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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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弐拾参ノ舞 愚者の刻、賢者の刻

当初西薗彩乃はぽっと出キャラであっという間に退場する筈でした。

プロットがあっても、途中変更が多いですね。

「ですが、貴女はやめておいた方が良くてよ。貴女、元々の霊力保有量が少なすぎるんですもの」



 声をあげる前に、余りにも痛すぎる指摘をされてしまった咲良は、パクパクと口を開け閉めするしかない。



「何ですの、その顔? まさか、この期に及んでまだ近接戦闘に活路を見出だそうとでも? 咲良、まさか貴女がそこまで愚かだとは思いもしませんでしたわ。」


「あっ、な…………っ! そ、そんな事無いわよ?!」



 とりあえずで否定はしてみるものの、さすがに咲良も誤魔化しきれるとは思ってはいない。

 いわば様式美の様なものである。

 とはいえ、この真剣な場でのその態度は、彩乃のジト目を生み出すだけである。



「いいこと? 怪魔と闘う鬼闘師と言えど、斬ったり殴ったりするだけが能じゃありませんわ。確かに連中との戦闘に霊術の運用のみというのは、近距離での対応に不安が残るのですが――――だからと言って全く戦えない訳ではありませんのよ」


「それはそうかもしれないけど……じゃあ、どうすれば……」


「さあ? その答えは貴女が自分で見つけなさいな。最初からそういう約束だった筈ですわ」



 そう言って突き放す彩乃の言葉に、咲良は"あの日"の事を思いだす。

 今自分がここに居る事を決意したきっかけを。

 覚悟が屈辱に変わった瞬間の事を。

 独学で学んだ鬼闘師の霊術を初めて使って戦った夜の事を。



『確かに祈祷師であるあなたが、こちら側の霊術をも習得した事には素直に称賛の言葉を贈るわ。だけど、実戦で使うのはやめなさい。自分の命が惜しければ――――――いいえ、一哉君をこれ以上の地獄に叩き落としたくなかったらね』



 そして脳裏に浮かぶ"あの時"の事。



『なるほど。貴女を確実に落とすために仕入れた記憶情報が仇となりましたか。でもまあ、いいでしょう』



 呼吸する様な調子であっさりと破られた自分の霊術。


 元々咲良は鬼闘師ではないのだから、「それでも仕方がない」と諦めたところで誰も文句を言うはずがない。諦めなかったところで誰からも褒められることは無いだろう。

 そもそも祈祷師である咲良に、怪魔や人造怪魔、そして「魔人」達と闘う必要性は無い。義務も使命もそこには欠片すら存在しないのだ。

 それでも――――



(私はあの人と――――一哉兄ぃと一緒に歩んでいきたい。公私共に、お互いがお互いを支え合っていける。そんな関係になっていきたい)



 元を質せば、その気持ちが全ての根源なのだ。

 あの【砕火】と戦った、5月のあの日に始まった、小さな決意。彼の隣に立つに相応しい女性となること。そして、必ず彼に気持ちを伝える事。その決意だけが今の咲良を突き動かしている。

 そして何より――――



(私は決めたのよ! もう絶対に諦めないって)



 そう自分の心に誓ったのだから。

 だから、無謀にも手を出したのだ。源流を同じくする術式でありながら、制御回路の全く異なる鬼闘師の霊術に。

 名家ゆえに大量に所蔵する古文書や各種資料、秘伝などを読み漁って。一哉に気取られること無きよう、密かに鍛練を積み重ねて。


 咲良の適性属性は「木」の一属性のみ。

 一番戦闘に向かない適性である事はわかっていたが、そんな事は咲良にとって諦める理由になりはしない。

 2ヶ月かかってようやく術の起動に成功し、それからはひたすらに精度を高める訓練。仕事をこなしながら一人で取り組む修行は正直に言って苦行の極み。元から少ない霊力量のせいもあって、練習量だって満足に増やせない。


 そんな中で回ってきた実戦の機会は、術の発動の機会こそ出来たものの、ほとんど役には立たなかった。術の発動速度は誰よりも遅く、脆く、そして意味などほとんど無かった。

 神坂美麻には明確に止められた。

 嶋寛二――――【壬翔】には身動ぎ一つで破られた。

 それでも諦めるわけにはいかないのだ。咲良の一哉に対する想いはそれ位で挫けたりはしない。


 だからこそ咲良は西薗彩乃に教えを請った。

 咲良にとって、対策院でも一二を争うほど嫌いな人物にも関わらず、それを押し留めて彼女へと連絡をとった。

 そうして思い起こされるのは、3週間前の事。



『咲良。珍しいですわね、貴女の方からわたくしに逢いに来るなんて。それも、貴女のお母上の伝手を使ってコンタクトを取って』


『西薗彩乃特級鬼闘師。貴女にお願いがあり、こうして参りました』


『え? ちょ、ちょっと咲良? 急に敬語で気持ち悪いですわよ…………? わたくし達の仲なのですから、もっと気楽にしてくださいな』


『いえ。身勝手なお願いだとはわかっておりますので、せめて失礼無きようこのままで』



 実際、北神家は南条家と強い繋がりがある他にも、西薗家とも付き合いはある。西薗彩乃は幼馴染みと言えるほど歳は近くないものの、それでも旧知の仲であった。

 それが西薗彩乃に頼み込んだ理由の一つ。



『なんか調子が狂いますわ。それで咲良? 貴女のお願いって何ですの?』


『私に鬼闘師の技を教え、鍛えて頂きたいのです』



 その時の彩乃の唖然とした顔は忘れられない。

 咲良が彩乃を一方的に嫌っているが故に知らなかっただけだが、西薗彩乃は存外表情豊かな人物なのだ。



『さ、咲良、貴女、鬼闘師にでも転向するつもりですの?』


『いえ、そんなつもりは微塵も。ただ私は力が欲しいのです。護るための、助けるための力が』


『貴女は祈祷師として相当優秀と聞いていますわ。そんな貴女がなぜ鬼闘師の術を? まさか怪魔と戦うつもりでも? 職務規定上、能動的に戦えないのに? 理解に苦しみますわ』



 咲良としても、この反応は予想の範囲内だった。

 あっさり自分の願いが通るとは思っていない。



『一緒に…………戦いたいから…………』


『はい?』


『私は…………私はいつだって護られてばかりでした……。共に戦っても、私の存在が足を引っ張ることだって何回も…………。私が居たから、あの時一哉兄ぃは…………。だから私は強くなりたいのよ。護ってもらうばかりじゃなくて、私が護ってあげたいの!』



 【焼鬼】との戦いを思い出して咲良は思わず熱くなった。涙を溢しそうな程に。取り繕ったかのように喋っていた敬語すら吹き飛ばして。



『そう。なら断りますわ。咲良、わたくしがあの男の事を嫌っているのは知っていますわよね?』


『…………はい』


『それに個人を護るために力をつけたい? そんな私利私欲な理由で私達の技を遣おうだなんて、傲慢にも程がありますわ。しかもそんな事の為に、態々我が鞍馬西薗家の血縁たる貴女のお母上を使うだなんて。わたくしは特級鬼闘師・西薗彩乃。あまり嘗めないで頂きたいですわ』


『…………』


『帰りなさいな、咲良。食事とお茶の誘いなら、いつでも受け付けていてよ』



 冷たい目で退席を求められた咲良はそれでも動かなかった。

 そんなわかりきった事で諦められる程、軽い気持ちで言っている訳じゃない。



『帰れる訳…………ないでしょ…………』


『まったく、貴女も諦めの悪い人ですわね』


『このまま手ぶらで帰る訳にはいかないのよ…………ッ! 私はもうっ……自分の無力にうちひしがれるのは嫌なのッ!!』



 気が付けば叫んでいた。恥も外聞もかなぐり捨て、子供の様に取り乱して。

 咲良にとっては無意識の行動であったが、これは西薗彩乃に対しては最悪の悪手だ。

 彼女は子供の様に聞き分けの無い行動をとても嫌う。自分は子供の様な見た目と体型をしているというのに、子供が大嫌いなのだ。

 そして何より、彼女自身が言った事であるが、彩乃は大の一哉嫌いである。

 もちろんその理由の大半が西薗家と南条家の確執であるが、そもそも個人的にも彩乃は一哉の事が嫌いだった。

 彩乃曰く、「南条一哉は自分の才能と境遇に酔った究極の意気地なし」。本家没落後、何年も絶えていた西薗家の鬼闘師。その立場にただひたすらな努力で返り咲いた彼女にとって、一哉の経歴や態度は気に食わないものであるらしい。

 そして本気で言っているのかどうかはわからないが、「咲良を誑かす糞男ですわ」との事だ。


 ともかく、咲良が一哉の為に強くなりたいと思っている以上、彩乃が力を貸してくれる筈も無い。

 そんな事は百も承知だったが、どうしても感情を抑えきれなかった。

 その時点で咲良は負けていたのだ。

 例えどんな取引条件を出したところで、西薗彩乃が首を縦に振るわけが無い。


 少なくとも普段ならそうだった。



『…………。良いでしょう、貴女に鬼闘師としての力、教えて差し上げますわ』



 耳を疑う言葉に、咲良は唖然とする。

 たった今、その可能性は潰えたと考え始めていたところだったのに。



『え…………でも、どうして…………』


『教えて欲しいと言ったのは貴女ではなくて? 嫌なら取りやめにしますわよ?』


『嫌とは言ってないわよ?!』



 呆れたような表情で、だがどこか嬉しそうな表情で彩乃は咲良を見ていた。

 そのあまりにも予想外の展開に咲良はついていけないが、それでも嬉しさは隠しきれない。思わず上がる口角を抑えるのに必死になって落ち着けない。



『ただし条件が二つありますわ。一つ目は貴女の実家、北神本家に所蔵される書物の全てを永久にわたくしに公開する事、もう一つは――――』





「そうね。貴女が私に提示した二つ目の条件。それは『私の到達点は私自身が決める』。まだまだこんなもので終われないわよ」



 そして今。

 咲良は自分を見つめる彩乃の眼をしっかりと見てそう力強く宣言した。



「そうでなくてはいけませんわ、咲良。わたくしにできるのは、間違った道に進まないように助言する事だけ。貴女が進む道も、わたくしの教えをどう昇華するのかも全て貴女次第。わかったなら、さあ、早くお立ちなさいな」



 そして彩乃もそんな咲良の言葉に力強く頷いて返した。


 ――――間違った道に進まない様に助言する事だけ。


 彩乃の中でも、咲良に適する立ち回り方や術の行使方法、そして戦いの中での立ち位置など、思い浮かべている事は幾つもある筈だろう。だが、彩乃は敢えてそれを言わない。


 それでも、咲良にはその真意がわかっている。

 そういったものは全て本人が掴み取るべきであり、誰かに言われたからやるのではなく、自らその道を選び取って高みへと至る。

 他人が口を出して良いのは、その道が明らかに間違っている時だけ。

 それが西薗彩乃の流儀であり、方針である。努力の塊な彼女にとっての絶対の法なのである。


 いけ好かない人間であるし、決して面倒見が良いとは言えないが、それでも咲良の事を考えて修業をつけてくれている。

 それが今まで咲良が毛嫌いしていて見えていなかった、彩乃の本質だった。

 そんな彩乃に絆されたかどうかは定かではないが、それでも咲良の態度はかつてに比べて劇的に彩乃に変わっていた。



「わかってるわよ、()()


「咲良、ふざけてるなら修業やめますわよ?」


「アンタねえ、ちょっとは尊敬した私の気持ち返しなさいよ」


「貴女の敬意はわかりづら過ぎますわ。もっと素直におなりなさいな」


「う、うるさいわね! 私だって素直になりたいって思って――――?! な、何でもないわよ!!」


「咲良。貴女、情緒不安定なんですの?」



 傍から見れば仲の良い姉妹にしか見えない二人のやり取り。

 その様子を微笑ましいものを見る目で彩乃の執事が見ている事には、二人とも気が付かない。

 それほどこの修業に集中しているとも言えるし、それほど二人の仲は良くなっていると言えた。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 再び模擬戦闘を行うため、咲良は彩乃から距離を取っていく。

 そんな咲良の様子を彩乃は見つめながら、思わず一人、言葉をこぼした。



「残念ながら咲良、貴女に鬼闘師としての才能は全く有りませんわ。『遅延起動』が使えるようになったので、多少闘えるでしょうが、わたくし達のレベルとなれば…………ただの足手纏い。これ以上伸びる余地もほとんど無い」



 彩乃は静かに目を伏せる。

 目の前の決意を新たにした少女に、この事実はあまりにも残酷だった。

 だから、聞かせられない。



「かつて、ウィリアム・ブレイクは詩にこう残していますわ。『愚者の刻は時計で測れるが、賢者の刻は測れない』。残念ながら咲良、貴女は愚者の方。でも――――」



 咲良の才能と伸びしろは初日の時点でほとんど把握できていた。

 たがら、本当は圧倒的な実力差を見せつけて咲良に諦めさせるつもりだったというのに、現実には修業は既に10日目を終わろうとしている。それ程までに喰らいついてくる咲良に、彩乃はついぞ突き放す事ができなかった。


 ついさっき咲良に言った、間違った道を進まない様に助言する、というのは間違いではない。だが、正確でもない。

 今の彩乃にできるのは、咲良が簡単に死なないように、その前のめり過ぎる姿勢を正してあげることぐらい。



「まったく。わたくしも身内には厳しくなれませんわね。ずっと独りだったあの子が、南条一哉を想う気持ちもある程度理解できてしまいますし…………腹立たしいですけど」


「ちょっと。アンタ、なんか言った?」


「うぇ?! な、なんでもありませんわ!!」


「そう?」



 思わず独り言を聞かれてしまったのかと焦る彩乃だが、その様子から杞憂だと安堵する。

 振り返って不適な笑みを浮かべながら、法具の洋扇子を構える咲良。その姿を少しだけ哀れに思いながら、彩乃は再び短刀を鞘から引き抜いた。

一応、設定的には咲良の母親は西薗彩乃の又従姉となります。

南条、北神、西薗は名家という事で、遠縁で繋がっています。


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