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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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拾撥ノ舞 分岐点

ちょっと話題が季節を先取りしています。

作中の日付が2年前だから仕方ない!(笑)

「いや~! やっぱキャンプは高地、それも乗鞍高原に限るねぇ~!」



 焼け付くような日差しの中、小倉莉沙の声が響く。

 須藤から謹慎処分を受けてから10日後。一哉は長野県の乗鞍高原へと来ていた。



「一哉…………っ! お前は神だ!!」


「あ? 大袈裟すぎんだろ…………」


「何を言っているのかね、南条一哉君!! あの噂の美人ハーフ、小倉先輩と旅行に来ているんだぞ!! これでテンション上がらないとか、お前ホントに男か?!」


「残念ながら男だな。」



 相も変わらず喧しい智一に早くもウンザリしながらも、一哉は自分の後ろを歩く結衣に声をかける。



「それにしても良かったのか? 俺もついて来て」


「何言ってるの、一哉君。一応、一哉君も天文部員なんだよ? 正式な参加資格あるんだから、大丈夫! 今日から4日間、めいっぱい楽しもうねっ!」



 一方、声をかけられた方の結衣は、銀縁眼鏡の奥の瞳を細めて楽しそうにその笑顔を一哉に向けている。

 恐らく、今回の同行者の中でこの会を一番楽しみにしていたのは結衣だろう。

 先月半分無理矢理入部させられた一哉は別として、結衣は元からの天文部員であるし、部長である莉紗との仲も非常に良好。加えて、一哉と遊びに出かけられると知ってからの浮足立った結衣の様子を見ていれば、考えるまでも無かった。



「それにしても一哉がこういうのに参加するって意外だったな。しかも東雲さんまで誘って。なんか心境の変化でもあったのか?」


「まあ……な」



 智一の問いを一哉は曖昧にはぐらかす。

 心境の変化が有ったか無かっただけの話で議論をするのであれば、それは勿論有ったという答えに帰結するだろう。結衣が近くに居るというのは、それだけでも対策院とは全く違った日向の世界に引き出されるという事である。

 しかし、実際のところはただ単に暇をもて余していたと言うのが実情だ。昔ほどではないとはいえ、今も一哉の日常は対策院漬け。それが突然失われたのだから、やる事が無いのはある意味当然だった。

 とはいえ、唯の暇潰しだという事は、結衣はともかく主催者である莉紗の前では口が裂けても言える訳がない。



「なんだよ、要領を得ねぇ返事だな」



 しかし、智一はというとそんな回答では満足しなかった。

 くわっ、と眼を見開くと。


「つーか、お前の人脈ネットワークどうなってんの?! 東雲さんはともかく、あの有名な小倉先輩! そして、なんで現役アイドルと知り合いなんだっ!」



 と言って、一哉のすぐ斜め後ろの少女を指差した。少女はビクッと飛び上がると、すぐに一哉の後ろに隠れてしまった。



「だから言っただろ、小倉先輩はこの天文部の部長。結衣は元々ここの部員だし。瑠璃ちゃんは妹の佐奈の友達だ。」



 一哉は背中にしがみつく少女――――百瀬瑠璃の方に視線をやりつつ智一に答える。一哉としては知り合いの予定の無い人間をとりあえず誘ってみた程度の認識なのだが、絶賛彼女募集中の智一にはそんな事情知ったことではない、という事か。

 刺すような日差しを降らせる太陽の下、空を見上げ。



「だから、普通に暮らしててそんな繋がる訳無えだろーがー!! つーか、俺への嫌がらせか、このハーレム男ぉ!!」



 キャンプ場に一哉の不名誉な名前が響き渡る。

 周りからはそんな様子を見て面白そうに笑う声が聞こえる。


 なぜ一哉が結衣と智一と瑠璃という、何の接点も無いメンツで莉沙の主催するキャンプに参加しているのか。

 その全ては、9日前に遡る。





「さすがに…………暇だ…………っ!」


「あ……あはは…………。一哉君、いつもは暇さえあれば仕事してるもんね。」



 鬼闘師としての謹慎処分が決定した翌朝の事だ。

 朝から早くも一哉は食卓に突っ伏して腐っていた。


 朝早く起きるのは割と習慣になっているため、普段通り起きたのだが、起きてすぐに一哉は気づいてしまった。

 何もする事が無い、と。

 大学は前日の試験を以て通学する意味を失っている。

 そして対策院は謹慎処分になっていて、書類一枚目を通す事すら許されていない。

 趣味は無い。

 やるべき事も無い。


 妹の佐奈に話をしようかとも思ったが、当の佐奈はいつも通りニコニコと笑顔を作って元気よく挨拶をしたかと思うと。



「お兄ちゃん、私しばらく家に帰れないから。」



 と一言言うと、有無を言わさず家を出て行ってしまった。


 妹は不在。

 咲良も不在。

 つまり、残るは結衣だけだ。


 少なくとも一哉の覚えている限りここまで暇だったことはいまだかつて無い。

 これまで暇さえあれば、己を鍛えるか、対策院の仕事に打ち込んでいたのだ。

 ここ数カ月は咲良とデートにでかけたり、結衣に連れられて天文部の懇親会に出たりはしたが、ここまで自分の意志でそういった事をしようとした事は無い。

 つまり、こういう時に何をすればいいのかわからない。


 そういった人間がとりあえず、といって絞り出した案は大体が突拍子も無い事になってしまうのがオチだ。

 そして、南条一哉もその例外では無い。 



「なあ結衣。せっかく暇になったし、たまには少し遠出して旅行でも行ってみるか?」


「へ…………うぇ?!」



 一哉に声をかけられた結衣は目を丸くして一哉を見つめている。

 そんな結衣の反応は意外なものだった。もっと喜ぶか、それか即断る。それぐらいの反応を見せると思っていたのだが。



「え、えっと…………一哉君? 何か変な物でも食べた……?」


「な、なんでだよ…………っ!」


「だって、あまりにも意外だったんだもん」



 楽しそうに笑う結衣に一哉は思わず顔を顰める。一哉としては大まじめに言っているつもりなのだ。

それが何だか茶化された気分になる。

 相手が智一辺りなら席を立っていたかもしれない。



「何だよ。俺が誘ったらそんなに不思議か?」


「うーん…………一哉君には申し訳ないけど不思議、かな? だって一哉君の方からどこかに出かけようなんて誘われたのこれが初めてだもん。」


「そ、それは……!」


「これ、多分咲良ちゃんもそうだよね。」


「…………」


「まさかとは思うけど、佐奈ちゃんも…………?」



 次々と言い当てられる一哉の背中には冷や汗が流れ出す。

 結衣はいつもの柔和な笑顔を崩すことなくただ淡々と事実を述べているだけなのだが、何故だか非難されている様な気持ちになってしまう。



「仕方がないだろ…………そもそも対策院の仕事で俺に余裕ができたのがやっと3年前なんだ。そしたら今親父は失踪するわ、咲良との仲は険悪になってるわで大変だったんだ。こんな風に…………こんな風に誰かと出かけようと思う事すら、結衣がうちに来てくれてからなんだからな」



 一哉は正直に自分の気持ちを吐露する。

 それが結衣に対してのせめてもの抵抗になると思ったから。

 だが、結衣はそんな風に受け取る様な女性ではなかった。



「心配しなくても、一哉君の事責めてるわけじゃないよ。ただ、再会してから随分一哉君変わったなって思って」


「そうなのか? 自分の事だが、その辺りよくわからん」


「そうだよ。一番初め、大学の入学式で一哉君の事見かけた時、見つけられた嬉しさが一番大きかったけど、心のどこかでは思ってたよ。昔の一哉君に比べてだいぶ静かな雰囲気になったなって。」


「そんなもんだろ。子供の頃の印象なんて、何年もすれば変わっちまうさ。俺も色々あったしな…………」


「それなんだよね。私、一哉君にそんな色々大変な事があったなんて知らなかったもん。だって10年前に一度会ったっきりだったんだよ? そしたら子供の時の基準で物事判断するしか無いんだから、当時と印象変わってたって不思議じゃないって。でも、最近はちょくちょく私の記憶の中にある一哉君と被るよ。そしたら、『ああ、やっぱり一哉君はこんな人だった』って思うの」



 そう。

 確かに一哉と結衣は辛うじて幼馴染の枠に入っているとは言え、子供の頃にただ1度会った事があるだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 妹である佐奈は勿論、何年かは絶縁状態だった咲良に比べても結衣と過ごした時間は短い。

 だから、お互いの印象が子供の頃のものが参照されてしまうのは致し方ない。一哉も実際の所、昔出会った結衣の印象に比べるとずっと強い女性になったというのがある。

 ただ一度出会っただけのその時の印象は、どちらかというと佐奈に近いものがあると思っていたのだから。

 だが現実はどうだ。

 佐奈は佐奈で昔の面影が無い程の明るいキャラにイメージチェンジしているし、結衣は物腰柔らかな落ち着いた女性といった感じだ。

 当然その過程には成長というファクターが変化に大きく寄与しているのは間違いは無いが、お互いの知らない過去が影響を与えているという事はあまりにも当然の事である。


 だからこそ一哉は違和感を感じざるを得ない。

 変わったとしたら、という仮定に対し、その原因と過程を類推する事は容易いが、ここで問題となるのは自分自身が変化していると認識していないという事だ。

 結衣に「お前は変わった」と指摘されても、何がどう変わっているのか全く分からないのだ。


 確かに昔は今よりも口数は多かった気がする。

 だがそれもあくまで子供であったからの話であって、一哉の本質自身が変わったという事では無い筈だ。一哉自身は昔からやるべき事もやりたい事も変わっていないと()()()()()のだから。

 それゆえに一哉はモヤモヤとしたものを胸中に燻らせたまま溜め込む事しかできない。



「――――」


「ご、ごめんね、一哉君。」


「なんで謝る?」


「え? なんか一哉君が少し怒った様な気がしたから。私の発言のせいで気分悪くしたんだったら申し訳ないなって」



 その言葉を聞いて一哉は益々胸中の燻りをどう吐き出していいのかわからなくなる。

 目の前の東雲結衣という女性はそういった人種の人間だ。

 だから、少しでも一哉の機嫌が悪くなれば、たとえ自分に非が無かったとしても、その罪を被りかねない。そんな事をされてしまえば、一哉自身の罪悪感が増してしまい、結果として何も言い出せなくなるのだ。



「で!! ごめんね、だいぶ話が逸れたね! 大丈夫、一緒にどっかおでかけしよ?」



 そうして悪くなりかけた空気を察したのか、結衣が取り付くように声を張る。

 元々はと言えば、話はそこからスタートしたのだ。

 現状として何の暇潰しも出来ない一哉にとって、思いつく限り時間を潰せるイベントなどそれしか思いつかない。

 一哉とて別に結衣と喧嘩がしたいわけではないので、この話の方向転換は非常にありがたい。



「ホントか。それは助かる。ぶっちゃけそれ以外に何したらいいのかわからねぇ」


「あはは…………えっと、今回は誰誘うの? 佐奈ちゃんは確定として、やっぱり咲良ちゃん? あと美麻さんとかも誘ってみてもいいかも。確か一哉君と同じで謹慎処分中なんだよね?」


「そうだな…………待てよ。佐奈は今朝しばらく帰れないと言ってたな…………そして咲良も昨晩名古屋に行くとかなんとか…………って、誰も誘える奴いねえじゃねえか?!」


「えぇ?!」



 一哉が思い付く限り誘えそうなメンツは二人とも不在。

 しかも二人ともに不在期間を言っていないが為に、いつ帰ってくるのかまるでわからない。

 そうなれば、一哉の謹慎処分中の暇潰しに付き合ってくれる人間は――――――



「俺達二人だけだな」



 そう、結衣しかいない。



「あう! いくらなんでも二人きりのお泊りデートはまだ……心の準備が…………っ!」


「まあそんなわけだから。どこ行きたい? 幸い、金も時間もあるから国内だったら好きな所連れて行ってやるよ」


「うえぇぇぇぇ?! なんで一哉君急にそんなグイグイ来るの?!」


「どうした結衣? なんかさっきからブツブツ呟いてるけど」



 突如として顔を真っ赤にして挙動不審になった結衣に怪訝な目を向けていると、その時、結衣のスマホが鳴った。

 まるで一哉との会話から逃げるかのようにスマホを取り出し、画面を確認している。

 そして画面に表示された文字を見て、驚きに目を見開いた。



「ごめん一哉君。莉紗さんから」



 そうやって一言断りを入れると、電話に応答する結衣。



「はい、東雲ですけども。莉紗さんどうしたんですか? ………………あ、そういえば…………いやいや忘れてなんかいませんよ?! ちゃんと覚えてますって! あはは…………」



 電話に応対する結衣の顔は明らかに焦っている。

 何を話しているのかは全く分からないが、コロコロと変わる彼女の表情を見ているのはとても楽しい。


 元々結衣は一哉と運命を交える事など無かった筈だ。

 出身も近いとはいえ、隣町で幼い頃に会う機会など無かった筈だし、鬼闘師である自分とただの一般人である結衣との間に繋がりなど無かった筈だというのも二人の間の共通認識だ。

 だが二人は交わった。本来交わらない線が交わったのだ。

 それは10年前のただ一度だけだったかもしれない。

 だが、その運命の糸が繋がっていたからこそ、こうして目の前に結衣が居るのだ。

 例え空白の時間、お互いがお互いを知らなかったのだとしても。

 そういう観点で見れば、昔は泣き顔しか見ていなかったから、こうやってゆっくりしながら結衣と向き合うのは初めてかもしれない。本当は昔から表情豊かな子だったのかもしれないな、などと考えていた時だった。


 結衣が少し困った顔をして一哉にスマホを差し出している。



「一哉君、ごめん。莉紗さんがどうしても変わって欲しいって」



 その言葉を聞いて、一哉も同様に困惑せざるを得ない。

 小倉莉紗とは全く面識が無いとは言わないが、かといって電話で話すような事があるとは到底思えない。それに何かあればスマホのメッセージアプリを使って送ってくればいいのだ。そのために態々天文部に強制入部させられた日に連絡先を交換したのだから。


 怪訝に思いながらも一哉はスマホを受け取り耳に当てる。



「もしもし?」


「やあやあ、南条君久しぶり。元気かい?」


「…………まあ、元気か元気でないかの2択でであれば、元気、でしょうね。」


「うーん、本当に元気なのかい? なんか声沈んでるけど。もし本当に元気なんだったら、ノリ悪いなあ。」



 正直な話、一哉は莉紗が苦手であった。

 こちらがやんわりと距離を離そうとすると、その距離だけ詰めてくる。だが、決して近づきすぎても来ない。だがそれは適度な距離感を図ったものではなく、ちょうど「ウザイ」と感じる様な距離感、そして相手を怒らせてしまうギリギリ一歩手前の距離感を的確に保っているのだ。

 そんな莉紗のウザ絡みが、何かを探られている様な気がして一哉は嫌いだった。



「で、何ですか小倉先輩。何か用事があるなら、LINEか結衣に伝言すればいいでしょう?」


「だってキミ、ボクが直電したってどうせ出ないだろうし、ゆいゆいにお願いしたってどうせはぐらかすだろ? だから、こうやって断り辛くしてるのさ」



 そう言うと莉紗は、一哉の反論が来る前に喋ってしまえと思ったのだろう。

 矢継ぎ早に用件を話し出す。



「前も言ってたと思うけど、天文部の天体観測会を開くからぜひ来てくれ。というか、来い。」


「え、ちょ……」


「じゃあ、開催要項は後でLINEで送っとくから! あ、それと、部員じゃない人でも好きに誘ってくるといいよ! ちょっとした旅行みたいな気分で行こうよ! じゃあ後はよろしく!!!!」



 そう言って一哉に何も言わせないままに電話を切ってしまった。

 相も変わらず勝手な人間である。

 一哉はスマホを結衣に返すと、冷蔵庫へお茶を取りに行く。



「莉紗さん何て?」


「…………天体観測会に好きな奴誘って参加しろ……だってさ」



 一哉のその言葉を聞いた結衣の呆然とした顔がやけに印象的だった。


今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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