔道書が光った気がした。まさか…勝手に刀のレシピとかできてないよな…?レイナにはバレないようにしたい。とはいえ刀の形状をイメージした程度だし本形態にしてるわけでもないから機能してないはずなんだが。それに機能していたとして、刃紋やら反り具合やら太さ重さ厚みといろいろあるわけだしな。それに鞘もなく抜身で持ち歩くわけにも キラリッ…お?ま、まさか…。いや、まぁ、ね。必要そうな金属もないし0から創るのも大変そうだし今日は魔道書は見ないでおこう。キラキラリッ
そんな感じで今日も一日が終わった。久しぶりにのんびりしてただけの一日だったな。
二人は今日も両サイドで腕に巻きついているのだが、もう慣れたものである。この程度どうということは・・・たぶんない。
ということで今日も睡魔に意識を預けよう。




