肆ノ舞 血塗れの果実
謎の指輪を手に入れた佐奈は再び「アイナ」へと立ち向かい……
自分の左薬指に嵌められた、血の様に赤黒い宝石を見た途端、佐奈は唐突に理解した。
――――この力に身を委ねれば殺せる、と。
「バカな…………。さっきの一撃で内蔵に相当なダメージがいった筈だ…………! それなのに、どうしてまだ平然と立てる?!」
「さぁ? そんなの、私の知ったこっちゃないし。神様の思し召しってやつじゃない? あなたを殺せっていう、神様の。」
「く…………っ!」
立ち上がった佐奈は、悠然と「アイナ」の方へと近づいていく。法具である薙刀を失い、全身に多大なダメージを受け、瀕死だったにもかかわらず。
その姿は、ただ不気味と言う他に無い。
血塗れで、喀血の痕の残る口許で、無表情に近づいてくる少女の姿はまさにゾンビ。
「キミが何でまだ動けるのか、気にはなるけど。法具も失い、武器も失い、身体も傷つきまともに動かない。そんなキミに一体何ができるというんだい?」
「五月蠅い……。さっきからあなた、本当に五月蠅いよ。少しは静かにするって言う事を知らないの? まあ、いいよ。まずはそのよく喋る口を閉じる事から始めるから。」
佐奈は「アイナ」の間合いのギリギリ外まで近づき、左手を「アイナ」へとかざす。
「結べ、『血染花嫁』。」
そう唱えた佐奈は、続けて霊術を起動する。
「固有霊術『滅望の弾丸』」
かざした掌から無数の弾丸が生成され、その照準を「アイナ」へと合わせると、一斉に掃射する。
「――――――っ! 『輝龍加速』!!」
佐奈の視界から「アイナ」の姿が一瞬にして消え去る。
「アイナ」の超加速魔術のスピードに、佐奈は全く反応できなかったのだ。特別動体視力が良い訳でもない佐奈に、「アイナ」を捉えられる道理は無い。
だが。
佐奈には、その様な事は些事に過ぎなかった。
「むだ……だよ。」
「アイナ」が回避した無数の弾丸は、空中で突如制止する。そして、その向きを180°変えると、再び放たれた。
――――『輝龍加速』で佐奈の後ろに回り込んだ「アイナ」に向けて。
「嘘だろ?! 『竜の拒壁』――――ッ!!」
「アイナ」に向かった弾丸は、再び展開された赤い魔方陣によってたちまち光の粒子へと帰していく。「竜の拒壁」と名付けられたその魔術は、神聖なる龍が邪なる者の接近を拒むが如く、あらゆる霊的現象を無に帰す。
だが今回は――――――
「~~~…………ッ! 間に合わなかった…………。」
まだ龍化していない右腕。
そこから、血が流れている。
魔術発動のタイムラグの際に、一発だけ弾丸が魔方陣形成前にすり抜けて、被弾していたのだ。
「あはは。竜の血って綺麗なんだね。綺麗な真っ赤。ねぇ、もっと見せてよ。辺り一帯を血の池にするぐらいに。」
佐奈は無表情に笑みを貼りつけた様な、歪な笑顔で「アイナ」を見つめている。佐奈を知る者からすれば、想像もつかないような不気味な表情で。
「どういう…………事だよ…………! さっきのはただの金の属性霊術『鐵塊連弾』のハズだろ…………。どうやって、見失ったハズのボクを……攻撃できたんだ! それにそもそもっ!! 法具も無いのに、どうやって、霊術起動してるんだ!!!!」
「わざわざ、敵に種明かしすると思う?」
「貴様…………っ!」
「と言っても、訳もわからず殺されるのも、さすがに可哀想だし…………。ヒントをあげるね。お嫁さんは運命の人と結ばれなきゃいけないんだよ?」
「は…………? それはどういう――――――」
意味不明な佐奈のヒントに戸惑う「アイナ」は、そこで言葉を切った。そして、明らかに動揺した様子で言葉を絞り出す。
「この…………気。陰の気…………だと? じゃあまさか、陰霊剣の力?!」
「あ、この指輪、陰霊剣って言うんだ。へぇ。初めて知った。」
「そんなバカな…………! 生きたまま陰霊剣を扱えるなんて…………そんな事、絶対あり得ない!! 陽霊剣ならまだしも、陰霊剣を使えるわけが――――っ!」
もはや最初の余裕など欠片も見られなくなってしまった「アイナ」に対し、佐奈は盛大に溜め息を吐く。
「だから、さっきから言ってるように、あなた五月蝿いよ。現実に私はこの力を遣ってるんだから、いい加減現実を認めてよ。私からすれば、龍に変身できるお前の方がよっぽど異常なんだけど。」
つまらなさそうに吐き捨てると、佐奈は戦いの余波で斬り倒された木へと腰かける。
「んしょっと…………。でも凄いよね、龍に変身なんて。厨二病でも拗らせちゃった?」
「…………ふざけるなよ。これは父から貰った大切な力だ。キミ如きにバカにされる筋合いは無い。」
「あっそ。でも、父から貰ったって言ったって、要は親のエゴで改造されたってだけでしょ? まあ、どこの家でもそうだよねぇ。私の家だって、父さんは勝手に私と兄さんを捨ててどっか行っちゃった訳だし。そんなロクでなしの力に拘ってるなんて、あなた、よっぽどファザコン拗らせてるんじゃない?」
自分のブラコンを棚上げで「アイナ」を嗤う佐奈。
その口許が、また一段、ニヤリと歪められる。
「~~~…………っ! 南条佐奈、キミは元々殺す予定だったけど、もう容赦はしない。父を――――パパをバカにした罪は、この場でキッチリ償ってもらう! キミの命でね!!」
「どうぞご自由に?」
佐奈のその言葉を合図に、「アイナ」は再び跳び上がった。
あまりにも人間のソレを大きく越えた跳躍力で。佐奈の頭上へと。
その総身に怒りの炎を滾らせて、佐奈の上へと。
「『部分龍化・龍の尾』――――――っ!!」
「アイナ」の「呪言」に呼応して、その腰から、白い、龍の尾が生える。
「死んで償え、南条佐奈…………っ! 『龍の閃槍』――――!!」
凄まじい閃光が龍の尾を包み込み、尾の形を変えていく。
深く深く貫く形に。
深く抉り、肉を裂く形に。
そうして創られた白き聖槍は佐奈の眼前へと突きつけられ――――――
「離せ、『血染花嫁』。」
――――――ドガァ……ッ!
佐奈の腰かける倒木の隣の岩へと命中した。
「――――――っ?!」
「どこ狙ってるの?」
佐奈から見ても、明らかに「アイナ」は動揺しているのが、能面越しにもよくわかる。
それはそうだろう。
標的の眼前まで迫っていた筈の攻撃が、突如不自然な軌道を描いて逸れたのだ。驚かずにいられる訳がない。
「ふざけるなっ…………! 『龍の咆哮』――――! 『龍の破砕』――――! 『爆裂閃光ぉ』―――――っ!!」
「アイナ」は周囲への影響など全く考えていないのだろう。高出力の魔術を連発し、佐奈に向かって放ってくる。
龍の首を模したエネルギーの塊が、破砕せんと迫る牙状の光が、大爆発を伴う光の奔流が佐奈を飲み込み、周囲を地獄の様相に変えていく。
連続して行使された強力な魔術のせいで、辺りは完全に粉塵が覆ってしまい、視界はゼロ。
更に粉塵の向こうから、「アイナ」の機械処理音声が響く。
「もう一発くれてやる――――――『爆葬槍』!!」
立ち込める粉塵を貫いて、光の槍が飛んでくる。それまでの高火力魔術をも遥かに凌駕する程の威力である事が、一目でわかる技だ。
あまりの高エネルギーに、光の槍はスパークを放ち、その軌跡を美しく染め上げた。
そのまま着弾した光の槍は炸裂。一瞬のうちに、佐奈を中心とした半径20mを消し炭へと変えてしまう。まさにこの世の地獄を限定的に作り出したかの様。
そして「アイナ」自身も、自分の放った技の反動と爆発で、大きく吹き飛ばされてしまう。
しかし、そうまでしたとしても。
「はい、無駄な努力、お疲れ様。」
「…………げほっ、げほっ! そんな…………どういう……事だ…………!」
地面はとうに抉れ、クレーターの様になっても。
辺りを覆い繁っていた森が全て灰になっても。
佐奈と、その腰かける木だけは何事もなかったかの様にそこに在り続ける。
ちょうど、攻撃がそこに通らなかったかの様に。
「結べ、『血染花嫁』。『破浄鎚』――――。」
愕然とする「アイナ」に向かって、佐奈は呪令と共にトドメの霊術を放つ。地面から突き出る巨大な石の杭に吹き飛ばされる「アイナ」。
「なんなんだ…………どうしてこんな…………。生身の人間が……陰霊剣を使ってる事自体異常なのに…………。攻撃が全く当たらないなんて…………。なんなんだ…………一体キミは何者なんだ…………ッ!!」
地面に倒れ臥して呟く「アイナ」は、変声機が壊れかけている事に気付いていないのだろうか。いつもの機械処理された男の低い声に、意外に高い声――――恐らく地声が混じっている。
つい先程まで佐奈を蹂躙していた「アイナ」が、今は逆に佐奈に圧倒されている。そんな事実を受け入れられないのか、「アイナ」は呆然として、微動だにしない。
「それじゃまあ。お疲れ様でしたって事で…………そろそろ死んで?」
佐奈はそのまま動かない不届き者――――「アイナ」に向かって、死刑宣告を下す。事実、つい10分程前まであった隔絶した力の差は最早完全に逆転し、それを為しうるだけの力が今の佐奈にはあった。
後は心の声に従って、兄と自分に仇為す者に鉄槌を下すだけで、目的は達せられる。後は兄を手に入れれば、佐奈の願いは、魂の奥底からの渇望が叶う。
「安心して。ほんの一撃で殺してあげるから。それじゃ、さよなら。『刺突――――』」
「『竜閃槍』――――…………っ!!」
その瞬間、「アイナ」が上体を起こした。高速の光魔術が佐奈を襲い、霊術の起動が阻害されてしまう。
佐奈は、頭部を狙った「アイナ」の魔術を咄嗟に躱したのだが、至近距離で放たれた高速の魔術を避けきれず、その頬に僅かに傷がつく。
「………………まだ抵抗するんだ。往生際、悪いね。」
「当たり前だ……っ! ボクに一発喰らわせたぐらいで、いい気になるなよ、南条佐奈!!」
「あー、そういえばそうだっけ? あなたがあまりにも弱すぎて、忘れてたよ。」
「貴様…………っっっ…………!?」
佐奈の言葉に激昂した「アイナ」は勢いよく立ち上がった。
身に纏う、鋭く研ぎ澄まされた闘気は、紛れもない怒りと殺気。焼け付くような気迫は、常人であれば身体の芯から震え上がる程だろう。
しかし、そんな「アイナ」の闘気もすぐに霧散してしまった。
すぐに体勢を崩して膝をついてしまったからだ。
「くっ…………!」
「やっと効いてきた? 結構時間かかったね。」
「力が…………入らない…………。お前、ボクに何を…………した…………!」
「さあね?」
佐奈は腰かけた木から降りると、膝をつく「アイナ」の前まで歩いて移動する。
全身血に塗れたその姿はまるで死神の様。
それまでに「アイナ」が与えたダメージなど無かったかのように、悠然と歩いている。
「くそっ……。質問に答えろよ……。」
「そんなの答える義理無い…………って言いたいところだけど、教えておいてあげるよ。私の固有霊術『滅望の弾丸』――――――『鐵塊連弾』に追尾性能を与えただけで、そんな術の名前付けると思う?」
「――――――。」
「正解は、『呪い』。」
「……『呪い』? それこそバカな。生身の人間が『呪い』なんて…………。」
漏れ出る地声が愕然とした色に染まっているのがすぐにわかる。
佐奈の表情がそこで笑みに変わる。
「信じるも信じないもあなた次第だけど。でも事実、私はあなたにある『呪い』をかけた。」
「『ある呪い』…………?」
「そう。それは、あなたの魂を腐らせていく『呪い』。私の弾丸に込められた『呪い』が体内に入った時点で、あなたの魂へと働きかけて、陽の気を弱らせていくの。人間の魂なんてのは、ある意味で陽の気の塊。それが弱って削られていくって言う事は…………もうわかるよね?」
「まさか…………っ!」
佐奈の笑みが嗜虐的に歪む。
「あなたの命は残り2ヶ月。あなたはこれから、医学的には何の原因も無いのに、どんどん衰弱していくの。今一時的にあなたの力が抜けているのは、その始まり。あなたの力の遣い過ぎが原因。一晩休めば体力は戻るだろうから、しばらくは普通に過ごせるかもしれないけど、これからどんどん、今みたいな感じになって弱っていくよ?」
「――――――」
「一つ教えておいてあげるけど、あなたの命を保っているのは、その龍の力なんだから。これから龍の力を遣えば遣う程、寿命は縮まっていくから気を付けてね?」
佐奈はあまりにも残酷な死刑宣告を「アイナ」へと告げる。
「アイナ」の視線は殺気に満ち溢れ、佐奈を貫きそうな程である。だが、気持ちがあっても、能力があっても、「アイナ」の身体に力が満ちていく様子は微塵も見られない。
「ふざけるな。『呪い』だと言うなら、なおさらお前を殺せば解ける筈だ。だったら、ボクのすべき事に変わりは無い…………っ!! ボクの魂が腐り堕ちて消滅する前に――――――」
「ああ、そうそう!!」
明らかにやせ我慢な「アイナ」の声に、必要以上に大きな声で割り込む佐奈。その表情は嗜虐的で快楽的。死の絶望を叩きつけている事を本気で楽しんでいる。
そして、佐奈の次の言葉は「アイナ」の戦意を粉々に叩き砕いて、欠片程も残さない様にするのには、あまりにも十分だった。
「わたしがあなたに2ヶ月の猶予を与えたのは、罰の為だから。私と兄さんに手を出した罪のね。つまり、やろうと思えば魂への『呪い』の浸食速度を上げて、あなたの寿命、もっと縮められるから。それだけは覚えといてね?」
その言葉はつまり、「アイナ」の命の決定権は佐奈が握っているという事だ。
――――――私や兄さんに手を出せば、いつでも魂を腐らせて殺してやると。
佐奈の言葉に、「アイナ」は唇を血が滲む程強く噛んで―――――――
「くそ…………っ! 『輝龍の噴光』――――――!!!!」
アイナが地面を殴り付け、凄まじい量の白い光を周囲へと撒き散らした。影すらも消し飛ばす神の威光は、佐奈を包み込み、その視界を完全に奪う。
「目くらまし?! だけど、無駄っ…………!! 離せ、『血染花嫁』――――――!」
「アイナ」の放つ光を直視してしまった佐奈は完全に視界を奪われてしまった。焼けつくような白が瞼の裏にも張り付き、最早何一つ見えない。
そんな状況を作れるのであれば、初めから使えよ、と思う佐奈ではあるのだが、どちらにせよここで棒立ちになっていても「アイナ」の攻撃が直撃するだけである。
佐奈は『指令』を唱え――――――
「…………………?」
そして何も起こらなかった。
佐奈の視界が回復する頃には、クレーターと焼け跡で見る影も無くなった、暗闇の森の跡地のが目に映るだけだった。
「逃げちゃったか…………。まあ、いいよ。あと2ヶ月の命、思う存分楽しんでね? ………………。………………。………………。え…………?」
「アイナ」が逃げた方向を見つめながら、死の恐怖を与えた事を楽しげに呟いた佐奈は、突如として、たった今自分が発した言葉に違和感を覚える。
気が付けば、手も足も出なかった筈の「アイナ」は既におらず、しかも逆に、「アイナ」に対して自分が何かしたような台詞。
そんな自分の言葉が自分で信じられなかった。
「私、いったい何を…………。それに怪我………………治ってる…………っ! 何? なんなの?! どうなってるの?!」
「アイナ」にいたぶられ、あれほど痛めつけられた身体が、まるで無かったかの様に軽い。変わらず、血塗れになった服を着ているから、徹底的にいたぶられた事は間違いなく事実である筈なのに、身体にはまるでその痕跡が残っていない。
さらに、混乱する佐奈は、自分の左薬指に嵌まった指輪に気がつく。
「な、何? 何この指輪…………?」
佐奈の見つめる先にある指輪。血の様に禍々しい赤の宝石をつけたその指輪は、佐奈の動揺に合わせたかの様に、光の粒子となって消えてしまった。
そして同時に佐奈の頭に記憶が流れる。
――――謎の力で「アイナ」を追い詰めたこと。
――――「アイナ」に絶望を与える為だけに、余命が1ヶ月となる呪いをかけた事。
――――躊躇いもなく陰の気の力を遣っていたこと。
「ちっ……ちが…………。違う違う違う!! 違うもん…………っ! わたしは…………私は――――――っ!!」
自分のした事。
自分のしてしまった事。
その全てを思い返したとき、佐奈の総身を、とてつもない恐怖が襲う。
「うっ…………ううっ……………………うわあああああぁぁぁぁぁん…………っ!! 助けて! 助けてお兄ちゃん!! こわい…………怖いよっ! 助けてよ、お兄ちゃん――――っ!! うあぁぁぁぁぁ…………。」
泣き崩れる佐奈の絶叫を聞く者は、誰も居ない。
今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
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