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鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
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伍ノ舞 試験は終わって

最早一哉すら遥かに凌駕するであろう「力」に、突如として目醒めた佐奈。

そんな事など露知らない一哉は…………


久々に登場の鈴木君。

個人的には鈴木君に頑張って欲しい。

 夜も明け、早くも時刻は昼前。

 一哉達にとっては夏休み直前となる、最後の試験が実施されていた、東都大学理学部棟では―――――――



「よっしゃ、終わったぁ!」



 一哉が試験会場の講義室を出るなり、廊下に金髪の短髪の青年・鈴木智一の声が響いた。

 智一の見た目は金髪に、英語のロゴがデカデカと描かれたTシャツ、細身のジーパン、靴先の尖った茶色の革靴と、かなりのチャラ男だ。しかし、その見た目には似合わず、成績は優秀、学科のイベントでは常に中心に立って一体感の欠片も無い大学生達を纏めあげる中心人物。ほんの触りしか知らないものの、一哉の付き合いの悪さに対する数少ない理解者の一人であり、中々の好漢である。



「うるさいぞ、智一。試験が全部終わったからって、はしゃぎ過ぎだ。」



 智一の後に続く一哉は完全な呆れ顔だ。

 大学の最終試験終了後というのは、長い長い夏休みの始まりを告げるイベントであるため、世間一般的には一哉の方が変な人扱いを受けるのが普通なのである。だが、もう一人後からついてくる人物が完全に一哉の肩を持つが故に、智一の方がおかしい人扱いである。



「そうですよ、鈴木君。先生方に迷惑がかかります。」



 当然ながら、その人物とは結衣の事だ。

 結衣が智一に対して当たりが強いのは元からの事なので、結衣の言葉に一々反応はしないのだが、これまで一哉と結衣が表立って一緒に居ることなど全く無かったからなのか、智一は目を丸くして驚いている。



「いや、普通試験終わったら、もっと喜ぶもんだろ?!」



 あんまりな一哉と結衣の反応に、かなり大袈裟なリアクションを取る智一。やはりうるさい。

 そこでふと智一は立ち止まる。一哉と結衣も釣られて、廊下に立ち止まった。

 智一は一哉と結衣を見て、首を捻ると、不思議そうな顔で質問を投げ掛ける。



「て言うか、うん。一哉、お前いつの間に東雲さんと仲良くなったんだ?」


「は? 何がだよ。」


「いや、お前最近まで東雲さんとたまに話しはしてても、そんな仲良く歩く感じじゃなかったじゃん。何があった?」



 何があったかと言われて、一哉が真っ先に思い浮かべるのは、当然【壬翔】の一件と、それを切っ掛けに思い出した10年前の記憶。昔、結衣と出逢っていたという事実。

 確かに一哉から見ても、あの一件以来、結衣との距離が縮まったと感じている。昔の記憶の有る無しの差一つで、結衣を見る目が変わってきたのは間違いない。

 それはもちろん精神的な話なのだが、実際のところは物理的な距離までもが縮まっていたりする。

 その度に咲良に白い目で睨まれる羽目になるのだが。


 とはいえ、まさか対策院関連の事柄を智一に話すわけにいかず。

 どう答えるべきかと一哉は頭を捻る。だが、どうにも良い言い訳が見つからず、時間は過ぎていくばかりだ。

 そんな時に口を出したのは後ろに居た結衣だった。



「ついこの前、ちょっと一哉君に助けてもらった事があったんですよ。その時に仲良くなりまして。」



 なるほど、確かに嘘は言っていない。これは紛れも無い真実だ。

 だが、当然ながらそんな答え方をしてしまっては、次なる疑問を呼んでしまうのは火を見るよりも明らかだ。なぜなら、鈴木智一はその手の話が大好物で――――――



「いや、東雲さん。俺はその、助けてもらった事ってのを知りたいんだが?」


「え…………っ?! えっと、それは、そのぉ…………。」



 あまりの予想通りの展開に頭が痛くなる一哉。

 一哉にはこの様な返しをすれば必ず智一が必要以上に興味を示す事は最初からわかっていたのだ。何しろ男女関係だとか、人の色恋沙汰だとかに必要以上に首を突っ込むのが好きな男なのだから。


 そしてあからさまに動揺した結衣は、一哉の方に半分涙目で顔を向けて、無言で助けを求めてくる。これには一哉も盛大に溜め息を吐かざるを得ない。

 元はと言えば、一番話題が炎上しない穏便な返しを考えていた横から結衣が口出ししてきた事が原因で面倒な事になっているのだ。文句の一つも言ってやりたいところではあったのだが。



「いや、まあ…………。この前、結衣が悪質なストーカーに付け狙われてて、それで助けたんだよ。うん。そういう感じだ。」


「いや、どういう感じだよそれ。ガチで危ねぇ奴じゃん。ちゃんと警察には行ったのかよ? それに一哉。お前、いつの間に東雲さんの事、名前呼びするようになったんだ?」


「は…………? あ、あぁっと…………最初からじゃねえか?」


「いやいや、少なくとも4月の時点では苗字で呼んでたって。さては一哉、この俺に隠し事かぁ?」


「ぐっ…………!!」



 言葉を重ねれば重ねる程どんどん苦しくなるのは一哉。

 いつもの癖で結衣の事を名前呼びしてしまったが、結衣が南条の屋敷に居候を始める前は確かに「東雲さん」と呼んでいたわけであるし、よっぽど仲が良くなければ普通は名前で呼び合いはしないだろう。それ位の事は一哉ですらわかる。


 一哉の知る限り、対策院関係者以外で、結衣が一哉の家に居候しているという事は、結衣の親友である林海音にしか知られていない筈である。いくら相手が智一とはいえど、態々自ら明かすようなことでも無ければ、別に自慢するようなことでも無い。

 加えて言えば、居候の経緯が怪魔絡みである事を考えれば、そもそも居候している事自体がバレるのは、それはそれでリスクなのである。



「あー…………、それはだな…………。まあ、何ていうか……?」


「だから何だよ、一哉。要領を得ないぞ、お前。」



 そうして追い詰められた一哉を怪訝そうな顔で観察していた智一だったが、突如として意を得たりといった顔でニヤリと笑った。



「あー、なるほどねぇ。そういう事か、一哉!!」


「は……?」



 ニヤニヤする智一が何を考えているのか全く分からない一哉。

 困惑する一哉をよそに、智一は一人楽し気に頷きながら言葉を続ける。



「いやいや一哉、皆まで言うな! 俺はそういう事に一々茶々を入れる程、無粋じゃない男のつもりだぜ!!」



 益々訳の分からない事を言う智一に、一哉は首を傾げるしかない。隣の結衣も何だか顔を赤くしているようだが、何がそんなにも暑いのだろうか。この廊下はしっかりと冷房が効いて、むしろ寒いぐらいだというのに。

 一哉は頭の中に大量の疑問符を浮かべつつ、智一を見るしかない。



「いやー、そっかそっか、あの一哉がねぇ…………っ! いやいや、お兄さんは嬉しいよ。」


「おい待て、誰がお兄さんだ、このチャラ男。」


「まあまあ、いいじゃねえか、一哉!」



 無駄に良い笑顔で、かきあげる程長くもない髪をかきあげる仕草をする智一にイラッとする一哉。そこはかとなく抗議の視線を送るが、当の智一はどこ吹く風だ。

 それどころか。



「東雲さん、良かったな!! この愛想の欠片も持ち合わせてない男相手に、無茶な戦いを挑むとは思ってたが、まさかこんな短期間で落とすとは思わなかったぜ!」


「は、はわっ?! い、いいい、いや、そうじゃなくてですね…………?!」


「なに、東雲さんも皆まで言うなって! よしっ、今日は祭りだ! お前らに昼飯奢ってやる!!」


「え、えぇ?! いや、ちょっと、鈴木くん!」



 智一は混乱する一哉と結衣を置いて歩きだし。



「ほら、お前ら来いよ!! せっかくだし、パーっといこうぜ!」



 などと言い出す。

 全く意味がわからないが、これはこれで悪くない気分だった。

 一哉はこれまで、妹の佐奈と対策院の為に全てを投げうってきた。その事自体を後悔したことは無いが、それでもどこか孤独な時間(とき)を過ごしてきた事は紛れもない事実だ。

 そして、結衣と共に過ごすようになってから、そんな時間を多少なりとも虚しいと感じるようになっていた。なってしまった。



「このまま勘違いさせておくと、後々面倒になるんじゃ…………。でも、この外堀を埋める作戦、実はかなりイイんじゃ…………?」


「結衣、何か言ったか?」


「へっ?! な、なんでもない! 何でもないよお?!」


「――――――?」


「さささ、行こっか一哉君! せっかくの鈴木君の心遣い、ありがたく受け取っちゃおう!」



 何故かすごく焦ったように智一の後を追おうとする結衣に、一哉も続く。

 本当は気がかりもあって家に帰ろうかと思ったいたのだが、その原因が今日はまだ帰っていないであろう事を思い出したのだ。



「ったく、しゃあない。今日くらいは付き合うか。――――待てよ、智一!」



 嫌々、といった口調ではあるが、一哉の足取りは軽い。

 こうして一哉と結衣と智一は昼食へと繰り出し――――――



「意気揚々と奢ると言った割には、食堂かよ智一。チャラ男の名が泣くな。」


「うるせぇ、一哉。学生がそう簡単に3人分も飯代出せる訳ねぇだろ。文句言うんだったら、自分で出せ。せっかく、貧乏学生の南条君に僅かばかりの祝福をしてあげようって言うのによ。」



 近年稀に見るハイテンションな智一に連れられて一哉と結衣が来たのは、何の変哲もない東都大学の食堂だった。この食堂自体は一哉も普段からよく利用するので、別に不満があるわけではない。だが智一は、女の子とのデートに使うための良い店をよく知っている。結衣でも連れていこうかと、あわよくば、そんな店を教えてもらおうなどという魂胆があったのだが、その目論見が完全に崩されたのだ。


 などと、一哉にしては非常に珍しい理由で文句を言ったわけだが、確かに智一の言うとおりである。

 加えて、実際の所、一哉は別にお金に困っているわけでも、まして貧乏学生でもない。ただ鬼闘師の仕事の事をバイトと言って誤魔化しているが故に、貧乏学生扱いされているだけなのだ。

 だから、実際には智一に奢ってもらう必要は無いし、何なら自分が智一に奢っても良いわけである。


 しかし、実際にはそんな事をするわけにはいかない。

 それをするには、一哉の大学での立ち位置はあまりに固まり過ぎてしまっていたし、この東都大学においては、鬼闘師の事は最早一哉だけではなく結衣にも関係する事となってしまっているのだ。不用意な行動を取って、怪しまれるわけにはいかないのだ。

 だからこそ、一哉も何も言うことが出来ない。



「悪いな。感謝はしてるさ。」


「んだよ、今度は急に謙虚になって。気持ち悪ぃ。」



 照れたのか、智一はぶっきらぼうに返すと、定食のうどんをすすり始めた。

 それからしばらくは、3人ともが沈黙したまま食事をする。

 これは一緒に飯を食う必要があったのか、と思う微妙な空気感が流れる食堂の一角。そこで突然、なんの脈絡も無く、再び智一が問いかけてくる。



「そういや、一哉。お前、今年の夏は予定あんのか? どうせ今年もバイト漬けなんだろうけどよ。」


「智一。口に物入れたまま喋んな。汚い。」


「おっと失礼。で、どうなんだ? たまには男二人、遊びに行こうぜ。」


「遊びにいくってどこにだよ。」


「新潟とかどうだ? うまい日本酒飲みに行こうぜ。車は俺が出すし。圏央道から関越道乗っていけば、あっという間だ。」


「新潟なぁ……。」



 腕を組んで考える一哉。

 頭の中でスケジュールを確認し、空きを探している。

 去年までであれば、とりつく島もなく断っていたのだろうが、無意識に検討を始めるあたり、ここでも結衣の影響が強く見られる。



「ま、たまにはいいな。いいぜ、一緒に行ってやるよ。」


「マジか?! あの一哉が! 嘘だろ?!」


「だいぶ失礼な奴だな。んな事言うなら、行かねぇぞ?」


「いや、だってあの付き合いの悪さで有名な一哉がなあ…………。うんうん、成長したな、一哉!」



 あまりに良い笑顔でサムズアップする智一に、一哉は反応に困ってしまう。あまりにも長い間、普通の交遊関係を絶っていた一哉には、今の智一の気持ちが全くわからないのだ。

 そこに、今まで沈黙を貫いていた結衣が口を挟む。



「あっ…………、いいなぁ。私も一哉君とどこか出掛けたい…………。」


「は? 一哉お前、東雲さんと遊ぶ約束してないのか? それはダメだろ。お前、すぐに愛想尽かされるぞ?」



 今度は一転、再び責める口調になる智一。

 一哉は状況をうまく飲み込めず、大混乱である。



「いやいや、ちょっと待て。智一、お前の話はあまりにもコロコロ変わりすぎて、わからん。もっと順序立ててくれ!」


「あ? ちゃんと自覚しやがれ、この朴念仁。東雲さんが可哀想だろ?!」


「だから! 遊びに出掛ける話と、結衣と何の関係が有るんだって言うんだよ?!」



 夏休みに突入し、普段に比べて比較的静かになった食堂でヒートアップする二人。そして、火付け役の結衣はオドオドと二人の様子を見ることしかできていない。



「それぐらい自分で気づきやがれ!」


「何だと? おい、智一! いい加減にしろよ!」


「ちょ、ちょっと一哉君。落ち着こ? ね? みんなこっち見てるから…………。」



 ヒートアップした一哉には結衣の言葉も届かない。

 珍しく一哉と智一が一発触発の状態となったその時。意外なところからかけられた声で、二人は一気に正気に引き戻された。



「あれ、珍しいね結衣。アンタが南条と鈴木と一緒にいるなんて。」



 一哉・結衣・智一の三人の横から声をかけてきたのは。



「つーか、アンタらうるさすぎ。痴話喧嘩なら外でやれよな。」


「ゆいっちも、旦那さん、しっかりコントロールせんとあかんよ?」


「東雲さん、いつの間に…………! それならそうと、ちゃんと言ってよね~!」



 最近結衣が大学で仲良くしている女子三人衆――――林海音、奥野凜、川部志乃であった。

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