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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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拾肆ノ舞 愛憎インベーディング

今回も再びほぼ瑠璃の話

「で、だいぶ話が逸れたが瑠璃ちゃん。俺に相談したい事って何だ? 最初は佐奈に直接言おうと思ってたって言ってたよな? やっぱり佐奈の事か? アイツなんかやらかしたのか?」



 一哉はあまりにも脱線しすぎた会話の軌道修正を図る。

 一哉としてはこの後佐奈を探して話をしなければならないし、あまりグズグズとはしていられないのだ。

 その試みは上手く機能した様で、瑠璃は一瞬ハッとした顔をすると、居住まいを正し、まっすぐ一哉に向き合った。

 そこには先程まで咲良の言葉に翻弄されて涙目になっていた気弱な少女の顔は無く、真剣な表情の女性としての顔があった。



「お兄さん。私がお兄さんにお話ししたい事は……佐奈の事です」



 瑠璃はそう言うと、一瞬躊躇う様な表情を見せつつも、再び面持ちを固くし、再び一哉に向き合う。



「早速ですけどお兄さん。最近佐奈、何かあったんですか?」


「何かって? それは何について聞いてるんだ?」


「何でもです。何でも良いんですけど。お兄さんが思い当たる範囲で、佐奈に何か辛い事が有ったり、悲しい事が有ったりしましたか?」



 そう聞かれて一哉に思い当たるのは二つ。

 一つ目が、一哉自身が見た悪夢のせいで少し佐奈とギクシャクしている事。

 そしてもう一つが、突然の佐奈の特級鬼闘師への昇進。

 だがそのどちらも、いわば部外者の瑠璃に話すような事では無い。

 だから。



「いや、特に無いな。」



 と、誤魔化してはみるのだが。



「お兄さん…………それ、嘘ですよね…………。お兄さん、嘘つくとき癖で右側を見るって…………昔佐奈が教えてくれたんです…………」



 と、どこかで聞いたような台詞で一瞬で看破されてしまった。

 それは大学で初めて結衣と話した時に指摘された癖。

 当時結衣とすらほとんど話した事が無かったのに見抜かれた。

 そして今度は佐奈の入れ知恵があったとはいえ、瑠璃にすら。



「本当の事……話して……くれませんか? あんな佐奈の姿…………私、見てられない……」



 そう話す瑠璃の目には再びうっすらと涙が浮かんでいた。

 瑠璃と佐奈の間に何があったのかはわからない。

 だがこれはいくらなんでも尋常な事では無いと、一哉も気が付いた。

 そうなってしまえば、もう一哉は可能な範囲で真実を瑠璃に語るしかない。



「わかったよ…………。君と佐奈の間に何があったのかは知らないが、俺の心当たりは二つだ。一つはうちの仕事の関係でな。詳しくは離せないが、その重要ポストに佐奈がいきなり着任する事になった。そしてもう一つは――――」



 ここで一哉は一度言葉を切る。

 いくら瑠璃に可能な範囲で真実を告げるつもりになったと言えど、これは一哉自身の問題であり、南条家の問題でもある。

 赤の他人に話してしまう事は躊躇われる。

 だからまたしても誤魔化してしまおうと一瞬考えるのだが。



「――――――」



 見た事も無い様な真剣な表情で一哉を見つめる瑠璃の目を見ていたら、そんな気持ちも飛んでしまう。

 そして何より。

 瑠璃が佐奈を想う気持ちは本物だ。

 瑠璃が佐奈の何を見て一哉に相談したいと思ったのかはわからないが、瑠璃が佐奈の事を助けたいと思っているのは疑いようも無い。

 そう感じたからこそ、一哉は初めて結衣以外に自分の弱い所を見せる事にした。



「あまり人に聞かせる様な話では無いんだが…………。うちはお袋が10年前に亡くなってる。親父も3年前に突然この家を出て行って……。でも最近思い出した――――というには少し心許ないんだが、その10年前にお袋が死んだ原因が…………俺にあるんじゃないかって思ってな……」



 それは今の一哉の確かな痛みだ。

 そのたった一つの疑念が、あの晩見た悪夢が心の染みとなって一哉を苛む。

 たった一人この家に残された肉親に、妹の佐奈に今まで通りに接することが出来なくなる程に。



「だから親父もこの家を出て行って……。この家がもはや家庭の体裁を保っていないのは、本当は俺のせいなんじゃないか。そんな風に思う様になってから、アイツになんだか申し訳なくて。今、アイツとはあんまり話せてないんだよ。」



 一哉はこんな事を年下の女の子に話しているのが恥ずかしくなって、乾いた笑いをあげながら、思わず頭を掻く。

 こんな事は佐奈は勿論、結衣にも咲良にも話していない。

 無表情の画面を被る男が情けない一面を晒す。

 そんなシーンだったのだが……。



「え、えっと……。」


「ハハハ…………。流石に格好悪いわな。自分でも女々しいと思うし」


「あぁ、いえ…………そういう、事では、なくてですね…………?」



 瑠璃は少し気まずそうな表情をして、一哉から視線を逸らすと。



「『お兄ちゃんが全然私と話してくれない。でも、お兄ちゃんが悪い訳じゃないの』って佐奈が言ってたのは知ってるんです。でも、そんな重い話だなんて……正直思ってなくて」



 とペロッと舌を出して、少しバツが悪そうにはにかんだ。

 全く予想外の話が出てきた

 普段佐奈が友人とどんな話をしているのかは、一哉の預かり知るところでは無いのだが、少なくとも一哉の事は喋っているらしい。

 いかにもブラコンの佐奈といった感じだ。

 と、一哉の半分自爆の暴露話は瑠璃の相談とやらに役立ったのかと思いきや。



「でも、今のお話を聞く限りだと……あんまり関係ない……のかなぁ…………」



 と、瑠璃は零した。

 その言葉に、思わず一哉は脱力してしまう。

 そうであれば、自分の恥ずかしい暴露話は一体何の意味があったのか。

 5つも年下の女の子にただ意味も無く弱みを見せ、そして意味が無かったと言われる。

 中々無い屈辱を味わった気分だ。



「はぁ…………。それで、瑠璃ちゃんが相談したい佐奈の事って? さっきは佐奈があんな姿になるのが耐えられないって言ってたけど」



 思わぬ攻撃で一気に疲れてしまった一哉は半ばヤケクソの様な気持ちで話を進めようとした。

 佐奈に関わる事という事で態々応接室にまで呼んで瑠璃の話を聞く事にしたが、この調子であれば大した事では無いのだろう。

 そう高を括っていた。

 だがそんな気持ちで話を進めてしまった事を一哉はすぐに後悔する事になる。



「えっと…………すごく……凄く言いづらい、んですけど…………」


「ああ」


「私がお兄さんにご相談したい事って、いうのは…………その……佐奈が…………えっと…………」


「――――」


「その…………佐奈が、喧嘩…………したって言うか…………」


「喧嘩? 学園の友達とか?」


「あぁ! いえっ! そうじゃなくて…………なんというか………………不良? みたいな人で…………」


「はぁ?! 不良?!」



 一哉が思わず大声を上げてしまうと、瑠璃はビクッと跳び上がる。

 しかしシスコンここに極まれり。

 ついさっきまで瑠璃の話に興味を無くしかけていたというのに、これほどの反応。

 どんなに関係がギクシャクとしても、やはり一哉がたった一人残された妹を想う気持ちは強いのだ。



「それで? まさかとは思うが、佐奈が怪我させられたんじゃないだろうな?!」


「ひぇぇ……! そ、そんな事は、ないん…………ですけど…………っ! というか、むしろ返り討ちにしちゃって…………ッ!」


「そ、そうか…………」



 瑠璃の回答に一先ずは落ち着く一哉。

 だが、続く瑠璃の言葉に一哉は絶句せざるを得なかった。



「で、でも…………っ! 佐奈、相手の人の事散々痛めつけて…………。なんか魔法みたいに…………石とか出して…………ッ! 相手の人も血塗れに……なってて!!」


「――――――ッ!!」



 そこまで言って、瑠璃の涙腺は限界を超えてしまったらしい。

 もう溢れ出した涙を瞼で留めておくことができていない。

 気丈に振る舞っていたとしても、瑠璃は瑠璃だ。

 その涙は親友の恐ろしい一面を見た事によるものなのか、それともその現場を見たショックによるものなのか、あるいはその両方なのか。それは一哉にはわからなかったが、どちらにしろ、15歳の少女が取り乱すのには充分な光景だったのだろう。



「それに佐奈、なんだか様子も……おかしくって…………。相手の人の事、楽しんで傷つけてて……まるで拷問みたいで…………。ギリギリ死なないようにしてるって………………。いつも幸せそうに話してる……お兄さんの事も、殺したいとか……好きだからこそ、殺したいとか……言っててぇ――――」


「嘘だろ…………」


「んっ…………んうぅ…………う…………うぅ……うえぇぇぇぇ…………」



 とうとう瑠璃は本格的に泣き出してしまった。

 なるほど、友がその様に人を傷つける事を厭わず、むしろ愉しんでいるとなれば、ショックも大きいだろう。

 まして瑠璃の様な友達想いな性格ならば、その事に誰より傷ついてしまうのも頷ける。

 だから、瑠璃が佐奈と佐奈と直接話をしようとした事も、親交のある一哉に相談しようとした事にも納得ができた。



「瑠璃ちゃん…………。怖い思い、させちゃったよな。すまない。兄として謝るよ。だけど、何でそんな事に…………。一体何があったんだ…………?」


「ぐすっ…………私も……よくわからなくてぇ…………! 最初は佐奈が、凄く落ち込んでる……ところで会ったんです、けどぉ…………っ。 その後不良の人、に、ぶつかって…………絡まれたのが始まりで……ぐすっ……佐奈の態度に怒った不良の人が…………んぅっ…………私と佐奈を連れ去ろうとして…………。そしたら、急に佐奈の様子が…………変になってっ!」



 瑠璃は如何にして佐奈が不良達を拷問していったのか、事細やかに説明した。

 泣きながらも必死に説明してくれる瑠璃の言葉を聞きながら、一哉は必死に考えていた。どこかに佐奈が豹変した理由があるのではないか、そもそも自分が佐奈の二面性に気づいていなかっただけではないかと。


 だが、考えたところで何の答も出てこない。

 話の流れから、佐奈が激怒したのは間違いないだろう。

 結衣が初めてこの家に来た時の様に、佐奈は案外喧嘩っ早い。割とすぐに手が出るタイプで、しかも暴力的手段に出る事自体にはそれほど抵抗がない。

 親友である瑠璃が目の前で誘拐されそうになったとなれば、キレてしまったのは佐奈の性格上有りうることだ。


 だが、その相手をいたぶって、傷ついていく様を楽しんでいたというのがどうにも腑に落ちない。

 一哉の知る限り、佐奈にそういった嗜虐趣味は無い筈だ。

 しかも、殺してしまうギリギリまで痛めつけるなど到底信じられない。いくら鬼闘師が超法規的措置の元に存在しているとはいえ、佐奈だってそれぐらいの分別はつくはずなのだ。


 そして腑に落ちないことがもう一つ。

 それは一般人に対する過剰防衛も十分に大問題だが、そのもう一つの事は最早に看過できない。



(瑠璃ちゃんは『魔法みたいな石』と言った…………。アイツ、一般人相手に霊術使ったのかよ…………っ! しかも、瑠璃ちゃんの目の前で…………!!)



 これは最早疑いようもない、情報秘匿義務の違反である。

 この場合、佐奈は瑠璃やその相手の不良に対して、何らかの口封じを施さなければならない。それは例え相手の命を奪う事になってもである。

 だがそもそも、佐奈はこの情報秘匿に関して、自ら破るような事はしない筈である。それは結衣に鬼闘師の事がバレた時の佐奈の反応を見ればよくわかる。


 幸い、瑠璃の方は佐奈の行動にショックを受けすぎたせいか、霊術にはあまり疑問を抱かなかった様なので、しばらくは問題が無さそうである。

 心配なのは寧ろ――――――



「瑠璃ちゃん。その、佐奈が半殺しにした不良。どうなったかわかるか?」



 そう、不良達の末路である。

 殺さない程度に痛めつけたという事は、その不良たちは生存している筈。下手に吹聴されてしまえば、場合によっては、本当に取り返しの付かないことになる。



「それが…………。佐奈がいなくなってすぐに、黒い車に乗ったスーツの人に連れていかれて…………。」


「黒い車にスーツ? 瑠璃ちゃんはそのスーツの連中に何かされなかったか?」


「あ、あの…………特には…………。あっ、でも…………この事は、他言無用だって…………言われました。佐奈を困らせたくなかったら、今見た事は…………全部忘れろって」


「瑠璃ちゃん。それ、今日の何時頃の話だ?」


「え、えっと…………。多分お昼の1時ぐらい……だと、思い……ます。」



 その瑠璃の言葉で、一哉には一つの仮説が生まれた。

 恐らく、佐奈に半殺しにされた不良達は既に生きてはいない。間違いなく、対策院の『調査局』によって消されている。

 『調査局』は一哉達鬼闘師が属する『執行局』と対を為す部署で、職務内容はその名の通り情報収集を行う部署だが、証拠隠滅なども担っている。当然、証拠隠滅の為には多少の汚れ仕事だってやってのける。それが『調査局』だ。



(須藤の仕業だ…………! アイツ、何でかはわからないが、佐奈の事を監視してやがる…………っ。今回の事だって、本当は対策院内でも大事になる程の案件の筈だぞ。瑠璃ちゃんを始末せずに、脅しだけで済ませたのも、全部佐奈の事を監視してたからなんだ。佐奈を自分のコントロール下に置くために…………)



 相変わらず佐奈の豹変については何のヒントも無い。

 だが時間的に須藤は、一哉達が須藤に尋問されていた時には既に佐奈の一般人に対する霊術行使を認知していた筈だ。

 だというのに、それをあの場で言わないと言うことは。



「それ程までに佐奈を特級にしたいのか、須藤………………!」


「ふあっ…………!」



 その須藤の悪意が垣間見えた時、一哉は思わず目の前のテーブルを殴り付けていた。

 須藤がいつから佐奈に目を付けていたのかはわからない。

 だが、佐奈を特級鬼闘師に就けるために予想以上の裏工作をしているのは間違いがない。佐奈の不祥事を隠蔽し、そして瑠璃がこうして始末されずに目の前に居ることが何よりの証拠だ。



「お、お兄さん…………? その…………『すどう』って…………?」


「え?! あ、あぁ…………こっちの話だから気にしないで。」



 須藤に対する怒りで思わず口に出していた言葉を取り繕う。

 しかし今の一哉は一時的とはいえ、全権限を剥奪された状態。それに気づいたところで打てる手などあろう筈もなかった。

 もっとも、仮に一哉が権限を停止されていなくとも、あの須藤とやり合うには些か分が悪いのだが。むしろ、勝算は限りなく低いだろう。



「なぁ、瑠璃ちゃん。」


「はい……っ。…………何でしょう?」


「君は佐奈をどうしたい? 佐奈にどうしてほしい?」



 今の一哉に出来ることはあまりにも少ない。

 だがそれでも、佐奈の暴挙を黙って看過する事はできない。

 それは対策院の人間としてやるべき事ではない。

 南条佐奈の兄としてやるべき事だ。


 こうして瑠璃と話していく中でも、一哉は話の内容が実は嘘なのではないかと思ってしまう。それ程までに妹の事を信じているし、妹の事を理解していると思っていた。

 だが、これは現実だ。

 紛れもなく受け止めなければならない現実なのだ。

 瑠璃に嘘をつく理由は無い。


 対策院に所属している以上、人を傷つける事も有るだろう。

 普通では許されない手段に訴える必要に駆られる場合も有るだろう。

 だがそれを楽しむ事などあってはならない。

 それは鬼闘師としてどうのという話ではない。

 人としてあってはならない事だ。

 だから。



「わ、私は…………っ! 佐奈には――――――」

今回も最後までお読みいただきありがとうございました

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