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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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拾玖ノ舞 始まりの散策

キャンプ編第2話です

 結局、無理矢理天体観測会に半ば強制的に参加させられる事になった一哉は、旅行に行こうと約束していた智一と、佐奈の様子見をお願いしている瑠璃を誘うことにしたのだった。

 智一は莉沙と接点を持ちたがっていたし、瑠璃には今後の事も考えて親睦を深めておきたいと思ったのだ。特に瑠璃に関しては、佐奈の親友であるという事以外、実は大してよく知らない。瑠璃の方が一哉とマトモに喋れていなかったので、知る機会もなかったというのが正確な実情だ。

 そんな訳で二人をこの場に誘ったわけだが。



「おい一哉! これはいったいどういう事か説明してもらおうじゃねえか!! あぁん?」



 などと、莉沙と瑠璃という美女と美少女と知り合いである事を僻んで、智一がガンを飛ばしてくるので、実は一哉は既に後悔し始めている。



 今回の天体観測会に参加しているのは、一哉達一行以外には、莉沙を含めた天文部員が8名とその友人が3名。計15名と中々の大所帯だ。この中にはもちろん、先月の交流会で見かけた顔もいる。


 ただ、一人だけ気になる参加者がいた。

 色黒で高身長の黒鉄というその男は、スキンヘッドにピアスと、参加者達の中で異様な存在感を放っていた。どちらかというと、穏やかな雰囲気の人間が多いメンバーの中でただ一人、恐ろしく厳つい雰囲気だ。

 しかも、纏っている気が何とも言えない危機感を抱かせる。その男からはそれなりに強い陽の気を感じるのだが、それが何かを誤魔化すように意図的にバラ撒かれている感じだ。しかもその陽の気、微かに「アイナ」の気の気配が混じっている――――気がする。



(少し……注意しておく必要があるな)



 いずれにせよ普通の人間でない事は間違いが無い。

 ここ最近の傾向で言えば、こうやって密かに敵側から攻撃を受けている事が多いのだから。

 もっとも、実際問題としてこの男が敵だとしても、一哉は権限剥奪により戦闘行動が不可能。しかも、そもそもの問題として敵組織の概要も目的も一哉を狙っているという事以外一切不明であるというのだから、どちらにせよ何も動けないのだが。



「でもお兄さん……私、本当に来ても良かったんですか?」



 相も変わらず仕事一辺倒な思考回路の一哉だったが、その思考を後ろから聞こえてきたソプラノボイスが断ち切った。

 その声の主は、もちろん瑠璃である。


 一哉の知る限り、アイドルになる前の瑠璃はかなり内気な性格のだった筈だ。

 この場に瑠璃の知り合いは一哉を除くと、一人しかいない。その一人も事情が事情なのであまり気軽に話せないとなると、いよいよ一哉だけが唯一の知り合いとなる。

 10日程前に瑠璃が来た時には不在だったので、結衣ですら今朝初めて対面した程だ。

 なので、誘っておいて言うのもおかしな話ではあるが、瑠璃がこんな知らない人ばかりが集まる場所に来るという事自体が意外な事である。



「別にかまわないよ。小倉先輩も好きな人連れてきて良いって言ってたし。俺自身も瑠璃ちゃんと仲良くなりたかったからさ」


「――――――っ!」



 一哉自身は気軽に放った言葉だが、瑠璃の反応は劇的だった。

 一気に顔を真っ赤にして、身体をビクンと震わせる。

 そして一哉は瑠璃のそんな様子を気にも留めず。



「ほら、佐奈の事も……あるからな」



 そう囁いた。瑠璃の耳元で。



「ふえぇぇぇ~?! ご、ごめんなさいぃぃぃっ!!」


「って瑠璃ちゃん?!」



 瑠璃は顔を真っ赤にしたまま、一哉の下から全力疾走で去っていく。少しだけ以前の瑠璃の様子がかいま見えた光景であった。

 走り去る瑠璃の姿を呆然と見つめる一哉の肩を、その一部始終を見ていた智一が叩く。



「なんだよ、智一」


「お前ってそんなキャラだっけ……? 今のがわざとじゃなかったら、お前、天然のタラシだな」


「は? 意味がわからん」


「自覚無しかよ。とにかく、東雲さんに見られてなくてよかったな」


「はぁ…………? 意味がわからん」



 東都大学天文部天体観測会。8月の下旬に差し掛かった頃。

 観測会は一哉の頭の中の大量の疑問符と一緒に、そんな風に穏やかに始まった。





 キャンプ場での宿泊のスタイルは今やコテージの一棟貸しや、ゲストハウスなど多様性に富んでいる。だが、昔から続く基本スタイルはやはりテントだ。

 テントのキャンプはまっさらなド素人がやっても出来るものではない。それも今回の様な3泊のキャンプでは特に。

 風呂は近くの温泉街に行くとしても、テント自体は設営しなければならない。

 結衣を除く一哉達一行はキャンプの経験が全くないため、情けない事に結衣に全部指示してもらう事になった。だが、一哉は組み上がりの方法をイマイチ理解できずに手間取り、智一は奇跡的な不器用さを見せつけ、瑠璃は想像以上の非力さで、一行のテントは全く完成の兆しを見せない。

 途中莉沙がヘルプで入ってくれたが、それでも――途中で智一が工程を台無しにしてしまうので――全然組上がらず、挙句の果てには他の天文部員に丸投げして何とか設営を完了した。


 その後、男女別れて丁度二人ずつのテントとし、荷物を置いて近くへの散策に出る事になった。

 天体観測会の本番は当然ながら夜中だ。その前に温泉に入ったり晩御飯を食べたりするとはいっても、現時刻が14時過ぎである以上、そのどれもがやるには早すぎる。つまり、一日の大半はやる事が無くて暇なのだ。

 これは暇で暇で仕方なく、これまでの10日間にしても耐え忍んでいた一哉にとってはかなりつらい事実だ。何しろ暇から脱却する為に出かけた先でやる事が無くて暇なのだから。



「まあ、散策つったって何すれば良いのかわかんねえけどな」



 一哉の横を歩く智一が愚痴っぽく呟く。

 その一点に関しては一哉も同意するところである。一日ならまだしも、こんな長野の山奥で3泊4日も一体何をすれば良いのかわからないし、少し考えればこんな事態になる事がわかりきっていたのに莉紗の誘いに乗ってしまったのかもわからない。



「まあとりあえず今日は周り見ながら歩くしかないだろ。ほら、ここには日本の滝百選の『三本滝』だってあるぞ。それ見に行ったら今日ぐらいはいい暇潰しになるぞ?」


「俺はお前と違って、滝を見る趣味なんかねえの! あーっ、もっとこうだなぁ…………そう、女の子! 女の子の成分が足りてねぇんだよ!!」


「何言ってんだお前? 女の子なら今ここに居るだろ、二人も」



 一哉は後ろを歩く結衣と瑠璃の二人を指差して智一に言う。

 結衣は上は長袖の黒Tシャツに長袖の白のカーディガンを羽織りお洒落に、下はデニムパンツにスニーカー。一方で瑠璃はマジメに山ガールといった様相だ。

 しかし智一は不満げな顔をして。



「だああぁっ!! わかってねえなあ、一哉! そうじゃねえんだよ! いくらここに理学部の隠れ美人とガチアイドルが居たとしても、森の中に放り込まれて何しろってんだよ! 夏と言えばアレしかねえだろ?!」



 などと言い始めた。智一のテンションはともかく、ボルテージは最高潮である。

 一哉はそのボルテージに全くついていけない。ゆえにいつも通りおざなりの対応に切り替える事にした。



「夏は……まあスイカだな」


「一哉。お前、全く答える気無いな?! そういうとこだぞ、そういうとこ!」


「どういうとこだよ、鬱陶しい」


「ったくよぉ。お前ホントに男か? やっぱ夏つったら、青い空に青い海。そしてそれにやっぱ水着の女の子だろ!!」



 結衣と瑠璃の二人は完全に白い目で智一を見ているのだが、幸か不幸か本人はそれに全く気付く事無く熱弁を振るっている。

 その内容はともかく、その熱量だけを見れば一哉は少々羨ましくもなる。一哉はこれまで何かに熱くなれた事が無かった。鬼闘師の事はあるかもしれないが、それは言ってしまえば家業を継ぐようなもので、義務感の様なものが常に付きまとっていたのは否定する事が出来ない。だから、心から純粋に何かに熱くなれる智一の事を羨ましく思ったのだ。

 ただし、その内容が無ければの話ではあるが。



「おい一哉。もうこの際俺らだけ抜け出して海行かねえか。3時間ぐらいあれば海ぐらい出れんだろ」


「バカか。俺は最初から行先は伝えてあった筈だぞ。そもそも小倉先輩からの誘いだって言ったら目の色変えて来るって言ったのはお前の方だろ」


「いや、でもアレじゃん。こんなに暇になるなんて思って無かったし」



 智一の言う通り、まさかここまでやる事が無いとは思っていなかった一哉であるが、だからと言ってこのまま抜け出すほど不義理でもない。そもそも結衣が楽しみにしている以上、一哉としてはその選択肢は無いのだが。



「んじゃ、せめて松本ぐらいまで戻って遊ぼうぜ。せめて街まで出ないと俺は死ぬ」



 だが、そんな風にいつまでも文句を言っている智一にいの一番に苦言を呈したのは、意外な事に瑠璃だった。



「あの…………お兄さん、この人何なんですか? 正直私…………こういうタイプの人苦手で…………」


「うおおおぉぉぉぉっ! 初対面の女の子、それも現役アイドルの桃瀬瑠璃ちゃんにいきなり嫌われた?!」


「ひっ…………?!」



 智一の絶叫に瑠璃は驚いて一哉の背中に貼りついてきた。それと同時に瑠璃の独特な桃の香りが微かに漂ってくる。



「智一、お前ちょっとは静かにしろ。瑠璃ちゃん、コイツいつもこんな感じだけど、悪い奴じゃないから――――」


「うあああぁぁ! 親友に向かってなんつー言いぐさだよ、一哉っ!!」



 頭を抱えてしゃがみこむ智一。そんな男にトドメを刺したのは勿論、残った結衣。



「鈴木君、そんなに女の子と遊びたいんだったら、一人で松本まで出ればいいよ。歓楽街に出たら、そっちのお姉さんが一人ぐらいは相手してくれるんじゃないかなぁ。あ、でも、車使われると私達が困るから歩いていってね。ここから松本まで車で1時間ぐらいだから、まる1日も歩けば充分着けると思うよ。良かったね、夏休みだから時間もいっぱいあるし、松本からなら新幹線でも在来線でも高速バスでも東京に帰れるよ。それと、ここから帰っても金輪際私に声かけないでね。軟派な人と付き合いあるって一哉君に思われたくないんだよね。」


「東雲さん! いくらなんでもそれはヒドイ……!!」


「ヒドイのは鈴木君のその女の子好きの方じゃないかな。大体何? 海行って水着の女の子見ようって。私も瑠璃ちゃんも水着なんか持ってきてないんですけど。私達女の子じゃないって事ですか、そうですか。まあ、さっき一哉君と話してる時に私たちじゃ不満みたいな事言ってたもんね。ちょっと失礼じゃないかな、鈴木君? まあ、鈴木君にそういう目で見られるのはちょっと、というか絶対に遠慮して欲しいんだけどね。それと私、前の合コンの時の事まだ許してないから」



 その姿はいつぞやも現れた、「清楚な悪魔」。ニッコリとした笑顔で毒を吐く結衣に、智一は3R K.O.負け。もはや立ち上がる気力すら失ってしまった。



「結衣…………どんだけ智一の事嫌いなんだよ」



 一哉のそんな呟きは、誰の返答も得られることもなく、森の中に静かに消えていった。

今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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