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鬼闘神楽  作者: 武神
第3章 闇からの挑戦
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拾撥ノ舞 ナイトメア~残響~

あれだけハマっていた筈のDMC5、Hell and Hellのあまりのバカバカしさにプレイしなくなる事案発生。

なんであんなダンテだけムズイんだよ。

「う…………う…………うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………っ!」



 一哉は掛け布団を跳ね除けて飛び起きた。

 真夏とはいえど、冷房の効いた部屋で起きた筈の一哉は、全身汗でぐっしょりになっており、起きたばかりだというのに既に疲れ果てていた。



「また…………あの夢………………か…………。」



 莉沙に呼ばれて天文部の部室を訪れた夜から、一哉は連日悪夢を見ている。

 最初は、飛び起きても夢の内容を覚えておらず、悪夢を見ていた事しか認識できていなかったが、一昨日辺りから徐々に記憶に残るようになり、今日で内容の殆どを覚えている様になった。


 見ていたのは――――――

 紛れもなく10年前のあの日。

 母である南条澪を亡くした日の事だった。



「まだ………………俺は……っ!!」



 ――――――乗り越えられていない。

 南条一哉は、まだあの夜の出来事を乗り越えられてなどいなかった。

 今も克明に残る、眼前で母を真っ二つにされた最悪の記憶。

 10年も経っても、その光景が頭の中から消えることは無かったのだ。

 あの時、澪に突き飛ばされた一哉の下敷きになったお陰で、佐奈があの光景を見ていないのは、ただただ不幸中の幸いと言うしかない。



「まだ4時半か……。」



 時刻は午前4時半。起きるには早すぎる。

 だからと言って、二度寝する気分でもなかった。

 当然ながら、最悪の夢見――――――それも自分の2つのトラウマのうちの1つをまざまざと見せつけられて起きたのだ。

 目覚めは間違いなく最悪だ。それも、いまだかつて無いほどに。


 だが、それとは別に記憶に無い筈の光景を――――――知らない光景をいくつも見た。

 元々、一哉は自身の抱えるトラウマに関して記憶できている事はほとんど無い。

 トラウマ故に、過剰なまでにも身近な者を護ろうとし、記憶が無いゆえに、自分でも訳の分からない感情の発露に苦しみ、それ故に人を遠ざけてきたこともまた事実。

 普通であれば、その様な身に覚えの無いビジョンなど混乱の素になるだけだが、今の一哉にとってはそうでは無かった。だからこそ、知らないあの映像は一哉にとって、自分のトラウマを理解する為の貴重な道しるべとなる。


 所詮、夢は夢。現実では無く、泡沫の如く消える、幻に過ぎない。

 そうバカにすることはできる。

 だが―――――――

 あの夢をただの夢と断ずるには、あまりにもリアルに過ぎた。

 まるであの日の自分に戻ったかのように、そこに居た人物の息遣いや体温や感触、果ては心臓の鼓動までもが感じられた様な気がしたのだ。

 だから一哉は、あの光景は事実無根の荒唐無稽なビジョンなどではなく、間違いなく本当にあった過去の出来事だと思っている。それは確信と言ってもいいだろう。



 一哉の記憶に無い光景は全部で3つ。

 一つ目は夢の中で、ずっと自分の傍らにいた誰か。夢の中で、母が、佐奈が、自分がその人物を呼ぶとき、そしてその人物が喋るとき。まるでノイズがかかったかのように内容がわからなくなる。

 何となく信頼のおける、仲の良い人物であった様な気もするが、そんな人物に心当たりが全く無い。


 二つ目は怪魔に家族を喰われた少女を助けた事。

 ただし、これに関しては心当たりが無いわけではない。いや、正確には以前、意味不明の情報として断片的に思い出していたものが、今になってようやく意味を持ったというべきか。

 問題はあの「結衣」という少女。

 あの少女は、今この家にいるあの結衣なのだろうか。

 だとすれば、自分と結衣は10年前に一度会っている事になる。

 だが、結衣は今までそんな素振りを見せた事が一度も無い。

 本人に直接確認してみるのも手だが、仮に本人だったとして、結衣が覚えている確証も無い。

 何となく結衣に直接聞くのははばかられた。


 そして三つ目。

 これはなぜ忘れてしまっていたのか、自分でもわからない。

 自分でも自分が情けない。

 それは、母が亡くなった原因が自分にあったという事。

 あの夢の最後の光景。

 それは、無謀にも人造怪魔――――――恐らくあれが美麻のいう【地獄蟷螂(ヘル・マンティス)】だろうが――――――へと戦いを挑もうとし、それを庇おうとした母が命を落とすというもの。


 言ってしまえば、この3つ目の事実こそが最悪の悪夢だった。

 目の前で親を切裂かれてショックだったから忘れてしまったのか――――――

 それはわからないが、この光景こそが今までで最悪の目覚めとなった原因だという事だけは間違いが無い。



「佐奈に…………何て言えば良いんだろうな。」



 既に空は明るくなり始めているが、一哉の心は曇りきったままだ。



 それから結局、一哉は眠る事も出来ず、一人、応接間でただ無為に時間を過ごしていた。

 何となく、夢を見た自室にいる事が嫌だったのだ。

 だが、先日の「通り魔」と人造怪魔の襲撃により食堂が崩壊している為、今現在は応接間を緊急の食堂兼居間としている。

 そんな状況で、一人無為に過ごす時間がいつまでも続くわけがない。



「あれ? おはよう、一哉君。」


「あ……あぁ。おはよう、結衣。」


「今日当番じゃないのに、凄く早いね。」



 当然ながら、結衣は一哉に何があったのか知る由も無いので、今日の食事当番ではない一哉が既に起きていることを、不思議に思っているようだ。

 これは鬼闘師という職業柄、夜型の生活となっている一哉が、普段必要ない時は比較的長く寝ているという傾向に起因するモノでもあるが。

 ゆえに結衣の疑問は当然であるが、朝の夢のせいか、結衣の顔を普段通りに見れなくなってしまった一哉にとって、今は会いたくない――――――そんな気分だった。



「少し寝れなくてな…………。部屋に戻る。」



 自分でもビックリする程素っ気なく返してしまう。

 こんな態度を取ってしまう自分の事が、自分なのに理解できない。だが、とにかく今は、結衣と同じ空間に居たくなかった。



「あ、一哉君! 今日、お魚焼くなら、鮭と鯖、どっちが良い?」


「――――――結衣の好きな方で良いよ。」



 一哉は立ち止まることもなく、振り向くこともなく、逃げるように応接間から出た。ただただ今は結衣と離れていたい。

 そうしなければ、このやるせなさを結衣にぶつけてしまいそうだったから。



 その後、一哉は自分の部屋でひたすらに考えていた。

 ――――――なぜあの時、無謀にも【地獄蟷螂(ヘル・マンティス)】戦いを挑もうとしたのか。

 ――――――なぜあの時、母の言うとおり、逃げる事に徹さなかったのか。

 ――――――この事を佐奈に伝えて、自分は佐奈に赦されるのか。

 ――――――そもそもあの時、あの「結衣」という少女を助けなければ、今も澪は…………



 答えの出ない、意味の無い思考の繰り返しが止まる。

 人を助けなければ母が助かったなど、死んでも口にして良い事ではない。その考え方はあまりにも本末転倒だ。

 あまりに最低な考えをしようとしていた事に、一哉は首を振る。今の自分は、マトモな思考回路さえ残されていない。自己嫌悪に陥る。



「お兄ちゃん、おはよう♪」



 そんな一哉の部屋に、ノックもせずに佐奈が入ってきた。

 当然一哉の葛藤など知らない佐奈は、今日も元気一杯だ。花咲く様な笑顔を一哉に振りまいている。

 時間は午前7時15分。

 なるほど、確かに佐奈が起きていても不思議ではない時間帯だ。


 だが――――――今は結衣以上に、佐奈には会いたくなかった。

 ずっと護るべき存在だった妹。何よりも大切な妹である、佐奈。その佐奈から自分は澪を――――――母を奪ってしまったのだ。

 合わせる顔が無い。

 どんな顔をして佐奈と話せば良いのか、全くわからない。



「おはよう、佐奈…………。先に応接間行っていてくれ。俺もすぐ行く。」



 一哉は佐奈の顔を見ず――――――と言うよりは、見ることが出来ず、顔を逸らしたままぶっきらぼうに言い放った。

 だが、やはり佐奈は妹だ。

 兄の異変を敏感に感じ取ったのだろう。

 途端に、一哉を気遣うような表情に変わる。



「お兄ちゃん、何かあった? つらそうな顔…………してるよ?」



 兄にそんな顔をして欲しくない――――――

 佐奈のそんな気持ちが、これでもかと伝わってくる。佐奈の優しさを感じる。


 だが、そんな優しさが今は心に爪を立てるのだ。

 ゆえに、一哉が取る選択肢は拒絶の一択。



「さあな……。いいから行けよ。結衣が待ってる。」


「――――――」


「何だよ佐奈?」



 冷たく突き放す言葉に、佐奈も愛想を尽かしたのか。

 だが、一哉には今までの様に慕われる様な資格は無い。あの時に起きた真実を垣間見た一哉には、佐奈にだけは愛される資格がない。

 そんなどこか悲壮感漂う覚悟を、一哉は一人固めていたが、当の佐奈の反応は全く予想外のものであった。



「お兄ちゃん、私は…………。私はね、お兄ちゃんが何に苦しんでるか、きっと知ってる。お兄ちゃんがどうして、そんな風になっちゃったのか…………知ってる。だから、無理して隠す事なんか無いんだよ?」


「――――一体、どういう…………」



 先日、美麻と話していたときもそう思ったが、明らかに佐奈は一哉の知らない事をいくつも知っている。本人の申告通りに。

 確かに、記憶の一部を失った一哉と比較すると、覚えている事が多いのは必然だろう。しかし、あの時の美麻との話し方から、単に「それだけではないという」事を感じるのだ。

 もっと別の、もっと根本的な話を――――――

 たが、そんな話を今佐奈がする筈も無く。



「じゃあ、お兄ちゃんっ! 先にご飯食べてるからね♪」



 まるでさっきまでの会話が無かったかのような明るい笑顔を浮かべ、部屋を出ていってしまった。

 その異常なまでの佐奈の切り替えの早さに、一哉は益々混乱するしかない。


 佐奈は全てを知っている。

 一哉にも何となく、そんな確信にも似た予感があった。

 確かに佐奈に聞けば、今までの理由不明のトラウマによる「発作」の事や、これまで感じてきた記憶の欠如が原因の喪失感や違和感、不安といったものが取り除かれるだろう。

 だが、母が亡くなった原因が自分にあるかもしれないなどと、どうして妹に告げることができようか。


 結局その日、一哉が朝食の席に現れる事は無かった。



● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇



「むぅ…………」


「アンタ、何を何時までも唸ってんのよ…………? ちょっと目が怖いんだけど!」



 実験中にも関わらず、ある一点を凝視し続ける結衣のあまりの不気味さに、海音――――――結衣の大学入学以来の友人である林海音がドン引きの視線を結衣に向ける。

 しかし一点を見つめるばかりの結衣に、海音の言葉は通じない。そして、その見つめる先とはつまり、南条一哉であった。



「あ、アカンわ~コレ。ウチの予想やけど、きっと旦那さんと喧嘩したんと違う?」


「あの東雲さんがねー。恋ってのは真面目な人も変えちゃうモノなんだねぇ…………。」


「って、また旦那か! ったく、この色ボケ娘っ!」



 外野がうるさいが、今の結衣には関係無いことだ。

 とにかく今は、一哉のちょっとした変化でも見逃したくない。

 そうして片手間に実験しながら一哉の観察を続けていた結衣だったが、不意に誰かに肩を叩かれる。



「…………何ですか?」



 結衣には珍しいことに、恐ろしく不機嫌そうな声で返事して振り返ると、そこには今日の実験の担当講師である女性准教授が般若の様な形相で立っていた。



「東雲さん。貴女、試薬を混ぜる順番も量も無茶苦茶よ? やる気無いなら出ていきなさい!!」


「ご、ごめんなさいっ!!!!」



 実験室には結衣の謝罪の声が高らかに響き渡った。





「だからアタシ、何回も声かけたのによぉ。全部無駄にしやがって、この子は。」


「うぅ…………。ごめんね、海音ちゃん…………。」



 実験終了後、結衣は海音に説教されながら帰っていた。

 本来であれば、例の通り魔からの護衛ということで一哉と待ち合わせて帰るのだが、今日に限っては海音に呼び出された形だ。



「それにしても、ホンマに何があったん、結衣っち? ちょっと今日の結衣っち変やったで? やっぱ旦那さんと喧嘩したん?」


「東雲さん、南条に何かされたんだったら、遠慮なく言ってね。わたしらでシメるから。」



 この日は海音と一緒に帰っていた他の二人も、何やら心配そうに結衣の顔を覗き込んできた。

 ここ最近、結衣と仲の良い友人、京都弁を話す奥野凜と見た目も喋り方もギャルそのものの川部志乃だ。

 海音には一哉の家に居候している事がバレているし、凜と志乃の二人にはそこまで知られているわけではないが、結衣が一哉に対して抱く気持ちについては知られてしまっている。それが理由で、別に付き合っているわけでもないのに、よく一哉の事を「旦那」とからかわれるわけであるのだし。

 だが、3人の心配はまるで見当違いだ。



「別に…………そんなんじゃないよ?」



 あまり一哉が誤解を受けるのは、結衣としても気分の良いものではない。それに、結衣自信が悩んでいる事は、決して3人が考えるようなことではない。だから、その弁解をした筈だったのだが――――――



「ゆいっち~。いくら何でも水臭いで? ウチ等にも相談してーな。」



 などと全く信じてもらえず。

 コレは実際のところ、結衣が一日中あまりにも不機嫌そうに一哉を見つめるものだから、他の3人が本気で心配しているのが実情で、お互いに話が合わないのはある意味当然の話である。

 このお互いの話が通じない状況が続き、わだかまりが残ったまま4人は別れる事になる。他の3人とは住んでいる方角がまるで違うので、一緒に帰ると言っても結局は駅までの比較的短い道程。結局はゆっくり説明しているような時間は無いというわけである。



「結衣っち。ホンマに何かあったらちゃんと言いや? ウチら友達やねんから。」



 凜がやはり心配そうに結衣の顔を覗きこむ。



「やめときなって凜。この子がこうなったら、マジでテコでも動かないんだからさ。」


「そうだぞ~、凜。東雲さん、ホント変なところで頑固なんだから。」



 海音と志乃はもはや諦めたといった風体だが。

 ただ、結衣もあまり下手に一哉の事をいうわけにもいかず、ついでに、3人の意図を「ただからかいたいだけ」と勘違いしているため、結局は大丈夫だ、問題ないと返答するしかない。

 そうして再び微塵も進展しない問答を繰り広げ、先に根負けしたのは海音達の方。諦めてさっさと帰宅する選択をしたらしい。



「はぁ…………まあ、いいや。んじゃ、じゃあな、結衣。」


「じゃあね~、東雲さん。」


「また明日なー。」



 先程まで散々人の事を聞いてきたわりには、あまりにもあっさりとした別れ方に少々拍子抜けだ。

 そのまま去り行く3人を見守っていた結衣だったが、ふと海音が振り返って戻ってくる。



「結衣。」


「どうしたの、海音ちゃん?」


「今更かもしんないけど、例の通り魔には気を付けなよ? なんか、この前遂に関東にも出たらしいじゃん。アンタ、どっか抜けてんだからさ。」


「そ、そうだね…………。」


「じゃ、ホントにコレで。また明日な。」



 友達は友達。

 言い争いになったとしても、それとは話が別。

 まさか海音は、自分が既にその例の通り魔に遭遇している等と夢にも思わないだろうが、そういった気遣いがただ嬉しかった。一哉程極端に人付き合いと無縁だったわけではないが、結衣もあまり友人の居ない中学・高校時代を過ごしたがゆえに余計に――――――

 だから、いつもよりも少し大きな声で叫んでしまう。



「ありがとね、海音ちゃんっ!」


「…………ん。」



 結衣の言葉に、海音はどこか満足げな顔を浮かべて去っていく。そんな友人の背中を今度こそ見送り、結衣もようやく家路についた。

 道程は電車で40分、徒歩20分といったところ。

 南条の屋敷は地味に


 ここからしばらくは一人の時間。

 実は行きと違い、帰りの通学は非常に単調なものだ。

 というのも、大学の学部も学科も同じという事で、朝は毎日一哉と一緒に通学する結衣だが、帰りだけはその時間はまちまちだ。

 お互い別な交友関係もあるし、結衣にはアルバイトもある。

 だから今、近くに一哉が居ない事は普段であれば別に不思議な事では無いのだが――――――

 この時ばかりは結衣も忘れていた。

 大切な事を。

 さっき言われたばかりの事を。

 




「逃げてください結衣さん――――――っ!! 僕だけではコイツには…………!!!!」


「で、でも嶋くんは?!」



 1時間ほど前は考えもしなかった。

 数日前に美麻を狙って現れた例の通り魔。

 それが目の前に居る。

 あの日と同じ、黒ずくめの装束に能面を付けた気味の悪い男が。


 あの時のように人造怪魔を連れてはいないようだ。

 少なくとも、結衣のわかる範囲ではあの【三頭餓鬼狼(ケルベロス)】も【鵺改(キメラ)】の姿も見当たらない。

 だからと言って、自身に何の力も無く、しかも一哉も側に居ないこの状況では、何も変わらない些事だ。一応、どこからか現れた寛二が結衣を護る様に立ってくれてはいるが、特級である美麻が負けた相手に寛二で勝てるとは到底思えない。

 加えて言えば、結衣には一度だけ身を護る「とあるアイテム」を寛二から渡されていたのだが、襲われた時に既に起動してしまっているのだ。今は唯のガラクタと化している。


 結衣は自分の迂闊さを呪う。

 実は駅まで一哉が密かに後ろからついて来ている事を知っていたのだが、それを振り切るように電車に乗ってしまったのだ。それも、かなりつまらない理由で。

 態々護衛を振り切り、しかもその事を自分で忘れてしまい、自ら身を滅ぼしている。

 心のどこかで、自分が狙われているという事を冗談か何かだと思っていた事もあるのだろう。

 だが、覆水盆に返らずだ。

 結局は自分で引き起こした事態で自分を危険にさらしている。

 そして――――――



(一哉…………君……っ!)



 愚かしい事に、自ら手放したはずの一哉の手を求めてしまう。

 度し難いまでの身勝手さに、結衣自身が嫌気を覚えてしまう程に。



「東雲結衣。貴様には俺と一緒に来てもらう。」


「い、いや…………っ!」



 機械処理され、仮面でくぐもった不気味な声が結衣の耳に響く。

 まるで心を素手でまさぐられ、恐怖や嫌悪という感情を無理矢理引き摺り出されるような、生理的に受け付けない声だ。


 ――――――怖い、助けて。


 ただ感じるのはそれだけ。



「結衣さん、いいから逃げてください!! ここは僕が――――――」



 だが、結衣は微動だにしなかった。

 寛二の言葉は結衣には届かない。

 結衣の中にある、ある言葉が――――――10年前から続くある意味呪いの様な言葉が彼女の心を支えると同時に縛り付けているから。



「結衣さん――――――っ!」



 能面の男が鬱陶し気に歪な形のナイフを寛二に向けて構える。

 この男の不思議な力であれば、難なく寛二を排除して自分の元に来るだろう。

 そうすれば、最早結衣の運命など尽きたも同然――――――


 だが、そんな結衣への救いの手は全く予想外の場所から差し伸べられる。



 ――――――ドガアアアアァァァァァァンッッ!!!!!!



 突然、轟音と共に能面の男の右腕がナイフごと弾けとぶ。

 そのまま血を噴き出す事も無く、男は吹き飛ばされて近くの塀に叩きつけられた。


 いきなり起きた出来事に、結衣は全く事態を飲み込めない。

 ――――――通り魔がいきなり吹き飛ばされた事も。

 ――――――どこからかそれを為した存在が現れた事も。

 ――――――なぜか、結衣を助けてくれた存在が、敵と全く同じ格好をしている事も。



 そして、その右腕が白い鱗に覆われた異形のものである事も。

いつも読んでいただきましてありがとうございます。

宜しければ評価・ブックマークお願いいたします。


第3章もそろそろ終幕に近づいてきました。

次回は神流視点の話となります。



……のですが、現在3章の最終部分は未だ執筆中でございます。

大変申し訳ございませんが、今しばらくお時間ください。

GW明けには連載を再開いたします。

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