extra episode 12【例え踊らされても】
再び失踪してすみませんでした!!
少しの間、更新再開します!
久々のextra episode。
『アイナ』視点のお話です。
「今回は奥多摩――――――というのが今回の情報だ。」
『ふーん……。それで? どっちなんだい?』
「さあ?」
『……っ! お前、ふざけんなよ……っ!!』
「おやおや、怒ったのかい? 『アイナ』ちゃん?」
『お前ぇ……!! もういい! そういう態度を取るんだったら、契約は破棄だ! ボクの霊力はもう渡さない…………っ!』
「クハハハッ!! おっと冗談だ、そんなにキレんなよぉ? 」
ボクの目の前に立つ男――――黒鉄晶が特に悪いと思っているとは思えない顔で手をヒラヒラと振る。色黒な高身長のスキンヘッドの男で、凡そ目の前の人物が大学生だと言っても到底信じられない厳つさだが、コイツは一応ボクの同期で22歳。
れっきとした学生である。
見た目は厳つい上に、ピアスを幾つもして、格好もかなりパンク。
一言で言って、恐ろしく目立つ男だよ。
出会った時からいけ好かない男だとは思っていたけど、今日は特にひどい。コイツがこの東都大学の学生でなければ、ボクにとって有益かつ唯一の情報源でなければ、とっくに縁を切っている。
コイツ――――黒鉄との出会いは3年前に遡る。
当時のボクはまだ普通の女の子だった。ただの薬学部の学生だった。
まあ、血に竜の力が混じってて、アイドルやってる時点で普通では無いとは自分でも思うけど……。
ともかく。
アイツとボクが出会ったのは、今日みたいな蒸し暑い夏とは真逆な、珍しく雪のちらつく冬のあの日だった。
『てめえの親父の仇。教えてやろうか?』
そんなアイツの言葉に耳を貸してしまったあの瞬間から、ボクの運命は変わってしまった。
それまで、心に巣食う膿を――――――あの日の事を忘れようと、思い出さないようにしていたのに。
まるでひび割れた硝子に石を投げて砕き割ったかの様に、均衡は崩されて。
名前を変えて生きる事を強いられ、パパが死に、全てを失ったあの日から一度として聞くことが無かったその言葉・「鬼闘師」。その言葉を再び耳にしたあの瞬間から、ボクは決して後戻りのできない復讐者になったんだ。
黒鉄は自らを対策院の裏切者と名乗った。
そして、10年前にボクが知る事の無かった色々な事を教えてくれた。
10年前にパパが殺されなければならなかった理由。
10年前に「小倉」なんていう聞いた事も無い親戚に預けられなければならなかった理由。
10年前にパパを殺した仇の正体。
ボクが戦うべき存在。
3年前のボクは、7年経って忘れかけていた痛みを再び、いや、もっと強く感じる事となった。
全ては南条のせいだ。聖さんの――――――いや、もはやあんな男に敬称を付ける必要なんかない。南条聖のせいで私は全てを失った。その息子の南条一哉のせいで、私の全てだったものを丸ごと奪われた。
南条がパパを…………きっと奴にとって目の上のたん瘤だったであろうパパを罠に嵌めたせいで、私は全てを無くしたんだ。
奴等がパパを妬んで殺したんだ…………。
黒鉄の言葉が、目を背けていた過去に向き合わさせ、そしてボクの心に火を着けた。炎を灯した。
自分の心すら焼き焦がしそうな程の、黒い黒い復讐の炎を。
だからボクは戦う事にしたんだ。
南条を全て殺すまで。
ボクの心に燃え盛る、復讐の炎が消えるまで。
パパがボクに唯一残してくれた竜の力を遣って。
それからのボクは、表向き東都大学の薬学部生として生活しながら、地下アイドルの活動を続け、その空き時間を竜の力の制御の鍛錬に費やした。
幸い、幼い頃に父から叩きこまれた霊術の基礎や、母から教わった幾つかの魔術のおかげで、コツは比較的簡単に掴むことができたし、ボクが立ち上げた地下アイドルグループの「D-princess」は当初それ程人気が無かったから、鍛錬する時間は十分に確保できた。
さらに、ボクに接触してきた黒鉄はボクのパトロンになる事を申し出てきた。
ボクの持つ、白き聖竜の霊力を少しずつ譲渡する代わりに、対策院や南条の情報を寄こしてくれるという契約だ。
本当はパパから貰った力を簡単に他人に貸したりはしたくなかった。
だけど復讐を遂げるには、アイツの情報が必要不可欠だ。
ボクには、その契約を受けるしか選択肢は存在しなかった。
そうしてボクの復讐は始まった。
黒鉄をボクの所属している天文部に無理矢理入部させ、誰も居ない部室を一つの拠点としながら。
雌伏の時を過ごし、鍛錬する事2年、漸く思い通りに竜の力を遣える様になったんだ。
それが今年の2月の事だ。
丁度その頃に「D-princess」の人気が出始めてしまったせいで、ボクの初出陣は7月までずれ込んでしまったけど。
だけど、その間何もしなかった訳じゃない。
ボクの事をどこからか嗅ぎつけたどこかの秘密結社の連中が、ボクの事を狙い始めたからだ。
【霧幻】と名乗る小柄な女に引き連れられた刺客や怪魔との戦いを余儀なくされたボクは、黒鉄からの情報提供もあって、対策院に巣食う癌細胞の存在を知った。そのリーダーである【黒帝】と名乗る人物の正体が、南条聖であるという事も。
そして5月には、南条聖に連れ去られたあの「裏切り者」がまだ生きている事を知った。
「裏切り者」は今では【神流】と名乗っていて、やはり【黒帝】の下で活動しているらしい。
そうして意図せずして実戦経験を積む事となったボクは、遂に先月、事を起こした。
予想通り駆けつけた南条一哉と交戦する機会を得た。
結局あの日は撤退せざるを得なかったのだけれど、ボクの復讐はまだまだ始まったばかりなのだ。
今日は2度目の襲撃予定の日――――
「佐奈の方だ。」
『は?』
つい回想に想いを馳せていたボクは、黒鉄の話を完全に飛ばしてしまっていた。
そんなボクの様子を見て、明らかにイラついたような表情を見せる黒鉄。
おい黒鉄。ムカついてるのはボクの方だ。自分の鬱陶しい態度をいい加減どうにかしろよ。
「だから、今回奥多摩に派遣されるのは妹の佐奈の方だつってんだよ。」
『妹の方か……。なんだ、手ごたえ無さそうだな。』
ボク達は南条の襲撃に、幾つかのルールを設けている。
無意味な襲撃は、特級鬼闘師である南条一哉に返り討ちにあう可能性を誘発しかねないからだ。
そのルールの一つに、必ず南条家のメンツを切り離して戦うというものがある。
ボクもここ数ヶ月南条一哉の戦いを見てきたが、どうも妹が側にいて自体が絡みだすと急に力を増す傾向にある。
だからこそ、兄妹を引き離して各個撃破する事ができれば、楽に倒せるという算段だ。
特に妹の方は明らかに取るに足らない存在。
孤立させてしまえば、十分に圧倒できる。
二人を殺した後には南条聖も控えているのだから、高々子供二人如きに苦戦している場合じゃないんだ。
「まあ、俺としても佐奈如き、サクッとぶっ殺してもらわなきゃ、てめえのパトロンやってる意味が無ぇ。今日で南条の末裔を一人、家系図から抹消してやろうじゃねえか、なあ、莉紗?」
『黒鉄……。ボクがこの格好でいる時は、その名前で呼ばない約束だよ?』
「細かい事気にしてんじゃねぇ! ホラ、さっさと行けよ!!」
黒鉄に促されて、ボクは隠れ家にしている廃屋から外に出る。
さあ、これから南条狩りの時間だ。覚悟しろ、南条佐奈。今日がお前の命日になる。
その時、ボクの脳裏にふと一人の人物の顔が浮かび上がった。
それは東雲結衣。ボクの後輩だ。
ボクが2年に上がった直後、新入生として天文部に入部してきた彼女だけど、ボクは彼女の事が大好きだ。そして恐らく、彼女もボクの事を好いてくれている。
彼女を見ていると、喪った筈の青春を取り戻せる様な気持ちになるんだ。
まあ、我ながら気持ち悪いと思うけどね。
だが、一つだけ困った事がある。
それは、彼女の想い人がよりにもよって南条一哉だって事だ。
ボクの大切な後輩が悲しむ姿は見たくない。
だけど、ボクの復讐を遂げるためには、彼は必ず殺す。
そんな葛藤がささやかな抵抗としてボクの脳裏に過ったんだろうか?
ボクの懸念点は実はもう一つある。
それはパトロンである黒鉄自身の事だ。
彼は対策院の裏切り者だと自らを名乗ったが、それをどこまで信用していいものか。
何しろ、彼から強い陰の気を感じるのだ。それこそ人間ではありえない程の。
だから、ボクは彼自身にも何かあると睨んでいる。
彼は決して善意でボクに協力を申し出ているわけではない。
それは、ボクの霊力を対価として差し出している点でも明らかだと思う。
だけどボクは止まるわけにはいかない。
ボクの復讐劇はまだ始まったばかり。ボクの復讐劇に戻り道は無い。
例えそれが、彼の掌で踊るだけのものだったとしても。
これはあくまでも『アイナ』こと小倉莉紗の視点でのお話。
本編の内容と齟齬があるのはきちんと意味があります。
次回は佐奈の方に話が戻ります。
今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




