表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼闘神楽  作者: 武神
第4章 滅亡の氷姫
74/133

零ノ舞 プロローグ4~ある夏の悲劇~

お待たせいたしました、第4章の開幕です。

「お帰り、姉さん。」


「おかえりなさい!おねえちゃん!」



 子供が玄関の奥から駆けてくる。

 一人は中学生位の少年。短めの黒髪と切れ長の目はクールな印象を与えるが、それとは裏腹に、満面の笑顔を浮かべている。

 もう一人は肩を少し越えるぐらいまで髪を伸ばした、黒髪の少女。

 少年に比べると気弱そうな印象を感じるが、それでも向日葵の様な眩しい笑顔を見せている。


 そして二人に声をかけたのは女。

 学校の指定制服に身を包んだ、濡れる様な美しさの黒髪を持つ高校生ぐらいの年齢の少女だ。腰よりも長いその黒髪を後ろで緩く纏め、その真珠のような漆黒の瞳で柔和に微笑んでいる。



「ただいま、一哉、佐奈。」



 辺りにはセミの声が騒々しく響き、夏の日差しがとても眩しい。ちょうど7月という夏真っ盛りの季節にお似合いの、輝く青空に大きな雲の浮かぶ、暑く眩しい日。だがうだる様な暑さの中にあっても、少女の笑みはとても涼やかであり、その美貌に見とれて足を止める者も少なからず居るだろう。



「おう、帰ったか。」


「お父様。ただいま戻りました。」


「これでお前さんも上級鬼闘師――――――人の上に立つ鬼闘師ってわけだ。相変わらず優秀な娘を持つと嬉しいねぇ。」



 さらに奥から出てきたのは南条聖。言わずもがな、一哉と佐奈とこの少女の父親だ。

 短く切った髪を逆立てた、ダンディな男である。特級鬼闘師11人のうちの一人でそのNo.2の座を10年以上も欲しいままにする豪傑でもある。聖は着物の袖から封筒を取り出すと、少女に渡す。



「ほれ、後で中身見て見ろ。この前お前が言っていた長期任務の参加認可証だ。」


「これは……。でもお父様、本当に私が参加しても問題なかったのですか?」


「何、他ならない娘の為だ。重蔵の野郎を多少ぶっ飛ばしてでも入れ込んでやろうと思ったんだがな、あいつ、盲判と言わんばかりにあっさりと承認しやがった。何でも、俺の娘なんだからその人格・技量に何の問題も無いだろうってよ。まあ、お前さんの憂慮は杞憂だったっつーわけだ。」



 聖はニヤリと笑い少女へと語り掛ける。

 聖は自身の子供の教育に対して手を惜しまないタイプの人間だ。使える権力は使い、使える伝手は使う。元々子煩悩なタイプの男であったが妻を亡くしてからそれに拍車がかかり、3人の子供たちを溺愛していると言っても過言では無かった。

 一方、少女は封筒を受け取り中身を確認すると、最初は呆気にとられた顔をしていたが、次第に顔を歪めて遂には大粒の涙をこぼしてしまう。



「うぅ…………。お父様、本当にありがとうございますっ……!こんな私に期待してくださって、色んな事をしてくださって……。」


「バカやろう!娘の為なんだ!当然だ、当然!」



 何を大げさなと言わんばかりに手を振る聖だが、少女は益々零す涙の量を増やし泣き続ける。号泣と言っても過言ではない泣き方である。

 そんな少女の様子を見た聖は少々呆れ顔。と言っても、年頃の娘が泣き出してもどうやって泣き止ませるか本気でわからず、どうしたものかと頭を掻く。



「あー……。泣くなってホラ。大したことじゃねえんだから、そんな事で一々泣いてたら、体中の水分出し切って干からびんぞ?」


「でもお父様……っ!私は、貴方の本当の娘じゃ…………。」


「だーかーらー、いつも言ってんだろがよ。俺達は家族だって。そこに血の繋がりの有無は関係ねぇ。俺達が互いに家族だと思ってて俺達にその絆がある限り、俺達は家族だ。そこに他人の意見が介在する余地はねぇし、文句言ってくる奴が居たら俺がぶっ飛ばしてやるよ。」



 そう言うと、聖はワシャワシャと少女の頭を撫でる。

 お前は家族だ、と少女に改めて伝わる様に。その不安を取り除こうと、愛をこめて。

 そんな聖の様子を見て、一哉と佐奈も言葉を続ける。



「そうだよ、姉さん。俺達は家族だ。姉さんの事を南条家の子飼いなんて言うやつが居たら、俺がしっかり文句言ってやるから、だから泣くなよ。もう高校3年生だろ? まったく、姉さんは何時まで経っても涙もろいんだから。佐奈じゃないんだから、いい加減涙腺絞めた方が良いぜ?」


「お兄ちゃん酷い! 佐奈、お姉ちゃんみたいにすぐ泣かないもんっ! でも、お姉ちゃん。お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだよ。誰が何を言ったとしても、お姉ちゃんは私のお姉ちゃん!」


「いや、佐奈の泣き虫っぷりは酷いぞ。」


「お父さん! お兄ちゃんが意地悪言う!」


「ハハハ。確かに佐奈は泣き虫だからなぁ。霊を見て泣いてるようじゃ、お父さんやお姉ちゃんやお兄ちゃんの様にはなれんぞ?」


「もうっ! お父さんもお兄ちゃんも嫌いっ!!」



 そんな3人の様子を見て少女も泣き止み、面白そうに笑いだす。

 その笑みに、確かな幸せの表情を浮かべて。



「フフフ……。うん、そうだね。私達は家族だよね。聖さんが私のお父さんで、一哉が私の弟で、佐奈が私の妹――――――誰にも文句は言わせない、自慢の家族だもんね!」


「そういう事だ。さあ、こんな所で話していても暑いだけだろ。さっさと上がれ。今日は京都の親戚からうまい茄子が送られてきたから、焼き茄子を作ってみたんだ。」



 そう言うと、聖は屋敷の中へと引っ込んでいく。佐奈も父の背中を追いかけて、小走り気味に中へと入っていく。

 一哉も後に続こうとしたが、そこで少女に呼び止められる。



「ちょっと待って、一哉。」


「ん?どうした、姉さん。」



 一哉は何の用事かと疑問に思い足を止め、首だけを後ろに回して少女の様子をうかがう。

 振り返った先の少女は先程までとはまるで別人であった。柔和で美しかった少女の漆黒の瞳が急に妖艶な雰囲気を纏い始め、心なしか上気したその顔は、とても年齢には似合わぬ色香の様なものを発しており見る者の目を惹きつけて止まない。



「……もう、わかってるでしょ? 2週間ぶりに帰ってきたんだから。晩御飯食べてお風呂入ったら、夜、久しぶりに私の部屋に来てね?」



 一哉は一瞬逡巡すると、少女へと向き直ってその首を縦に振る。



「ああ、いいよ。姉さん。11時頃に行くよ……」



 その様子を密かに妹の佐奈が見ていた事を二人は知らない。



 晩御飯の席で、少女の長期任務に関する話が出てくる。

 本日の晩餐の食卓には、聖の作った焼き茄子に加え、白米、みそ汁、鮎の塩焼き、揚げ出し豆腐、夏野菜の煮物と、和食のラインナップが並ぶ。

 南条家の食卓は基本的に聖の独断で和食となる場合が多い。

 南条家で働く手伝いなどは、聖の無茶苦茶な要求にも応えられるよう、和食だけは極めているらしいという話があるぐらいだ。



「それで例の長期任務、いつから行く事になるんだ?」



 聖がお気に入りの焼酎・利右エ門(黄)をロックで飲みつつ、自分で作った焼き茄子をつまみながら話題を振る。



「1週間後です。さっき、局長から1週間は出撃しなくても良く、体を休めるようにとの指示の連絡がありました。」


「そうか……。うちにはしばらく居れるのか?」


「はい。集合までの1週間は家で過ごすつもりです。」



 この家は少女の家なのだから、まるで滞在中の居候の様な受け答えをするのだが、その点に関しては南条家の一員は誰も突っ込まない。最近、少女は対策院の本部で寝泊まりする事が多く、滅多に家に帰ってこない。

 上級鬼闘師への昇格試験、特別任務への志願、その他諸々の手続きで不在がちで、自身の通う学校へも対策院から登校している位だ。

 そんな娘を聖は大変心配しているが、「これも早く特級へ昇格するための我慢ですっ!」と握り拳を作ってまで熱弁されると、流石の子煩悩の聖でも文句が言えない。



「ま、しばらく居れるならゆっくりしていってくれや。娘にこんな事言うのも変な話だがよ。」



 そう言うと、聖は残りの焼酎を一気に掻っ込む。

 自分の子供の教育にはその機会は与えるが、活かすも殺すも本人次第。

 基本的には不干渉というのが聖の教育における父親としてのスタンスである。



「それで姉さん。その任務はどれぐらい行く事になるんだ?」



 聞くのは一哉。

 家族として、不在期間を確認するのは当然だろう。だが、妹の佐奈はさして興味が無さそうだ。



「えっと、任務概要書によれば1か月ね。うーん、私も流石に1か月も家に帰らなかった事は無いし、ちょっと不安かも――――――」



 少女は顎に人差し指を当てて、心配そうな顔をする。

 高校生という立場で1か月も家を空けるというのはそうそうある事ではない。

 だからこそ一哉としても心配なわけではあるが――――――



「まあ、姉さんなら心配ないだろ。僅か18歳で上級鬼闘師に昇格したんだ。そんな天才がトチるわけないって。」


「うーん……。一哉こそ13で既に任官式を終えてるって方が天才だと思うんだけど……。」



 南条家には今、天才鬼闘師が三人もいる。

 現役の特級である聖を筆頭に、最年少の11歳で任官された一哉、そしてもう一人の娘。

 もっとも、その娘は本来南条家の血縁の者ではないため、「南条の子飼い」として疎んじられる傾向にあるのだが――――――


 そしてそんな二人の様子を佐奈は胡乱な目で見ていた。



 その夜。父も妹も寝静まった夜中11時過ぎ。

 一哉は少女の部屋の前に来ていた。



「姉さん、入るぞ。」



 姉の部屋の襖をノックする一哉。

 だが、その表情はとても家族の部屋に入るものとは思えない緊張した表情。

 周りの者がその様子を見れば、少年と少女は不仲なのかと思う所だろう。

 だが、それは真実ではなく――――――



「うん。いいよ……。」



 どこか熱っぽい、期待に満ちた声。

 一哉はそのまま少女の部屋へと入っていく。



「お兄ちゃん…………。」



 二人は佐奈が外で聞いていた事など全く知らない。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



 ――――――1か月後



「お帰り姉さん。」


「うん。一哉、ただいま…………」



 長期研修から帰ってきた少女はまるで別人のように見えた。

 濡れる様な綺麗な黒髪はくすみ、真珠の様だった漆黒の目は据わっている。

 嫋やかで涼やかだったその笑みはまるで岩戸に隠れた太陽神の様に陰りを見せ、最早どこにも見られなかった。


 姉の激変に驚きを隠しきれない一哉だったが、大事な話があると姉を庭へと呼び出す。

 特に何の感慨も無い表情で、機械の様にぎこちない動きで一哉の後についてくる少女。



「姉さん。やっぱり俺は今のままじゃ―――――――」



 サクッ――――――。

 軽い音と共に軽い衝撃。

 衝撃を受けた己の腹部を見た一哉はその驚愕の光景に目を見開く。

 それは、自分の腹部に突き立つ刀。そしてそれを握る、姉の手。



「ど、どういう…………。何のつもりだ、栞那(かんな)姉さん!!」

いつも読んでいただきましてありがとうございます。


今章から本格的に四天邪将・青龍位の神流が本格参戦。

物語も折り返しに入り、加速していきます。

また今章もお付き合いいただけますと幸いです。


また、今章から投稿感覚を3日に1回とさせていただきます。

次回掲載は6/25 21:00です。


それではよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ