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鬼闘神楽  作者: 武神
第1章 その名は鬼闘師
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陸ノ舞 暖かな食卓

前半シリアス、後半日常回

 一哉は結衣と佐奈についてくるよう促すと、2人を応接間に案内する。

 南条家に洋室は無い。広い和室の真ん中に置かれたソファが2対、そして木製の大きな机が一つ。

 一哉は部屋の奥のソファに結衣を座らせると、対面のソファに佐奈と並んで座った。

 重い雰囲気の応接間に、来客の結衣はもちろん、下手をすれば自分達の首を絞めかねない話題を始めようとする南条兄妹も思わず表情を硬くする。


 糸が張り詰めるような緊張感の中、最初に口を開いたのは結衣だった。



「じゃあ、聞かせてもらってもいいかな……?私がここに連れてこられた理由と、南条君が何をそんなに必死になって隠そうとしているのかを」


「必死になって、か…………」


「うん。あんな怖い顔の南条君、初めて見たよ?」



 初めて見たと言うが、正直なところ、一哉と結衣の接点は同じ大学の同じ学部の同期というだけである。ほとんど喋った事も無かった人間が一哉の何を知るというのだろう。



「私、南条君の事ちょくちょく見てたから……。いつも不愛想な顔をしてるけど、実は凄く優しくて人の事を思い遣れる人。みんなが言ってるみたいな、『付き合いは悪いけどいい人』とは少し違う、本当に大切な人の事をしっかりと考えられる人。そんな人が、私の話に形相を変えて迫って来た。普通の人だったら『何をキレてるんだろう』って思うだろうけど、南条君は違う。私、南条君に都合の悪い事に触れちゃったんだって事はすぐにわかったよ?」



 まるで告白の様な語り方に一哉は思わず驚いてしまう。

 目の前の女はなぜこんなにも一哉の事を信頼しているかの様に語るのか。これまでも見ていたとはどういう事なのか。大学の中とは別の場所で、どこかで会った事があるのだろうか。一哉にはわからなかった。

 そう言えば、この話を最初に持ち掛けてきた時から、結衣の一哉を見る目はどこか信頼に満ち溢れている様に見えた。それがわからない。

 困惑する一哉をよそに、結衣はさらに言葉を続ける。



「本当はあの夜に見た事は私の中に閉まっておこうと思ったの。何となくだけど、誰にも言わない方が良いって思った。でも、私の家でおかしな事が起き始めて怖くなった時、すぐにあの夜の事を思い出したの」


「…………」


「ほとんど直観だけど、きっと南条君なら何が起きてるか知ってるって。多分、南条君以外の誰に相談しても解決しないって。だからこそ知りたいの。私が見たものは何なのか。私の家で何が起きてるのか。そして、南条君があれ程怒るぐらい隠したい事が何なのか」



 真剣に一哉に語り掛ける姿、そして意味不明な信頼を自分に寄せる結衣の存在は一哉の心を少なからず揺さぶった。相変わらず結衣が自分に抱く信頼の様なものは理解ができない。

 だが、今ここで何も情報を与えなかったとしても、恐らく結衣は自分で調べようとしてしまうだろう。そしてどこかで対策院に秘密裏に消される様な事となってしまうだろう。

 だったら下手に隠すより、監視下に置いて情報を与えておいた方が後味が悪い事にはならない。

 そしてそれ以上に、一哉自身が思ってしまっているのだ。


 ――――結衣になら話してしまっても構わないかもしれない、と。


 だから。



「東雲さん。今から話す事を聞けば、君はもう後戻りできない。もう一般社会の一員である〈東雲結衣〉ではなくなり、こちら側の世界に入ってしまうんだ。ずっと監視される事になる。今まで自分が知っている世界がひっくり返るぐらいの事が起こるんだ。それでもいいのか……?」



 一哉も真剣な表情で結衣を見つめる。

 今一度結衣の覚悟を問う為に。



「お、お兄ちゃん……?! 本当に話す気?! 話しちゃったら東雲さんは…………!」


「わかってる…………。だが、このまま放っておけば、彼女は必ず俺達の事を嗅ぎまわろうとするだろう。何しろ、鬼闘師として動く俺の姿を見られてしまったんだ。だから彼女は必ず俺達の秘密を暴こうと動き回る。そしてその結果、命を落とす事になる。俺はそんな目覚めの悪い結末は嫌なんだ。それに彼女の家の、それも彼女の部屋の中で悪霊が棲みついているらしい。もう彼女はこちら側に入る資格の有る人間だ。これ以上隠しきれるとは到底思えん」



 これは完全に一哉の私見である。

 実のところ、本気で隠そうと思えばやりようはいくらでもある。周りの目さえ無視すれば、自分の立場を利用してこのまま結衣を始末してしまう事すらできる。結衣の死、という結果にさえ目を瞑れば、隠せない事など無い。

 だが、一哉はそれを決して良しとしない。自分の為にも、佐奈の為にも絶対にできないのだ。



「だけどっ……!! 悪霊の対処は咲良ちゃんに任せればいい話だし、見られた事だって『調査局』の連中に任せれば……!」


「元より悪霊の件は咲良に依頼するつもりだったさ。それに佐奈、『調査局』の連中のやり方はお前も知ってるはずだぞ?」


「だからって、ほとんど霊力を持たない人間をこっちの世界に巻き込んでも余計な犠牲が出るだけだよ! お兄ちゃんはそれでもいいの?!」



 佐奈の言う事は正論である。

 霊力を持たない、すなわち霊的な存在への攻撃手段も防衛手段を持たない者を対策院の影響下に迎え入れる事は相当なリスクを伴う。

 人間は知ってしまったものに対して多少なりとも首を突っ込まないといられない性分の生き物なのだから。今は何もしないと思っていても、ふとした拍子に好奇心に負けて首を突っ込み、命を落とした人間も何人もいる。

 だが、それ以上に結衣は既にあと一歩で引き返せない、というところまで来てしまっている。そして恐らく結衣は、一哉の事を知るために、その最後の一歩を躊躇無く踏み出してしまうだろう。



「それも織り込み済みだ。責任は俺が取る」


「~~~っ!! 私、どうなっても知らないからねっ!!」



 猛烈に反対する佐奈だったが、こうなったら梃でも動かないのが一哉だ。それをわかっている佐奈は不満顔を隠そうともせずに、兄の横暴の阻止を諦める。

 その様子を見ていた結衣は少しおかしそうに笑っていた。



「ふふふ、ホントに南条君と佐奈ちゃんは仲が良いんだね。…………大丈夫。さっきも言ったと思うけど、何を聞いたとしても私は知りたい。もう、覚悟は決めました」


「そうか…………」


「だから連れて行ってください。貴方たちの世界へ――――」



 そう告げる結衣の顔はどこか嬉しそうで――――一哉はますます訳がわからなかった。



 それからの時間はひたすらに結衣に説明する事に費やした。

 この世の中に霊的な存在が実在する事。自分達、祈祷師の事。今、結衣の家で何が起きているのか。

 最初はまるでファンタジー世界の様な話をする一哉の話に半信半疑の様子を見せていた結衣だったが、霊力を用いた簡単な術を見せてやれば、すぐに信じてしまった。

 一哉は、鬼闘師の世界について余計な事を省いた必要最低限の知識を教えたのだが、結衣に完全に理解させるには、日が暮れるには充分な時間を費やしたのであった。

 外はもうすっかり陽が落ち、夜になってしまっていた。



「――――というわけだ。これから東雲さんには、名目上俺の管理下で過ごしてもらう事になる。と言っても、今日聞いた事、それからこれから見る事を話さなければ、普段の生活は何も変える必要が無い。ただ、どこかしらから監視はされているから、あまり不審な行動は取らないように。『調査局』の連中は短気だから、下手すりゃ始末される」



 今、東雲結衣は公的には「南条一哉の庇護下にある怪異被害者」という立場になっている。これは執行局局長・八重樫重蔵と相談して決めた事でもある。

 相談したというと少し語弊がある。

 正確には、一哉がこれで行こうと報告の電話をして相談したのだが、八重樫から帰って来たのはただ一言。

 ――――『お前に任せる』

 結衣にできるだけ負担をかけないようにとウンウン頭を唸らせていた一哉にとっては、完全に意表を突かれた形となってしまった。いい加減すぎる局長の返答に頭痛すらしてくる。

 一方、一部とは言え自由に制限がかかってしまった女子大生・東雲結衣はと言えば、とても暢気であった。



「大丈夫!私はむしろ南条君と仲良くできてデメリットとか無いもん」


「ちっ……。この雌豚め……」



 一時は収まっていたかと思った、佐奈と結衣の険悪な雰囲気はここにきて復活。

 佐奈に至っては、謝った事を忘れたかのように再び雌豚呼びである。一応一哉の目の前では「東雲さん」と呼び、裏でこっそり「雌豚」と呼ぶようにしていたようだが、一哉はバッチリ耳にしていた。

 一哉の頭痛の種がさらに一つ増えたのだった。



 ――ぐうううううぅぅぅぅ…………



 だが、そんな雰囲気も突如鳴った食事の督促音に吹き飛ばされた。

 音の発生源は佐奈。流石に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてうつむいている。



「まあ、もう7時も回ったし飯にするか。東雲さんも食って行けよ?」


「え、いいの……?」


「ああ。2人分作るのも3人分作るのも大した違いはねぇしな。せっかくだから一緒に食おうぜ。いつも佐奈と2人だからな。たまには3人で食うのもいいだろ。」


「うわぁ……! ありがとう! 南条君の料理楽しみ! 私もお手伝いするね?」


「よろしく頼む。佐奈、お前も手伝え」


「…………わかってるよぉ」



 3人は台所へと向かい、調理を開始した。

 調理中もいがみ合っていた佐奈と結衣――どちらかというと佐奈が一方的に――だったが、一哉は内心、久々の3人目のいる食卓が楽しみで仕方がなかった。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



「南条君って料理作るなら和風ってイメージだったんだけど、結構本格的なイタリアン作るんだね?」


「いや、和食作るイメージって何だよ……?」


「うーん……、ちょっと気難しい板前さん。みたいな?」


「なんだそりゃ……」



 本日の南条家の献立は、茄子とキノコのトマトパスタ、ポテトのポタージュ、オリーブ入りサラダの3品。全て一哉が作った。一応、結衣も手伝っていたのだが、一般家庭に比べてかなり大きい台所の使い勝手が全然わからず、むしろ一哉の邪魔をしていたので自主退場した。ちなみに、佐奈は途中で飽きてテレビを見ていた。

 元々、父親が家から出て行ってしまった時に何とかしなければいけないと頑張って身に着けた料理であるが、一時期思いのほかドはまりし、その腕前は佐奈を追い越してしまった。

 佐奈も料理は好きな方だったのだが、兄にその腕前を抜かれ自信喪失。一哉が作った方がおいしいからと佐奈は台所に立つ事を拒否。けっか、南条家の食事は一哉が一人で作る事が多くなった。そして、1年前からは佐奈はついに包丁すら握らなくなった。



「今日もおいしいよ、お兄ちゃん!」


「うん、そうだね。とってもおいしいよ、南条君」


「私は別に東雲さんに同意を求めてません!!」


「佐奈ちゃん? ちょっと黙ってくれるかな?」



 隙あらば口喧嘩を始める佐奈と結衣。食事中ぐらい仲良くできないのだろうか。

 一哉はそんな事を考えつつも、食卓を眺めて昔の事を思い出していた。

 父がいて、母がいて、自分がいて、佐奈がいて、そして…………。

 もう随分昔の事、この食卓は賑やかだった。

 だが10年前からその活気は失われはじめ、2年前に遂に一哉と佐奈の2人だけの食卓となってしまった。もちろん、大切な妹と共に食卓を囲む時間は一哉にとって大事な時間だ。それでも、この場に2人だけという事実は一哉の心を何度も抉ってきた。


 だが今日は結衣がいる。

 3人での食事。とても懐かしい感覚。

 今日一日増えただけの臨時の客人だが、たったそれだけで食事の場がとても明るくなった気がする。


 だから一哉は一人思い出していた。

 ――――食卓ってこんなにも暖かかったんだな……と。

結衣は一哉たちの世界へと足を踏み入れましたが、今後結衣が戦ったりする事は一切無いです。

後天的に鬼闘師になる事はできないのです。

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