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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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什ノ舞 異常な人事

何度でも言う!

これはフィクションだっ!

「『対外室』ですって……?! あの寛二が……?」



 部屋の中に美麻の驚愕の声が響いた。

 隣の仁十郎も今初めて聞かされたのだろう、明らかな驚愕の表情を浮かべて固まっている。

 だがこの中で、一哉だけがその正体に感づいていた。


 先月、美麻と共に南条の屋敷を訪れた時点である程度の予想はついていたのだ。

 たかが二級鬼闘師が特級の補佐役として派遣されるなど、どう考えてもありえない。

 そしてそもそも、1年程度で二級に昇級できる程対策院の昇格制度は甘くない。いくら万年人員不足の対策院と言えど、全く実力にそぐわない任務に就けない様にしているからである。

 ならば、最初から何らかの意思で新人扱いで美麻の下に就けられたと考えた方が自然だ。そして、戦闘部隊たる実務処理班に、補佐とはいえ突然特級鬼闘師の下に送られる程の存在となれば、その出処として考えられるのはそう多くはない。


 そしてその中でも特に戦闘色の強い部署が「対外室」。

 非公式の国家組織である対策院の中でも更に秘密裏の組織で、正式名称は「対国外特殊案件処理室」。対策院でも局長・総議長クラス、または一部の特級クラスの人間にのみその存在を知らされている極秘部隊で、名目上の所属は対策院だが、指揮系統は内閣情報調査室の直下に組み込まれている。

 いわゆる、調査室の懐刀といった存在である。

 メンバーも規模も不明。おまけにその出自すら明かされない謎の集団であり、対策院内でもほとんどその存在を知られていない対外室だが、その任務の内容は――――



「そう、その通り。通常の国防や諜報活動は防衛省や我々調査室の仕事だが、生憎とオカルトな話は専門外でね。我が国に入り込んだ、国外の君達の様な存在を速やかに捕縛、あるいは抹殺するのが任務だ。」



 一哉達が相手にしているのは、霊的なモノ――――と、対策院では一概に読んでいるが、取り扱うものは何も霊や怪魔達に限った話ではない。かつての陰陽師の如く、星を詠み、大地の気の流れを読み、神仏と交信するといった職務に就くものも少なからずいるのだ。一哉達が使う霊術も、戦う相手の関係から便宜的に「霊」と名が付くだけで、その本質は太古の魔術である。

 世界には「魔術師」や「魔法使い」と呼ばれる存在がいるし、霊術では到底出来ないような、奇跡のような業を遣う者だっている。一般的には形だけだと思われている「悪魔祓い(エクソシスト)」や「巫師(シャーマン)」だって、本来の役割通りに、闇に紛れて活動しているのだ。


 彼らの中には、時々、日本国内に侵入してくる者達がいる。

 もちろん、その大半はただの来客であったり、観光客、ビジネスマンでしかないのだが、稀に工作活動をするために入国してくる者が居るのだ。銃や爆弾などであれば見つかってしまえば即連行だが、彼らが使用する道具は、木の棒であったり、ただの十字架であったりと、一見して危険物に見えないため、日本に仇なす者なのかそうでないのか判断するのは不可能と言っても良い。

 だからこそ、彼らが何か起こしてからでないと対処のしようがないのだが、その時に対処にあたる専門の部署が「対外室」である。

 その組織の性質上、内閣情報調査室からの指令でしか決して動かない上に、鬼闘師達の活動に干渉してくる事も無く、また、諸外国との外交問題に繋がりかねない活動内容故に、専門の知識を有し、いつでも切り捨てられる存在ではなくてはならない。だからこそ、『対外室』は、ごく僅かな人間にしかその存在自体が認知されていない。



「君達にも公にはしていないが――――いや、そもそも君達にこんな事を明かす必要事態が無いと思うのだがね、『対外室』はその任務の内容と機密保持の観点から、どうしても少数精鋭で構成せざるを得ないのだよ。つまり、君達が嶋寛二を消してくれたおかげで、我々は大変迷惑している。この責任をどう取ってくれるのか、聞かしてもらおうじゃないか。え? 南条君? 神坂君?」



 須藤の言葉を耳にして、一哉は一連の動きが腑に落ちてしまった。嶋寛二――――【壬翔】を送り込んだとされる張本人、四天邪将・青龍位の【神流】はそのシステムと特性を逆手に取ったのだ。

 どういう術を使ったのかはわからないが、【神流】なる怪魔は自らの手先である【壬翔】を対策院の「対外室」に潜り込ませ、都合の良いタイミングで美麻の元に送り込んだのだ。

 そして仮に【壬翔】が倒されても、こうして内閣情報調査室の追求を受け、罰則を与えることで、より表立って活動しづらくするために。恐らくは、武器の携行の権利すら剥奪させる目的も有るのだろう。

 全ては、一哉を倒すというただそれだけの目的の為に。


 だが、そこでただで引き下がる程一哉もお気楽ではない。

 嶋寛二が【神流】という敵の思惑で対策院に潜入していたという事実を除いたとしても、一哉と美麻にも嶋寛二を排除する理由は十二分にある。



「だとしても。嶋寛二は生かしておくには危険すぎました。どこかの組織から【壬翔】という名を与えられ、怪魔の様な気配を放ち、あり得ない奇妙な術を遣っていた。そしてそれを、この国の人々を護るためではなく、殺すために遣っていたんですよ?」


「…………。」


「幾らこの国を海外の刺客から護るための人員とはいえ、それでは本末転倒じゃないですか。だというのに、それでも貴方は奴が消えた事を惜しむのですか?」



 一哉としても、結衣がその毒牙にかけられそうになったのだ。

 それに加え、それまでに犠牲になった人々。彼等の事を考えれば、嶋寛二を倒した事は間違っていなかったと思えるし、一哉の考えも普通の人間であれば理解できる筈である。

 ましてや、一哉は寛二を殺していないし、殺されたのだとすれば【神流】に始末された可能性が高い。

 一哉達に責められる謂れは無いのだ。


 しかし、須藤はそうでなかった。

 ここまであからさまな侮蔑の感情の籠っていた視線が急に変わり、明らかな怒気が含まれたモノに変化した。

 それはもう、明らかに一哉達の言い分を一切聞く気がないと宣言したようなものだった。



「南条君。君は何もわかっていないようだ。今、我々の日本は、諸外国のあらゆる驚異に晒されている。それは何も武力だけの話ではない。経済だってそうだ。いつも通り、隣国の連中は年がら年中我々を挑発する事に勤しんでいるし、ここ最近では東南アジアや南半球の連中までもが我が国の土地を買い漁っている。なぜこんな事になっているかわかるか? 我が国が嘗められているからだ! どうせあの国は何もできない、どうせあの国は事なかれ主義だ、どうせいつも通り米国に泣きついた挙げ句に泣き寝入りするしかない等と、敵としてすら見られていないからだ! ならばなんとする? 我々が強くあらねばならない! 嘗めきった諸外国の連中に、強国日本を強くアピールせねばならない! 我々に手を出そうものなら、それなりの報いを受けるのだと、奴等に示さねばならない…………っ! 表立って戦争できぬこの世の中だからこそ、裏の世界で力を示さねばならんのだ!」



 怒りからか、先程までの雰囲気とは打って変わって大演説に出た須藤は、捲し立てた影響で息も荒くなっている。

 だが、そんな様子もその一瞬だけだった。

 須藤は大きく、一つ咳払いをする。

 そして呼吸を整えると、その視線には再び先程の侮蔑の感情が宿った。



「だからこそ、我々には諸外国の驚異を排除する存在が必要なのだ。例えその存在に()()()問題があったとしてもだ。君達の様なオカルト信奉者には一生かかっても理解できんことだろうがな。」



 須藤は鋭い目付きで一哉を睨み付けながらも、ついでに侮辱する事も忘れない。

 須藤としても、これ以上の強い手段には出られないのだろう。

 彼が嶋寛二の快楽殺人者という側面を「問題」であると認めてしまっている以上、一哉達を対策院から追放したり、始末してしまうという強硬手段に訴える事も出来ない。

 だからこそ晴れない鬱憤を延々と一哉達にぶつけ続けるのだ。


 そんな須藤の態度に、一哉は完全に須藤と対話する事を諦めた。

 思わず溜息すら漏れる。


 一哉としても須藤の言いたい事が微塵もわからない訳では無い。

 一方的に侵入者側に非があるとは言え、外交問題に発展しかねない海外の術者との戦いはそれなりの根回しと手続きが必要だと聞いた事がある。

 戦闘能力だけではなく、裏の手段にも長けた人材というのは中々手に入らないため、一人欠けることですら惜しいというのはわかる話だ。

 それ故に、ただでさえも組織を大きくも公開も出来ない部署だというのに、欠員が出るというのは確かに致命的な話なのだろう。


 だが、嶋寛二はただの人殺し、それも快楽殺人者だ。

 仮に本当に嶋寛二が「対外室」の任務にしっかりと従事していたとして、それ以上に彼がもたらす害は非常に大きかった。

 それを須藤は些細な事と切り捨てたのだ。

 一哉達が罵倒されるのはまだ許せる範囲の話だが、これは話が違う。

 もはやこのまま言い争ったところで話は永遠に平行線。

 むしろ一哉側の立場が下である以上、ますます悪化する方向に行くのは目に見えている。


 だが隣に立つ美麻はそうでは無かったらしい。

 最早表情を完全な怒りの物へと変え、須藤に食って掛かる。



「だったら、陽菜の犠牲も必要だったって言うのかしら、貴方は?」


「陽菜――――? なんだ、それは?」


「私の部下だった子よ。私の部下が……鬼闘師までもが【壬翔】に――――嶋寛二に殺されたというのに、貴方はそれも必要な犠牲と言うのかしら。」



 美麻にとっては、一哉以上に納得できる話では無かったのだろう。

 当然の話だ。

 美麻は自分が可愛がっていた部下――――――清水陽菜を【壬翔】に殺されているのだ。

 仕方がないで済まされる訳が無い。

 だが、須藤が返した答えは、そんな事には心底興味が無いといったものだった。



「くだらん…………。諸外国からの驚異に対処する為の貴重な人材と、国内の化け物退治の雑兵の小娘など、その命を比べる価値も無い。口を慎みたまえ、神坂君。」


「――――――っ!! ふざけんじゃ…………あぅ…………。」



 激昂しかけた美麻が突如その場に崩れ落ちる。

 横を見れば、美麻の後ろから仁十郎が美麻に向けて手をかざしていた。



「このバカ孫が……。いつまで経っても手をかけさせおってからに…………。」



 恐らく何らかの霊術を発動し、強制的に美麻の意識を刈り取ったのだ。

 一見、美麻の邪魔をしているような行動だが、実際の所は、一哉と美麻の立場を護ろうとした故の行動なのだろう。

 事実、あのまま美麻が激昂してしまえば、それこそ須藤の思うつぼ。

 アレコレと難癖を付けられて、どんなペナルティを課されるかわかったものでは無い。



「まったく、お孫さんの手綱位しっかりと握っておいてもらえませんかね、神坂総議長。そこの南条君も貴方の孫も自分の立場が全くわかっていない。少しぐらい足掻かせてやろうという私なりの思い遣りだというのに。」



 その言葉の通り、一哉と美麻の処分など最初から決まっていたのだろう。

 須藤は建前上「嫌疑」と言ったが、実際には須藤の中でこの件は勝手に完結していたのだ。

 であればこの問答に一体何の意味があったのか。甚だ疑問でしかない。

 最初から面倒な事になっているのはわかっていた。だが、ただ濡れ衣を着せられ、詰られ、罵られ、挙句の果てには何の為かわからない罰を受けさせられる為にこの場に足を運んだわけでは無い筈だ。


 だが事実、目の前の須藤という男は話の通じる相手ではない。

 ある意味では【壬翔】――――嶋寛二に通ずる、理解し難い思考回路の持ち主だ。

 部下が部下なら、上司も上司なのかと思わなければ、一哉はこの空虚な気持ちに整理が付けられない。



「申し訳ない、須藤審議官。それで、二人の処分はいかに。」


「あぁ、そうだった。漸く本題に入れるな。また私の悪い癖だ、ついつい回りくどくなってしまう。」



 ワザとやっているように見えない須藤の言動に仁十郎すら呆れ顔だった。

 流石の須藤も仁十郎の表情を見てか、漸く本題に入ろうとする。

 一哉は最初から決まっていたのならば、初めから決定を伝えれば良かっただけではないかと心中で舌打ちするが、もちろんそんな事は口には出さなかった。



「それでは処分を発表する。南条一哉特級鬼闘師、及び神坂美麻特級鬼闘師は本日より2週間、謹慎処分とする。謹慎期間中、両名は対策院構成員が有する特権及び戦闘資格の一切を剥奪。期間が明けるまで待機せよ。」


「…………っ!」


「な、何だと?!」



 一哉は無言で唇を噛み、仁十郎が驚愕の表情で吠える。

 須藤の口から発せられた処分の内容は謹慎処分。

 粛清も追放も出来ない状況で、一番重い処分を須藤は言い渡してきた。

 この期間中、須藤の言う通り、一哉と美麻は鬼闘師としての身分を完全に失う。

 怪魔と戦う事はおろか、対策院本部のデータベースにアクセスする事すら禁じられるのだ。


 通常、対策院の構成員に対する謹慎処分が下される事例はごく稀だ。

 やむを得ない状況を除いて、一般人を巻き込んで活動を行い、対策院の存在が世間に露呈する恐れがあった場合などにその処分が下されるのだが、それでも100%という訳ではない。

 何しろ、対策院は万年人手不足であるが故に、おいそれと人員を減らすような真似をできないからである。


 それを一気に二人、しかも両名とも特級鬼闘師という最高戦力に対して下したというのだから、異常としか言い様が無い。

 仁十郎が激しく反応する事も致し方ないと言えよう。



「ちょっと待たれよ、須藤審議官。今、この関東は未曽有の怪魔の大量発生に見舞われておる。加え、嶋寛二の一件、『アイナ』と名乗る龍の力を持つ者、人造怪魔を造り出す組織の存在――――これらの事に特級鬼闘師を、それもよりにもよって関東地区担当の南条を謹慎処分にするなど、どうかしておる!!」



 すかさず仁十郎が抗議を入れる。

 明らかに不当な処分を下される事には仁十郎も黙っていたが、その内容まで看過できるものでは無い。

 例え立場が悪くなったとしても、本当にこれは悪手だと、身を切る覚悟で須藤に申し立てをしているのだ。

 だが、当の須藤は涼しい顔のままだ。

 むしろ、一哉や仁十郎の反応を見て楽しんでいる節すらある。



「落ち着き給えよ、神坂総議長。私もそれぐらいの報告は受けている。だからこそ、上部組織権限として新たな特級鬼闘師を特例で一人任命する事にしたのだよ。」


「特級鬼闘師を……新たに……ですと?」



 須藤はさらに驚愕の施策を打ち出した。

 確かに、対策院の上部組織である内閣情報調査室には、対策院の人事に干渉する権限がある。

 だが今までその権限が発動された事はただの一度も無い。

 加え、特級鬼闘師は本来、戦績や貢献度などの通常の昇格査定に加え、実力の見聞、他の特級鬼闘師の推薦など、とにかくその必要条件は多い。だからこそ、現代では8人しか特級鬼闘師が居ないわけであるが、この須藤という男は自分の権限一つでその席を一つ増やそうとしているのである。

 一哉自身も職権乱用という意味では、4月に起きた東雲家の【鵺】襲撃事件での佐奈の戦闘行動を揉み消すなどの行為を行っている為、人の事を言えないのだが、それでも須藤の職権乱用は明らかに度を越えている。

 それに加え――――――



(今の上級鬼闘師に、特級鬼闘師に上がれる程の実力がある奴は居ない筈だが……。なら誰だ? また「対外室」から連れてくるつもりか? この須藤という男、考えが全く分からん……っ!)



 一哉の知る限り、近く特級鬼闘師に昇格しそうな人物も、昇格できるだけの人物も全く知らない。

 9か月前に西薗彩乃が特級鬼闘師に昇格して以来、その様な人材の話も聞かなくなってしまった。

 須藤が誰を特級鬼闘師につもりなのか。

 一哉も仁十郎も緊張の面持ちで須藤の言葉を待つ。

 そして、須藤が続いて吐き出した衝撃の一言に、一哉と仁十郎は絶句せざるを得なかった。



「その通りだ、神坂総議長。私の権限で、本日付で南条佐奈三級鬼闘師を特級鬼闘師へ任命する。」

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