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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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弐拾壱ノ舞 崖っぷちのデコイトラップ

GW中よりもGW明けの方が忙しいという事実

「どっからどう見ても、普通のデートね。」


「ねぇ、咲良ちゃん、帰ろ? 私、あの人のデート風景観察する趣味なんか無いんだけど。」


「そんなの私だって無いわよっ! …………って、ヤバ――――ッ!」



 二人が何をしているのかと言えば、それは結衣と寛二が二人で出かけるという前代未聞の事態を影から見ているのであるが――――――



「咲良ちゃん、走る以外に運動神経テンでダメなんだから、気をつけてよね。」


「う、うるさいわね……っ! 大体、こんな細い足場で平然と立ってられるアンタの方がおかしいのよ……っ!!」


「そうかなぁ? お兄ちゃんだってこれぐらい簡単にできると思うけど。」


「アンタ達兄妹と一緒にされたらたまったもんじゃないわよ!!」



 二人は結衣と寛二が歩いている場所近くのビルの屋上の――――――落下防止柵の上に立っていた。

 なぜそんな曲芸のような真似をしているのかというと、ある人物からの依頼で二人を監視する事になったからなのである。

 だが、尾行など一度もしたことがない佐奈と咲良は適切な距離感が掴めなかった。そこで、「ビルの屋上とかなら、跳び移りながら追えるし、見つからないんじゃない?」などと言い出した佐奈の意見が採用した結果がこれであった。



「無理無理無理…………っ! 私は地上から普通に見張る!」


「んー…………、じゃあ、私帰るね。」


「何で、アンタは隙あらば帰ろうとしてんのよ…………!」


「いや、だって私、本当に興味無いし。そもそも嶋君が怪しいなんて、あの人の勘違いじゃないの?」



 佐奈が再び、「心底うんざり」といった様子で盛大にため息を吐く。

 そんな佐奈を見て、咲良も思わずため息が出る。


 確かにこの追跡自体に興味が無いというのは咲良も同意する事だが、だからと言って今回の結衣と寛二のデートの監視は仕事なのだ。

 乗り気ではないとはいえ、仕事は仕事。

 まだ鬼闘師となって日の浅い佐奈にはその辺の意識が足りないのではないかと思う咲良である。







 それから2時間。



「それにしても、何の動きも無いわね。」



 咲良の"強い要望"により、ビルの屋上からの監視をやめた佐奈と咲良は、結衣と寛二が談笑しているカフェから300m程離れた別のカフェにいる。

 咲良は今、離れた場所の様子を視る為の霊術『遠見鏡』を起動し、それを用いて二人の様子を監視しているのだ。

 佐奈を含め、祈祷師の術に詳しくない者からすれば、最初からこの方法を使えば良いのではないかと思うだろうが、そう簡単にいかない事情もある。


 霊術『遠見鏡』は読んで字のごとく、霊力で不可視の鏡の様な物を生成し、それを用いて遠くの物を見る為のものだ。

 だが、不可視の鏡を維持し続けるために霊力を流し込み続ける必要があるため、保有総霊力量が人並み程しかない咲良にとっては、消費霊力量も決して少なくない『遠見鏡』はあまり使いたくない術である。

 そのため、この術の存在を佐奈に伝えずにいたのだが、その結果は先程の通りである。

 そして肝心の佐奈はと言うと――――――



「くぅ…………くぅ…………」



 どこか可愛らしい寝息を立てながら爆睡していた。



「まったくこの子は……。仕事中だって言うのに緊張感無いわね。」



 呆れ顔で呟く咲良だが、その顔はどこか優しい。

 実際の所、佐奈がこの仕事に本気になれないのは仕方のない事だと、咲良自身が思っている。



「それにしても、東雲結衣が持っていた『御守』。一体何なのかしら…………」



 佐奈と同様に面倒だと思ったこの仕事を態々引き受けたのには、実はれっきとした理由がある。

 その理由は、結衣が寛二に持たされていたという「防護の護り」の事を耳にした時まで遡る。

 見た目はどこの神社でも売っているような普通のお守り。

 だが、その「御守」には「あらゆる敵の攻撃から、一度だけ身に着けた者を護る」という効果があったらしい。

 実際「御守」を身に着けていた結衣は、通り魔――――――『魔人』が振るった凶刃から護られ、今こうして無傷で咲良達の目の前にいる。

 結衣自身の話では、何か光の障壁の様な物が「御守」から飛び出して、『魔人』の刃を防いだらしい。


 だが、咲良の知る限り、光の障壁を出現させて物理的な衝撃から身を護る霊術など存在しない。

 そんなものがあれば、咲良自身がとっくに使っている。

 そんなものが存在しないからこそ、一哉の隣に居ようと鬼闘師達の術まで会得しようとしているというのに。


 そしてそれ以上に、出処が怪しすぎる。

 結衣曰く、寛二からは「調査局の北神所長に作ってもらった」と言われて手渡されたらしいが、この発言そのものが胡散臭すぎる。


 確かに調査局の研究セクションには大叔父がいる。

 だが、大叔父は北神分家の例に漏れず、霊力を持たない人間を軽蔑・軽視する人間だ。

 結衣は、霊の存在を感じ取れる程には霊力を持っているとはいえ、所詮はその程度。

 普通の人間に毛が生えた程度に過ぎない。

 にもかかわらず、大叔父が結衣を護るための法具開発に手を貸した等、到底信じられる話ではない。



 寛二とは前の『魔人』襲撃の際に共に戦った間柄。

 そもそも咲良自身が寛二に護られているということは覆せない事実。

 だからこそ二人の尾行を依頼してきた人物とは違って、咲良は寛二を疑っている訳ではない。

 しかし、寛二の言動におかしな部分が有るのもまた事実。

 その真偽を確かめる。

 それが咲良の目的だった。



「ん、動き出したわね。佐奈、起きなさい。」



 『遠見鏡』越しに二人が動き出したことを察した咲良は、向かいに座って眠る佐奈の肩を揺する。



「んんぅ……………すぅ……」


「全く起きる気配無しね、まったく…………。佐奈、起きなさい。」



 全く起きる気配を見せない佐奈に対して、呆れつつも本気では怒れない咲良。

 実は、佐奈が寝ているのにはこれまた訳がある。

 そもそも現在の『遠見鏡』を使って監視する方法は、咲良一人では成り立たない。

 それは咲良の元来持ちうる霊力量が人並み程しかないからであり、2時間もこの術を維持しようと思えば、それこそ咲良を4人程連れてきても足りないだろう。


 だが、目の前で暢気に眠る佐奈は、霊術の才能や身体能力こそ兄の一哉と同様の才能を持ち得なかったものの、総霊力量だけの話で言えば、その量は一哉を遥かに超えている。

 つまりは、そのあまりにも豊富な霊力量を活かすのがベストというわけだ。

 佐奈を外付けの霊力貯蔵装置としてみなし、佐奈からの霊力供給を受け続けて術式を発動する。

 これが長時間『遠見鏡』を咲良が発動し続けられた秘訣。

 その代償として、咲良は発動中、霊力の譲渡の為に延々と佐奈と手を繋ぎ続ける必要があり、あまりに暇を持て余す佐奈は寝てしまったというわけだった。



「佐奈! いいから起きて……っ!! いい加減これ、恥ずかしいのよっ!」



 ただ、それはあくまで当事者同士の都合であり、傍から見れば2時間の間ずっと、佐奈と咲良は手を繋いでいるようにしか見ない。

 昼間っからオープンテラスのカフェでゴシックドレスの少女とセーラー服の少女が手を繋ぎっぱなしで特にお茶をするわけでもなく、一日中を過ごす。

 周囲の二人を見る目は明らかにそっちの方の人を見る目であった。



「――――――って、あいつ等もう外出ちゃってるじゃない…………っ! あぁもう! 佐奈、放っていくわよ!!」



 『遠見鏡』は固定位置にしか設置できず、監視する対象が動いている場合は役に立たない。

 結衣と寛二が動き出した以上、これ以上『遠見鏡』を維持する必要は無く、寝ている佐奈とは違って周りの視線に耐えかねた咲良は早く席を立ちたいのだが、佐奈は中々起きなかった。


 気づけば結衣と寛二は既に監視していたカフェから出ている。

 仕方なく佐奈を置いて外に出る咲良。



「それにしても、これからアイツを北神神社に連れ出すって…………何考えてんのよ。」



 咲良は離れたところから結衣と寛二の二人を追跡しながら、昨日の事を思いだす。

 咲良と佐奈に二人の追跡を依頼した人物は、このデートコースの最終到達地点が北神神社であると言い残した。そして、そこで起こる事を必ず見届けて欲しいと。

 先程佐奈も言っていた通り、咲良も佐奈もその仕事を受ける義理が無いため、断るつもりだったのだが、依頼者がいつになく必死な様子で頼み込んでくるのと、例の『御守り』の件が気になってついつい咲良は首を縦に振ったのだ。


 なぜ最終地点を北神神社と定めているのかは咲良にもわからない話だが、少なくとも北神神社までの道程であれば、隠れやすい場所を探す事は咲良にとっては朝飯前な事である。

 もし依頼者がそれを見越してルートを設定しているのだとしたら、少々憎い心遣いではある。



 兎にも角にも、北神神社に着くまで、咲良は二人を監視ししなければならない。

 咲良は後ろを付けるというよりはむしろ、先回りして定期的に二人の姿を確認していく方法で二人を監視していく。

 後ろから付けないのは、最終目的地とされている北神神社の入り口が参道の階段の一つしかないからだ。

 一度敷地内に入られてしまったら、気取られないように後を付けるのはあまりにも困難である。

 この方法では、目を離した隙に何かあった場合、何もできないという欠点はあるが、幸い二人は北神神社までの道程に比較的人通りが多く道の広い通りを選択している為、白昼堂々と何かをしない限りは安全と言える。



 その後も咲良は黙々と二人の監視を続ける。

 だが、かれこれ二人の監視を始めてから5時間以上が経過しても特に何かが起こる気配はない。

 あまりの状況の変化の無さに、最初から最終目的地の北神神社で待ち伏せていた方が良かったのではないだろうか。

 このまま特に何も起こらないのであれば、やはり自分の杞憂だったのか。

 咲良がそう思い始めた時、二人は北神神社まであと5分程という場所にまで到達していた。

 二人に先んじて参道の階段を上り、近くの木の陰に姿を隠す。



「前に一哉君に教えてもらったんですよ、ここの景色が綺麗だって。…………もう随分昔の話ですけど。」


「へぇ、前も南条特級とは昔からのお知り合いだと仰ってましたけど、どれぐらい昔の話なんですか?」


「大体10年ぐらい前ですかねー…………。私と一哉君が出会ったのは、ホントに偶然なんですけど――――――」



 何やら二人の話をしながら境内の奥へと進んでいく結衣と寛二。

 微かに聞こえてきた話は、咲良も佐奈を経由して聞いた事があった。

 一哉と結衣は10年前のある事件で出会ったらしい。

 ただ一度きりの、それもさほど長くない時間しか会っていないというのに、結衣はその時の事を未だに覚えているという。

 一方の一哉は、欠片程もその事を覚えていないようだが。


 そんな事を思いだしている間に、二人は会話の聞こえない程度には離れてしまっていた。

 木陰からコッソリと二人の様子を伺う咲良だが、特に変わった様子は無い。

 強いて言えば、相変わらず強引な態度で寛二が結衣に迫っている事位か。



「何よ。結局一日中見てたけど、全然何も起こらないじゃない。まったく、時間の無駄だったわ。」



 もちろん何も起きないのが一番いい事だ。

 ここ数カ月にわたって連続して起きる不可解な怪魔絡みの事件に咲良も辟易とし始めている。

 今の連続通り魔事件だって、咲良自身は今のところ標的になっていないとはいえ、いつまでもその状態が続くとは限らない。

 ましてや、『魔人』の目下の標的は今目の前に居る結衣なのだ。


 咲良はそんな二人の様子を最後にもう一度だけ見て、自宅である北神神社を去ろうとする。

 依頼者は最終地点をこの北神神社を最終地点として定めたが、そこで特に何も起こらない。

 そうであれば、自分の仕事はここまでだろう。

 だが――――――



「な、何持ってんのよ、アイツ…………っ! まさか、東雲結衣が言ってたのってこの事?!」



 咲良はその光景を見て咄嗟に詠唱を開始する。



《幾多なる息吹よ その欠片集わせ 我が(かいな)と成せ》



 そして詠唱した術式を二人に向けて放ち――――――



「貴女がずっと僕達の事を監視しているのは気づいていましたが…………。まさかこの場に足を踏み入れる勇気があるとはね。ちょっと意外でしたよ、北神一級祈祷師?」


「何よ。私が見てた事に気付いてたのなら、今の霊術だって躱せたでしょ? 随分と余裕があるじゃない、嶋寛二――――――いや、『連続通り魔事件の犯人さん』?」



 咲良は寛二を睨みつけながらも、霊術『樹縛鞭』による捕縛を続ける。

 寛二の右手に握られる、漆黒のタクティカルナイフから一瞬たりとも注意を逸らさずに。



「へぇ…………。という事は、さっきの話と言い、ここに北神一級がいるのは貴女の差し金ですか。結衣さん?」


「…………そうです。私は…………嶋君が『あの言葉』を私に言った時からずっと疑ってました。私や一哉君を狙う人達の仲間なんじゃないかって…………。まさか本当に『連続通り魔事件の犯人』だとは思いませんでしたけど。」



 結衣は咲良の元へ行き横へ並ぶ。

 今回の追跡の依頼人、それこそが結衣なのだ。

 昨晩、寛二が帰ったすぐ後に結衣に呼ばれた佐奈と咲良は、結衣から「嶋君が怪しいから、明日二人に見張っていて欲しい」と頼まれた。

 佐奈はあまりに唐突な依頼、それも嫌っている結衣からの頼みに難色を示したが、咲良には寛二を疑う理由があった。

 だが、あくまでも嶋寛二は味方だと思っていた。

 それを確かめようとしたのが今回の咲良。

 それこそが、特に動きも無い追跡の仕事を態々引き受けた理由。


 咲良としても、結衣に万が一の事があっては一哉に顔向けできないと思って、この追跡劇に付き合っていたわけだが、こうして下手人を捕らえた以上、このままさようならと帰るわけにもいかない。

 だから、これから一哉に連絡を取ろうとして――――――



「なるほど。貴女を確実に落とすために仕入れた記憶情報が仇となりましたか。でもまあ、いいでしょう。」



 突如、寛二を捕らえる蔦が切断されて落ちる。

 どうやったのか全くわからないが、拘束を解いた寛二は何事も無かったかのように順手にタクティカルナイフを構え、二人に向かって歩き出す。



「貴女如きが僕の前に立ちはだかったところで、何の障害にもならない。そんな、脆弱で、貧弱で、芸の無い霊術しか使えない貴女なんかがね。」



 寛二が右手のタクティカルナイフを逆手に構えなおしたところで――――――



 ドンッ―――――――!



「咲良ちゃん、勝手にいなくならないでよ。まあ、今回はゴール地点わかってたから良いけどさ。」



 参道階段の最終地点、鳥居の下に、霊術を飛ばした佐奈。

 そして、いつの間にか現れた一哉が立っていた。

いつも読んでいただきましてありがとうございます。

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