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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
99/133

弐拾肆ノ舞 氷姫は嗤う

24話にしてやっと出てきた神流!

ここから4章クライマックスまで突っ走ります。


ここでお知らせが2つ。


明日4/1 22:00より、本作のスピンオフ作品「夜桜神楽」の連載を開始いたします。

(全18話、全話執筆済み)

https://ncode.syosetu.com/n3261ga/

(4/1 22:00以降に有効になります)

本作のヒロイン・北神咲良が主人公のスピンオフとなります。

良ければこちらも読んでいただけますと幸いです。


かなり個人的事情ですが、結婚式準備があり、またしても執筆時間が確保できない為、明日投稿の4/1のエイプリルフールSS掲載後、一時休載とさせていただきます。

次話の25話は「夜桜神楽」の連載終了後5/7 21:00に掲載いたします。

「――――以上が報告だ」


「そ。とりあえず、ご苦労様と言っておくわ」



 東京のど真ん中。

 オフィス街の中でも国の政治を司る中枢地帯。

 その中の一室に白髪の女が居た。

 本来の部屋の主を押しのけて本革張りの椅子に座り、漆黒のロングドレスのスリットから覗く脚を優雅に組み、部屋の主に背を向けて東京の夜景を眺めている。

 口調こそ対等に思えるが、その様子から、女と部屋の主の力関係は一目見て明らかだ。女の方が上。

 部屋の主は国家権力の中でも相当上の力を持っている筈であるというのに、女は全く怯む様子も無く大胆不敵にただ座している。



「それにしても【神流(かんな)】、南条一哉から特級鬼闘師の権限を奪う事に何の意味が? 状況が上手く回ったので私の思い通りに事も進められたが、かなり無理矢理な手を使った事には違いないのだがね」


「…………」


「目的ぐらいは教えたところでバチは当たらんと思うのだが?」



 部屋の主は一向に自分の方を向こうともしない女に内心苛つきながらも、その様な様子を一切見せる事も無くただ粛々と問いかける。


 部屋の主は、この国ではいわゆるエリートと言われる部類の初老の男だった。

 かつては男もこの国の為という熱い意志を持って、様々な思惑が渦巻く政治の世界に飛び込んだ。だが、究極のトップダウンの世界に飛び込んだ彼の前に若者の理想は悉く砕け散り、自分の理想を形にできる立場になった時には、理想は野望へと変わり果てていた。


 神流はそんなおりに突然現れた。この国に根付くとある組織の幹部であるという彼女には、直接間接、逆らえるものが誰一人として居ない。そして自らも、その指示には逆らえない立場に居ることを知らされた。表舞台には決して干渉してこないが、組織の長・『黒帝』の代理人として彼女が現れたとき、自らもその駒にされてしまう。


 だがこの日、指令の進捗確認を理由に神流がこの部屋を訪れた本当の理由は極めて個人的なものであった。



「余計な詮索は無用、いつもそう言っている筈だけど」


「余計な詮索とは心外だな。私は貴様個人の手駒では無いはずだが? それに私も忙しい身でね。日夜この日本の為に粉骨砕身しているのだよ。その為にも――――」


「黙りなさい。佐奈を自分の野望の手駒にしておいて、よくそんな白々しいセリフが吐けたわね」



 ここで神流は初めて椅子ごと振り替えって男の顔を見た。もちろんその眼は敵意に満ちた冷たいものであったが。

 神流は腰まで届く長い白髪を毛先の方で緩くまとめ、大きな目と高い鼻、うっすらとした整った唇と、いわゆる美人と言われる類いの見た目ではあるが、その濁りきった黒真珠の瞳が彼女がただ者ではないという事を如実に表している。


 美人が凄むとそれだけで迫力が出るというものだが、しかし男は場馴れしているからか、怯む様子を一切見せない。むしろ憎々しげな視線を神流に返して不満を隠そうとしない。



「私の部下を選ぶのに、貴様の許可を一々得る必要は無いだろう。それともかつての身内に情が移ったか?」


「――――っ!」



 そしてこの男が頭を垂れながらも不遜なのは、何より、神流の()()を知っているから。

 神流は8年も前に人間としての生を終え、そして社会的にも抹消された存在。もはや変わり果てた彼女をかつての彼女と認識できる人物はほとんど居なかったし、神流自身がここ最近までは表舞台にほとんど顔を出していなかったが故に、彼女の素性を事細やかに承知している者は数えるほどしかいない。

 だがしかし。いや、だからこそ、彼女のかつての姿を知る人間であるこの部屋の主は何を引き合いに出せば神流との交渉を有利に進められるか、この上なく熟知しているのだ。



「何が目的なの、須藤? 正直に答えなさい」



 神流はすぐさま立ち上がると、部屋の主の男――――須藤公彦に、どこからともなく取り出した青黒く光る禍々しい日本刀を突き付けた。その刃先から漏れ出る冷気、そして神流自身が放つ殺気を浴びれば、常人であればすぐにその脅しに屈してしまうだろう。

 しかし須藤は曲がりなりにも様々な思惑と陰謀渦巻く世界をその実力と手腕、そして口撃で潜り抜けてきたある意味の猛者だ。そしてそれ以上に須藤は知っている。



「脅迫か、神流。だが、それは私にとっては何の意味の無い事だよ」


「なに…………?」


「脅迫というのは、それを実際にやると思わせられるからこそ効力を発揮するのだよ。貴様が私を殺す? あり得ない事だな。『黒帝』様に言われているのだろう? 表舞台の人間に対して直接手を下さない様に。そうとなれば、貴様の脅しは意味を為さない。もっと頭を使いたまえよ、()()()


「ちっ…………! 余計な事だけは知ってるのね、須藤!」



 須藤の言葉に対して、神流は舌打ちをして刀を下ろして再び腰を落ち着ける事しかできなかった。

 当然のことながら、神流がその気になれば須藤の首など瞬きの間に落とす事ができる。そしてその死体の処理すら、神流の陰霊剣の能力を用いれば片手間でできてしまう。


 だが、今の神流にその手は取れない。

 その理由の一つはもちろん所属する組織の圧倒的なカリスマ『黒帝』からの申し付け。トップからの直接の命令である以上、無視するわけにはいかない。

 実際問題、先月【壬翔】が一哉に撃破された時点で組織の計画は既に新たなステップに入っている。その新たなステップを慎重かつ確実に推し進める為に、『黒帝』は極力裏舞台で動き続ける方針を変えていない。

 その命令の一つが、表舞台の人間を安易に消さない事であった。

 【壬翔】が当初の予定以上に世間を騒がせてしまったため、表舞台への痕跡をしばらく消す必要があったからだ。


 そして須藤に手が出せない理由がもう一つあった。



「私に万が一の事があれば、南条一哉は『処分』される事になっているのだよ。処分理由は『特級鬼闘師の権限剥奪を不服とし、反逆を起こした』、なんてどうだろうな?」



 普段、神流は誰かを人質に取られたとしても何の痛手も無い。だが、一哉だけは別だった。それは組織の思惑云々ではなく、神流個人の目的が永遠に潰えることを意味するのだから。



「ふざけるのも大概にしなさい。大体、何の権限があってそんな好き勝手に――――」


「もちろん『黒帝』に決まっているだろう。ふざけているのは貴様の方だ、神流」



 それまでの不遜な態度とはまた違った、ドスの効いた声を出す須藤に対し、今度は神流が息を飲む番だった。

 立場としては神流の方が上。そして、本来であれば須藤は絶対に逆らえない立場の筈であることも忘れて。



「ところで知っているかね、神流。どんな頑丈な堀も、蟻の一穴によって崩れ去るというのだよ」


「は? 何の話よ。そもそも貴方、私に対してそんな態度を取って良いと思ってるの?」


「まあ、聞きたまえよ。蟻は穴を掘り出すと縦横無尽に穴を拡げていく。我々のわからないところでね。そうして拡がっていった穴はやがて堀の強度を落とし、少しずつ崩していって最後には堀が決壊する」



 須藤は自らのデスクに手をついて身を乗り出し、そして未だ革張りの椅子に座り続ける神流を睨み付けた。

 そして小さな声で、だが神流には確実に聞こえる声で囁いた。



「『黒帝』程の男が蟻の存在に気がつかないとでも思っているのか?」


「――――っ」



 神流の顔が忌々しげに歪んだのを見て、須藤はニヤリと嗤いながら嘲笑の視線を神流へと投げ掛ける。



「つまり貴様は『黒帝』からの信頼を得ていないということだ。南条佐奈を特級鬼闘師にしたのは確かに私の思惑だが、貴様は彼女が陰霊剣に目醒めた事すら知らんのだろう?」


「佐奈が? 嘘でしょう?!」


「南条の監視は貴様の任務の一つだというのに、その体たらくはどういう事かね。貴様の個人所有の【魔人】を造るのは結構だが、任務を放棄してまでやることだとは思わんがね」


「そんな事まで…………。情報の出所は北神所長ね?」


「ご苦労なことに、皆『黒帝』に忠誠を誓っているのでね。怪しい動きがあれば、即報告が上がるようになっているのだよ。貴様、8年も『黒帝』の傍に居ながらそんな事も知らないのかね?」



 須藤はそこまで言い終わると、姿勢を正して神流に背を向けた。

 神流はそんな須藤の様子を見て思わず立ち上がった。

 それは須藤の言葉に違和感を覚えたから。



「貴方、その言い方、まるで『黒帝』様に忠誠を誓ってないみたいに聞こえるわよ」


「完全には、だ。それは貴様も同じ事だろう。」



 須藤は相変わらず神流に背を向けたままだが、神流の眼にはどこか友達を見つけた子供の様に須藤の姿が映った。

 そしてこの直感は恐らく間違いではない。

 須藤も神流と同じく、自らの目的の為に『黒帝』の傀儡の立場に甘んじているのだ。



「貴方、やっぱりわからないわ。四天邪将の私にそんな話をするなんて、とても正気とは思えない」


「正気を失っているのは貴様の方だろう。貴様は【魔人】の真の完成体とはいえ、既に人間ではない。人間ではない者に正気を語る資格など無いと思うが?」



 須藤は再び神流に向かって振り返った。

 その表情は相変わらず嘲笑を浮かべている。

 だが、今度ばかりは神流もそれを言及する事は無かった。彼の目的が自身の野望の為に動いているとわかった以上、敢えて取り入ってでもこれを利用しない手はない。



「そうね。じゃあ、正気を失っている同士、対等な取引といきましょう?」


「ほう。貴様に私の望む取引材料が有るとは到底思えんが」



 あくまでも嘲笑の表情を崩さない須藤だが、その瞳の奥にギラギラとした光が灯った事を神流は見逃さなかった。交渉の――――いや、そう見せかけてこの男を利用する隙はここにある。



「貴方、【壬翔】が倒された今、彼以上の戦力が欲しいのでしょう? それも貴方の直接指揮下にある『対外室』の戦力・広告塔として。だから私の命じた一哉から特級鬼闘師の権限を奪う事のどさくさに紛れて、陰霊剣に目醒めた佐奈を無理矢理特級鬼闘師にしたのよね」


「それがどうした。その程度で私の考えを見透かしたつもりか? 笑わせるなよ、神流。陰霊剣の下りは別としても、そんな事、南条一哉でさえ知っていることだぞ。何しろ私自身が奴に突きつけてやったのだからな」


「まあ、思うところが無いわけじゃないけれど…………。じゃあ、貴方の忠実な手駒。それも命令を遂行するためのマシーンとして与えてあげると言ったら?」


「何…………?」



 ここで初めて須藤の表情が大きく変わった。

 半分は疑念の顔、そしてもう半分は興奮の顔。その2つの顔が全く隠せていない。

 紛れもなく餌に食いついた瞬間だった。



「だがどうやって? 南条一哉を餌にすれば多少は好きに動かせるだろうが、傀儡にするのは無理だろう」


「普通ならそうね。人間は理性で行動するから、どれだけ強く縛り付けたとしても、いつか必ず反抗する。でも、あの子が陰霊剣を習得しているのなら話は別よ」


「どういう事だ?」


「貴方に言ったところでわからないでしょうけど、陰霊剣を生きた状態で使うというのは、それだけでリスクなのよ。何しろ陰霊剣は――――」


「もういいわかった、オカルト話はウンザリだ。私には結果だけがあれば良い。忠実な奴隷と化した南条佐奈だけ手に入れば文句は言わん」



 明らかに嫌そうな顔で須藤は話を切った。

 元々須藤は対策院側の人間ではなく、寧ろ対策院の事を毛嫌いしているタイプの人間。自らの役に立つので神流ともこうして話しているが、そうでもなければこの様な取引、応じるわけもない。



「それにしても貴様は本当に人間を辞めたのだな。こうして面と向かって話していると益々そう思うのだよ。かつては貴様も愛していただろう身内をこうも易々と売り渡そうなど…………。とても人間のできる所業とは思えんよ」


「あら。私が人間でなくなったのは、間接的には貴方のせいでしょう? あの『長期任務』、そもそも基となる原案は貴方が考え出したのでしょう? 用済みになった西薗一族を『対外室』の尖兵にするための。貴方こそ正常な人間の思考を持っているとは思えないわね」


「ふん。結局計画は西薗一のせいで破綻したがな」



 神流も須藤も、おおよそ人間が持つとは思えない狂気を見せ合い、そうして契約という名の楔が出来上がっていく。知らぬ間に南条兄妹を蝕む楔が。

 須藤はデスクを回り込み、窓に近づいていく。そうしてしばらく夜景を眺めた後、神流の方へと首を向けた。



「はっきり言っておく。私が『黒帝』に従うのは、私の理想の日本が彼の元であれば実現できるからだ。強く、正しい日本が、世界の愚者共を踏みつけ、頂点に君臨する国を築けるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。貴様らの『神楽計画』とやらに加われば、高い精度で私の理想が具現化できる。そう踏んだからこそ、前任者から引き継いで貴様らの駒となってやってるのだ。私と個人的に取引したいのであれば、貴様も腹の内を明かせ。」


「なるほど?」



 神流もまた、ここで腹の内を明言した須藤の顔を今度は真剣な表情で見る。

 駆け引きも取り引きも、そしてその利益を一方的に搾取するのかされるのかも、このただ一瞬にかかっている事を理解しているから。



「いいわ、教えてあげる。私の目的はただ単純。あの子を限界まで追い詰めたい」


「バカを言うな。それでは『黒帝』の計画と何も変わらないだろう。あるんだろう、貴様独自の思惑が? それを話せと言っているんだ」


「そう言わずともすぐに教えてあげるわよ。私の本当の目的はあの子と真の意味で一つとなる事」



 そこまで聞いた須藤の顔が歪む。その歪みが怒りに変わる前に、神流は立て続けに話を再開した。



「安心しなさい。その後、私ごとあの子を『黒帝』に献上すれば『神楽計画』は問題なく進行するわ。貴方の目的を逸する事は無い」


「その保証は?」


「私が命を投げ出すと言っているのよ。信用なさい」


「既に死人の分際で何が『命を投げ出す』だ。反吐が出る」



 須藤は再び外の夜景へと視線を移すと、おもむろに懐に手を入れ、ライターとタバコを取り出した。そして、慣れた手つきでタバコに火を付け、その煙を目一杯肺へと行き渡らせた。



「けほっ、けほっ…………。貴方、オフィスでは禁煙よね?」


「ちっ…………うるさい女だ。この部屋の中では私が王だ。私がルールを決める」


「ほんっとムカつく男。斬れないのが残念でならないわ」


「ふん…………っ。業腹だが死人ごときに顎で使われる立場に甘んじているのだ。それ位の見返りはあっても良いと思うがね」



 須藤はタバコの煙を燻らせながら、変わらず夜の東京の街並みを見つづけている。神流もそれに従い、窓際に移動して夜景を眺める。

 東京の夜景を前に男女二人。一見ロマンチックに思えるシチュエーションも、狂気溢れる陰謀と、大人4人分は空いた二人の距離感が醸し出す空気の前に砕け散る。



「それで? 私は貴方から何を貰えるのかしら? 取引と言った以上、分け前の持ち逃げは許さないわよ」



 神流は離れて立つ須藤に顔も向けず、そう問う。



「当然私が支払う対価は情報だ。それも、貴様が『黒帝』から聞かされていない情報のな。今日は前払いとして一つだけ教えてやろう。あの『アイナ』と呼ばれる賊の居場所と正体を」


「なんですって?」


「一度しか言わんからよく聞いておきたまえ。奴の正体は――――」



 その答えを聞いた神流の口は愉しそうに歪められた。

今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

よろしければブックマーク・評価・感想お願いいたします。


ちょっと更新期間空きますが、見捨てずにいていただけると嬉しいです。

次話更新は5/7 21:00です。


新作「夜桜神楽」もよろしくお願いいたします。

https://ncode.syosetu.com/n3261ga/

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